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2006年10月22日 (日)

人は見た目が9割

「人を外見で判断してはいけません」と教えられて育ったものにとって、「えっ」という題名の新潮新書。

「やっぱり、化粧も大事なんだよ。」と、以前メイクアップ講座を開いた教養委員長が、貸してくれた。(というか、返さなくてもいいというのでもらってしまった。)

著者は『さいふうめい』のペンネームで劇作、マンガ原作をしたり、舞台の演出や俳優教育をしている竹内一郎。この著書では、言語以外の要素が情報を多く伝達するということを、著者の原作者・演出家としての観点、経験からいろいろな例を挙げて述べられている。

言語以外の伝達のことを心理学では、「ノンバーバル・コミュニケーション」というのだそうだが、アメリカの心理学者が実験で、人が他人から受け取る情報の割合を調べたところ、
   〇顔の表情・・・55%
   〇声の質(高低)、大きさ、テンポ・・・38%
   〇話す言葉の内容・・・7%
だったそうだ。

日本でも「目は口ほどにものを言い」という言葉があるが、コミュニケーションの主役は、表情、声のトーン、身振り手振り(仕草)、身だしなみ、色、匂い、距離等々などの「見た目」が、9割であるといって過言ではないという。

よくマルチ商法や、新興宗教で、弁舌巧みなのを信じてしまって・・ということがあるが、よく観察すれば、その人のインチキ臭さは、顔や風体に如実に現れているはずで、(言葉より、見栄えの方が、その人の本質を表していると考えられるので)騙されないように、人を見る目を養うことが、大切。

「ノンバーバル・コミュニケーション」には2種類あって、欧米のように「相手にわからせ、自分を通す」ために、よりわからせようと身振り手振りを多用するものと、日本のように「秘すれば花」、「お互いに語らずに、察する」ものとが、それぞれの文化の違いによって生じたのだという。

「見た目」にしては、かなり多岐にわたるテーマを上げていて、主題が絞れない感もあったが、要は、いかに自己を表現できて、豊かな人生を送れるかということではないか、と思った。

これでいいかな?教養委員長さん。

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コメント

娘が高校の帰り、バスを降りて歩道橋を渡りきった所で、中年のおばさんが「田舎から、服の買い付けに出てきたんだけど、スリにやられて、財布も携帯も取られてしまった。悪いけど、田舎へ帰るバス代を貸してくれない?明日あなたのお母さんの携帯に電話して、銀行口座を聞いて振り込むから」と、言葉巧みに騙されて、日本円にして1500円(こっちでの価値は、ラーメン20杯分!)渡してしまった、と言う事があった。彼女も「その時は、まったく疑う気持にならなかった。今思えばやっぱりヘンだけど」と、反省しきり。こちらにしてみれば、騙されてどこかに連れて行かれなかっただけで、ホッとしているんだけど、流石にプロ!は、自分自身の容姿、態度、言葉遣い、気合入れて研究してるんだろうね。僕もきれいな花にはトゲがある、と言う事を、改めて肝に銘じよう?!(プロは、騙されやすい人を見抜く目も、養っているんだろうね)

投稿: 大浦~松島 | 2006年10月23日 (月) 03時27分

私もこの記事を書いていて、確かに内面が外側に現れるから、「見た目」で判断できるという真理がある反面、役者のようにその「見かけ」を研究して、真実のように見せかけられるような人だったら、騙されず見破られるかどうかはわからないかも・・・と思っていたのでした。

「○○某支社GM令嬢誘拐」なんてことにならなくて本当によかったですね。多少のお金ですんで不幸中の幸いかもしれません。お嬢さんはそのお年で、社会のダーティ-な部分を知ってしまいましたが、今度は用心深くなるでしょう。騙されて培う目というのもありますしね。

投稿: まりママ | 2006年10月24日 (火) 14時40分

 早速お読みいただきありがとうございました。私は日夜、ちょっとでも若く見せようと日々努力しております。周りの人には、無駄な努力だといわれるのですが、息子の為いえ自分のため、1歳でも、若く見られようとしています。実年齢は、ばれなければいい、相手が見てくれる年齢でいいや、などと考えていたりします。このごろは、お世辞でも若いねなどと、言われると、天にも昇る気持ちです。背筋をしゃんとし、フリルのシャツを着て上着の襟を立て見た目見た目と、自分自身に呪文かけます。この半年、じぶんでも思えないくらいテクニックがつき、それなりに成果がありました。お世辞の言葉に喜んで、うきうきしている私です。

投稿: 教養委員長 | 2006年10月26日 (木) 21時51分

教養委員長のコメントは、同い年の私には十分共感できました。
外見が気持ちを変え、人を変えるというのも逆も真なりで、人生が明るく楽しく張り合いのあるものになるものならば、積極的にしていきたいですね。
私は、疲れたり気を抜くと、歩き方や立ち方が崩れるので、それを注意して、若々しくしていたいなと思っています。
お互いにがんばりましょう♪。

投稿: まりママ | 2006年10月27日 (金) 23時29分

まりママさんおはようございます。
昨日ある会議に参加しました。オブザーバーとして座っているだけのつもりだったので、服装はラフ・髪は整えていない・無精ヒゲもそり忘れという状態で出席していましたら、突然指名されて挨拶することとなりました。
人前でしゃべること自体は苦手ではないのですが、壇上に立ち、きちんとした身なりの人たちを前にすると(自分がどう見られているだろうか)ということに気をとられ、思うようなスピーチができませんでした。
「肩書きが人を育てる」とも言われますが、ある程度歳をとり、それなりの責任ある立場になったらば、気を抜かずに相応の「見た目」でいないと、とんだ恥をかくんだなあと痛感した次第です。

投稿: しりあげむし | 2006年10月29日 (日) 06時55分

しりあげむしさん、こんばんは♪
やはり、「見た目」は大事ですよね。
服装、身だしなみがTPOに合っていて、自分が気に入っていてかつ、自分に良く似合っているものだと、何をするにも、自信が持てるものですもの。周りの人の反応もフィードバックされるから余計に・・・。

しりあげむしさんは、いつもはきちんとされているから今回のたまたまの「手抜き」が気になって、自分の実力が出し切れなかったんではないですか。

投稿: まりママ | 2006年10月30日 (月) 02時07分

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