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2006年2月 8日 (水)

―美しい数学―

「数学」には苦手意識があった。

大学受験で一番勉強(=いやだけれど仕方なく、我慢して)したのが、数学だ。母の友達の息子さん(数学の得意な大学生)が、帰省するとその期間だけ、家庭教師に来てもらったり、 リタイアした元数学教師(もう、おじいちゃん)が自宅で開いている塾に行ったりした記憶がある。

唯一楽しかった思い出は、高1の3学期、隣のクラスと合同で数学の授業があり、席が近かった男の子から、「数学の教科書、どっちが先に進めるか競争しよう」と言われ、その時だけは「勉強」ではなく、喜んで予習したことだけだ。もっとも、高2になってクラスが同じになったら、私の方が息切れして、しりつぼみになってしまったが。

たくさん時間をかけたはずなのに、覚えているものが少ない。微分積分はどうやるんだっけ。サイン、コサイン、タンジェントは?行列は?・・・・・・

『世にも美しい数学入門』はそんな私の数学に対する苦手意識をどうでもいいこととし、数学に対する認識を新たにしてくれた。

数学には誰が作ったわけではないが、宇宙がうまれたときから存在する永遠の真理がある事を知った。いかなる高等宇宙人とも共有できる美しい真理。
美しい定理の発見は感動的である。

それから、伝統や文化の違いによって、発見するものが異なるということを知った。
たとえば、ゼロは無を受け入れられる東洋哲学の土壌のあるインド人により発見され、マイナスは中国人が発見、微分積分はヨーロッパ。
物理学と数学を結びつけたのは、「神様が作った宇宙は美しい秩序があり、それは数学の言葉で書かれているに違いない」という偏見を持っていたニュートンであるということ。キリスト教の地だから、可能だった。

1・2・・・8・9・10・・などの算用数字はアラビア数字といっているが、ゼロを使って記数法を発見したインドから、アラビアを通ってヨーロッパに渡ったからそう呼ばれるようになったにすぎず、本来なら「インド数字」と呼ばれるべきものであることを知った。

350年かけて証明されたフェルマーの定理だが、この影には日本人の研究が大きな役割を果たしていたことを知った。、日本も独創的な数学者を多く輩出した国だったのだ。

また、「数学」は「実用にすぐ役立たないから素晴らしい」「利益をもたらさないところが美しい」「美意識が一番必要な」「神様の隠した秩序を見つける」ものだという言葉が印象的だった。

受験から離れた数学は面白いのではないかと思った。

もちろん、難しい理論を理解できる頭脳は持ち合わせていないが、数学の天才といわれる人たちでも,分からない事はたくさんあったと考えれば、気が楽になり、「数学は難しいから嫌いだ」と、食わず嫌いになる事もないだろう。自分の分かる範囲で、楽しみ、感動すればよいのだ。

本当は最新刊の『世にも美しい日本語入門』を薦めてくれる人があって、書店に探しに行ったのだが、あいにく置いてなくて、代わりにこの『世にも美しい数学入門』があったのだった。藤原正彦/小川洋子 共著。    (つづく)

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『xの2乗+yの2乗=zの2乗』という式は中学で習う三平方の定理で、ピタゴラスの定理とも呼ばれるものです。似ているものに 『xのn乗+yのn乗=zのn乗(nは3以上の自然数)を満たすような自然数x、y、zは存在しない』 というフェルマーの定理というものがあります。 一見この方程式は中学生でも理解できそうなわかりやすい数式ですが、『では証明して下さい』となると大変です。実際、これまで世界中の多くの天才数学者が挑んでも頑�... [続きを読む]

受信: 2006年3月24日 (金) 16時19分

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