« 娘の腹痛 | トップページ | 夜桜(その2) »

2008年4月12日 (土)

夜桜

実家の両親が、初めてこの季節に、夜桜を見にきた。

朝方は雨だったが、だんだん天気も回復してひと安心。

2日前に桜は満開となり、今日は土曜日。Dsc00347_3

露店に面する通りは、身動きできないほどの人だかりだった。

こんなにたくさんの人出は、経験したことがなかった。

さくらロードのライトアップされている桜は、なかなかの見ごたえ。

夜の桜は、「幽玄」な趣なのだが、今日は人波に押されて、また、父や夫がどんどん歩いていくため、離れ離れにならないようについて行くことに気を取られて、余韻に浸ってはいられなかった。

ひざを悪くしている母は、「杖代わり」と言って私の腕にしがみついてきた。腰もちょっと曲がってきて、ずいぶん背が低くなった。こんなに小さかったっけと驚いた。

私より背が高くなった娘は、おどけて、「杖代わり」と言って私に腕を差し出した。

Dsc00350 忠霊塔のそばのしだれ桜は、迫力があるのだが、人混みの嫌いな父や夫は待ってくれないので、よい写真が撮れない。

高田城三重櫓も、もっといいアングルで撮りたかったけれど、それもかなわず、まあいいか。

今日、さくらステージでは『おわら風の盆』の踊りもあったのだが、食事の時間の関係で見られず、私は少し残念。

遠路はるばるやってきて、また、夕方までの間は、手配しておいた観光タクシーで、親鸞聖人上陸の地や、五智国分寺、春日山城などに行って来て疲れているであろう二人の老人には、適当なところで切り上げて帰ってきたが、肌寒い中を4000本の桜の一端に触れて歩いたことが、思い出の一つになってくれればいい。

|

« 娘の腹痛 | トップページ | 夜桜(その2) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ご両親、きっと喜ばれたと思います。
 実は今タイの水掛祭り(年に一度の盆と正月を足したような連休)で、カミさんの実家に来ています。バンコクから300km、、
 こんな所でもインターネットが使えるなんて!(でもつい会社のメールまで見たりして、、)
 ところが、昨晩PCのバッテリーの充電をしたのですが、今ノートブックを開いたとたん!蟻がゾロゾロとキーボードの隙間から出てきて、、、コメント打ちながら戦っています! やっぱり、田舎だ!

投稿: 大浦~松島  | 2008年4月13日 (日) 09時23分

まりママさん、こんにちは。

桜がもってくれてよかったですね!ご両親には、いい思い出になったことでしょう。

子曰はく「父母の年は、知らざるべからず。一は則ち以て喜び、一は則ち以て懼る」と。(父母の今までの長生きを祝福して喜び、老い先のことを考えて気遣うために)

私が東京から当地に戻って、まず母の上顎のフルブリッジを作りました。それから20年以上が経ち、いよいよガタがきて義歯になりそうです。セットした時は母も50代。「使った白金加金は火葬場で拾ってやるから」とその時は冗談交じりに言っていたのですが、非常識を自認する私でも、もうそんなことは言えなくなりました。
「いつまでも」と望んではいても、いざという時の覚悟はしていないとならないと、散りゆく桜を見て感じました。

せっかくの再会の喜びに水をさすようなコメントでごめんなさい。

投稿: オカマと来た湯屋 | 2008年4月13日 (日) 10時06分

大浦~松島さん

昨日は両親を前島密記念館に連れて行きましたが、前島密や渋沢栄一の書を見て、堪能していました。おかげさまで、喜んで帰ったようです。

ところで、水掛祭りは、大事な新年の儀式なんでしたね。一族の長老の肩や手に若者が聖水をかけて、幸福と安全をお祈りするという・・。若者がお年寄りを敬い大切にする、そして、お年寄りが若いエネルギーをもらうというような、よい風習だと思いました。(確か去年もコメントいただいたような気がして、探しました。)交通事故は減りましたか?

今年は、とうとう「ゆびきたす」しましたね(笑)。


オカマと来た湯屋さん、こんばんは。

今回のコメントは、まさにそのとおりだと思います。
10年後を想像したら、私も『「いつまでも」と望んではいても、いざという時の覚悟はしていないとならないと、散りゆく桜を見て感じました。』と、同じ心境になりました。
だから、今この時々を大切にしていかなくては、出来るときは何でもしよう、そう思っています。


投稿: まりママ | 2008年4月14日 (月) 23時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 夜桜:

« 娘の腹痛 | トップページ | 夜桜(その2) »