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2008年10月

2008年10月29日 (水)

動く化石

約3億年前の古生代石炭紀から、この地球上に生息している化石のような奴。

乏しい食事情でも生き抜くしぶとい奴。

黒や茶色に光る平たい体で、毛嫌いされても、疎まれても、堪えないタフな奴。

夏頃、何か動くものを壁の隅に見つけ、ぎょっとした。

うそっ。まさか。

この15年、新築マンションに暮らしてきて一度もお目にかかったことがなかったのに・・・。

新潟市の五十嵐では、カブトムシのように飛ぶつわものもいた。弟達と住んだ東京のマンションでは、先住者の奴らの繁殖力に脅かされ、毎日が戦いだった。

ようやくこの地でつかんだ平穏な日々だったのに・・・。

無残にも打ち破られた。

コンバットを置いてみた。ゴ○○○ホイホイも置いてみた。

ばさっ。かさかさかさ。

その前を馬鹿にしたように通り過ぎる。

賢い奴だったのだ。にくたらしい。

そもそも何で奴らが侵入したのか。

そうだ。このマンションの修繕をした時、ぐるっと全周、1Fから5Fまで足場が組まれ、ネットが張り巡らされていたことが原因かも。
それまでいなかった蚊も忍び込み、この夏は主に娘が被害に遭っていたっけ。

以前、4Fに住んでいる知人が、そのお隣のベランダにごみ袋が放置されていて、そこに奴らがいるのを見たことがあると話していたことも思い出した。 

あああ、どうしてくれようか。
一度侵入を許してしまえば、天国のようなうちからは出て行ってはくれないだろう。
一年中暖かい。隠れる隙間はたくさん。水周りも豊か。

娘がハイハイをしているような時は、そのちっちゃな指で何かつまんで口に入れたりすることのないように、かなり気を配って掃除をしていたのに、この頃手抜きで、奴らのえさになるようなものもたぶん十分に落ちていることだろう。何しろ、奴らは、毛髪や垢なども食べるというから・・。

完璧な掃除、完ぺきな乾燥は私には無理なので、兵糧攻めは不可能ではないか。

では、直接攻撃?

小さくて、動きのとろいものでも流しにいてくれたら、食器用洗剤が効果的なのだが、素早い奴には無理。打撃も、場所と力加減が難しい。弱いと、全く効果がないし、確実に仕留めるくらいの力となると、潰れて、後処理が大変になる。掃除機も、今使っているのは紙パック式ではないので、捨てる時にまた対面することは必至。それはいやだ。

では、共存?

避けたい選択ではあるが、そうなる可能性大・・・orz。
ゆううつ。。。。

願わくは、人が起きている時には出てこないで欲しい!

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2008年10月26日 (日)

越後・謙信SAKEまつり2008

上越・妙高の酒文化を町の活性化に生かそうと開催されるSAKEまつり。今年で3回目になる。

昨日25日は、午後8時まで、今日26日は、午前10時から午後4時まで、歩行者天国になった商店街に、19の蔵元と、地元名産品を販売するお店がずらりと並び、試飲グラスを持ったお客が各ブースを巡って次々にお目当ての蔵元のお酒を堪能した。

のんべえの友達から再三誘われていたので、今年も、昨夜仕事が終わってから一緒に出かけた。

試飲グラスはミネラルウォーターのペットボトルと共に1000円で販売。これで好きなだけお酒が飲める。去年までは500円だったのが、急に2倍になって客足はどうかと思ったが、心配することはなかった。知人にも何組も出会う。夫婦でそぞろ歩きをしていた。

日本酒は、本醸造、ひやおろし、純米酒、純米吟醸主等々。梅酒、どぶろく、ワインも飲める。

去年は、すきっ腹にしこたま飲んで、次の日は二日酔いでひどい目にあったので 、今年は7-11のおにぎりと、ウコンの力をおなかに入れてから出かけた。途中、割烹料理屋が店頭でおでんを販売していたのでそれもつまんで、昨日は万全と思っていた。

ところが、友人は精力的で、8時までの1時間余りにほとんどのブースをまわって、それぞれ2~3種の銘柄を試飲するという強行軍にお供したものだから、やっぱりよる年波には勝てず、家に帰ってTVを見て、PCを開いて・・までの記憶はあるのだけれど、それ以後わからなくなった。

気がつけばソファーの上。体にはフリースのブランケットがかけてある。(娘がかけてくれたんだな・・・。)

時計を見れば、明け方の4時半。

歯を磨き顔を洗って着替えをしてちゃんとに布団に入る。娘が部活に行くので、7時過ぎまで束の間の睡眠。

ウコンの力のおかげか、二日酔いにはならなかったけれど、ソファで座ったまま寝てしまったらしいので、何とも疲れが取れず、今日は一日中ぼーっとしていた。

記憶も途切れたままだったが、片づけをしていて落ちている携帯を見つけ、開いたら、メールが途中まで打ってあった。

ああそうだった。PCを開いた後、携帯のメール着信があったので、返信のメールを打っているところだったのだ。

ようやく記憶がつながってなんとかすっきりしたのだが、来年は飲み方に気をつけねば。
いじきたなく、飲みすぎないようにしなければ・・・。

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2008年10月22日 (水)

おくりびと

今でも、山形の四季、自然の美しさ、荘内地方の山々をバックに奏でられたチェロの深くてやさしい音色とともに、親子、夫婦の情愛が心にしみてくる、素直に感動できる映画です。

『死』を扱っているのに重苦しくなく、ユーモアがあって、前半は思わずクスリとしてしまうところもあるのは、脚本と、本木雅弘・山崎努・余貴美子らの俳優陣の力でしょうか。
(日本アカデミー賞では、主演男優賞に本木雅弘、助演男優賞に山崎努、助演女優賞に余貴美子が選ばれました。8冠を達成し、まさに総ナメ状態でした。2009.2月加筆)

ほかに吉行和子、笹野高史、杉本哲太、峰岸徹(ご冥福をお祈りいたします)らのベテランキャストによって、いい味の映画となっていると思います。

モッくんや、山崎努・余貴美子・吉行和子さんなどは、好きなや役者でしたが、私にとって出色だったのは、広末涼子。母親になって演技に幅や余裕ができたのか、妻役を瑞々しく演じていて好印象でした。(広末は主演女優だったんですね。そう思ってみてなかった・・・。モッくんと15歳も年が離れているのにあまり違和感なく、新婚の夫婦役が演じられていたので、好ましいと思っただけなので。2009.2月加筆)

この映画で『納棺師』という職業を初めて知りました。

祖母が自宅で亡くなった時、北枕に寝かされ、枕もとに槍の剣先が置かれていたことは覚えているのですが、どういうふうに納棺されたか記憶にありませんし、おじ・おばを何人か見送りましたが、病院で亡くなったため、通夜に駆けつけてもすでに納棺されていたりで、身内とはいえ、この映画のように、納棺の儀に立ち会う機会がなかったからかもしれません。

『旅立ち』のお手伝いをする、納棺師・社長(山崎 努)と大吾(本木 雅弘)の所作は、美しく慈愛に満ちていて、見る者の心を打ちます。その技はイリュージョンのようで、目を見張るものがあります。

大吾が遺体の納棺の仕事をしていると知った妻、美香は自分に触れようとした夫に対して「汚らわしい!」と叫んでしまいますが、私も、思わずはっとしました。

死んだ人に触るのは汚いのかと。

おそらく、『死』に対する怖れが、忌み嫌うこと、触れてほしくないこと、穢れ・汚れに転じていって、このような感情を持ってしまうのだろうと推測しました。

死ぬことは、恐ろしく、嫌なことだけれども、誰にでも必ず、等しく訪れるものである。決して汚らわしいものではない。『死』は終わりではなく、向こうの世界への旅立ちである。映画を見ながらこんなことを考えていました。

納棺師の所作が美しいのは、遺体に対する尊厳、自分の仕事に対する誇り・矜持というものがなせる技だからなのでしょう。また、心のこもった「おくりかた」は、見守る遺族の悲しみも癒す働きがあるように思いました。

もしも、私がおくられびとになる日が来たら、モッくんや山崎努さんのような納棺師の方におくって欲しいと思わずにはいられませんでした。(日本アカデミー賞授賞式での機木希林の「うちには『おくりびと』がおりますので、安心して去れます。」というコメントは印象的でした。それに対して「心をこめておくらせていただきます。」というモッくんのコメントもよかったです。2009.2月加筆 

もう一つ心を打たれたのは、『いしぶみ』のエピソードです。こんなコミュニケーションの仕方があることに感動しました。

あと、細かいことで印象深かったのは、熱々でジューシーな、フグの白子・フライドチキンを食べる場面。なんともおいしそうでした。生きているということは食べること。食べるからにはおいしく。「困ったことにおいしい」という社長のセリフが効いていました。

遺体役の役者さんにも、感心しました。ピクリとも動かない。
特にニューハーフ役の役者さんはたいしたものでした。

もう、ひと月も前に観た映画ですが、今でもまだ余韻が残っています。

そうそう、この映画も音楽は久石譲でした。

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2008年10月18日 (土)

ジャズピアニスト椎名豊

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昨日は、PTAの主催の「ようこそ先輩」という講演会で、ジャズピアニストの椎名豊さんが講演と、ピアノの生演奏をして下さいました。

娘の中学では、年に一回、広く活躍されているOBの方をお呼びして全校の生徒および父兄の前で講演会を開いています。

去年は南極観測隊で活躍された方で、南極の氷を持って来てくださったりしました。

今年はジャズピアノの演奏を聴けるということで、診療も途中を休みにして講演会に出席しました。

椎名さんは、小学校3年から中学3年の1学期までこちらで過ごしていたそうですが、こちらでは野球部で野球一筋、かなりハードに鍛えていて、夢は野球選手。当時は、ピアニストになるなどとは思いもよらなかったとのことです。

中3の2学期に東京に引っ越し、高校も、野球の推薦で、巨人軍の原辰徳監督の母校に入学が決まったのに、椎名さんは何故かわからないけれど、勉強もせずに楽をして入学するのが嫌で、推薦を取り消してもらって、試験で都立高校に合格したそうです。

これが、音楽への道を歩む大きな岐路だったと話していました。

音楽一家で、3歳の頃からピアノを始め、家では両親、姉の誰かがピアノを弾いているような環境に育っていたせいか、高校1年でジャズに興味がわくと、野球への情熱がすっかりそのまま音楽へ移行し、音楽三昧の日々を過ごしていたとか。大学も音楽大学をめざし、高2から、受験の専門校に毎週日曜日に通ったそうです。

結局、受験するまでずっと日曜日がない生活を送っていたのだけれど、辛いとか頑張って大変とかという気持ちは全く起きず、却って好きなことに邁進できる喜びを感じていたとか。さすがに一芸に秀でる人は違います。

大学入学後は、英語を一生懸命勉強したそうですが、これが、今も世界の一流アーティスト達と一緒に世界を股に演奏活動をするのに役立っているとのことで、一生懸命に勉強すれば必ず役に立つ日が来ると、生徒たちにメッセ-ジを送っていました。

また、いじめのエピソードで、引っ越した東京では、転校生ということでいじめのターゲットになったけれど、半端なく体を鍛えていたお蔭でマラソン大会で上位入賞し、その一生懸命走る姿がクラスメートの自分を見る目を変えさせたという話も心に残りました。

さて、アメリカの伝統音楽であるジャズは、クラシックと違い、静かに聴いているものではなく、曲の途中でも、心に感じるところがあったら手拍子や拍手、歓声なども上げていいのだそうで、その時の聴衆の感じ方に合わせて、ジャズミュージシャン達は、即興で演奏するのだそうです。

弾き手と聴き手がお互いにコミュニケーションをとりながら、音楽にのってスウィングして楽しむのがジャズの魅力だというので、早速にわか聴衆達は、手拍子をしながら、椎名さんのピアノ演奏に聴き入りました。

父兄の席は、生徒たちの後ろだったのですが、生徒の合間を縫って、椎名さんの演奏が見えるビューポイントに座ったので、高速回転する指の動きがよく見えました。

圧巻でした。

(これから、アルバムの発表と、全国ツアーがあるとのことなので、冒頭に予定表を載せておきました。)

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2008年10月12日 (日)

ブログ本が出来ました♪

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2005年6月から、2008年7月までのブログを本にしました。

2冊に分冊。全592ページ。

手に取るとズシリと重い。

思わず「にや~っ」としてしまいました。

ここまで来るのに、何度、印刷会社の方と、校正のメールをやりとりしたことか・・・。

最後までお付き合い下さって、無事満足のいくものができあがりました。

ペーパーレス、IT化時代というけれど、やっぱり、印刷媒体の良さは捨てられませんね。

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2008年10月 9日 (木)

朝バナナダイエット

朝食を、バナナと水(常温)だけにする。
それで、昼食・夕食は、好きなものを食べてもいい(ただし午後8時以降は食べないこと)というダイエット法とか。

TV番組で放送してから、都会ではバナナの品薄状態が続いていると、これをまた、ワイドショーで放映していた。

どうもTVには、人の思考を停止させるような魔力があるらしい。

確かにバナナは、食物繊維やカリウムも豊富、すぐにエネルギー源になるわりに、カロリーが、そう高いということはない、健康には良い食材であるが、誰もがこぞってダイエットのために買うということは想像していなかった。

最近までこちらでは、問題なくバナナが買えていたので、上越の人は、TVに踊らされることがないみたい・・と安心していたのだが、ついにその波が、遅れてやってきたようである。

うちの朝食はもう何年も前から、野菜ジュースに、バナナ入りのヨーグルトを欠かしたことがなかったが、昨日もおとといもバナナが買えなかった。いつも行くスーパー、2軒とも売り切れだった。

今日は、早めに行ったので手に入れたが、断り書きがしてあった。

「・・品薄で、黄色のバナナの安定供給ができない状況です。青いものは、2~3日おいて黄色く熟してから召し上がってください。」

置いてあるバナナのほとんど、首のところが青いままだった。

この、TVの情報に扇動され、集団行動を起こすさま・・・何年か前のナタデココを思い出した。

くれぐれも二の舞になりませんよう・・・。

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2008年10月 7日 (火)

フェラガモの靴

ちょうど10年前、従妹の結婚式に履いて行くために買った靴。

もの持ちが良い方なので、奮発して、グレードが高く、飽きないものを求めようと思った。

幅広の足の私は、それまではなかなかぴったりした靴が見つからないでいた。

この時もシューフィッターのお姉さんに、何足も出してきてもらって試し履きをして、ようやくぴったりしたものを見つけたのだった。

色はやっぱりブラック。デザインも気に入った。

カーフのスウェード、つま先にリザードの6cmヒールの靴。 私としては、かなりなハイ・ヒール。

それからというものは、冠婚、式典、その他フォーマルな装いの時はいつもこの靴にたよっていた。

この日曜日も、学会に出席するのに、黒のパンツをはこうと思ったから、この靴をチョイスした。

フェラガモの靴は、型がしっかりしていて、10年たっても全く崩れない。また、踵のおさまり具合も良く、一度も靴擦れを起こしたことがない。

今回の会場は、幕張メッセ。

東京駅から、京葉線のホームまで歩く歩く。海浜幕張の駅から、幕張メッセまでもちょっと歩く。会場では立って聴講もするし、お昼は、近くのホテルまで、また歩く。

帰りも、時間に余裕がないため、すごく足早に歩かなくてはならない。さらに、お土産と、新幹線内で食べるお弁当を調達するためにグラントウキョウノースタワーまで足を延ばし(大丸のポイントカードを利用しようなどと思ったものだから。)、売場をぐるぐる回って必要なものを買い、汗だくになりながら、発車10分前にホームにたどり着いた。

車中の人となり、大宮を過ぎ、お弁当も食べ終わり、ゆったりくつろぎ始めたころだった。

両足が悲鳴をあげ始めた。靴を脱いだら、もう二度と履きたくない気分だった。

日頃のウォーキングと同等、もしくはそれ以上歩いて、足(foot)がパンパンに浮腫んだせいか、かっちりと崩れない型の靴の中で、窮屈がっていたのだ。

今まではこんなふうになることはなかったのに・・・。

でも、そういえば、最近、靴に足を入れると少しきつい感じがしていたかもしれない。もしかして、この10年で足が太ったからでは・・・。

それと、さしものフェラガモの靴も、私の足に係っては、ウォーキングには不向きだったということか・・・。

靴擦れは起こさないのに・・・。

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2008年10月 3日 (金)

孔雀草

Pa0_0048 義母の庭に白い孔雀草が、咲いていることに気付きました。今が盛りです。

「孔雀草」は、何と私の誕生日の誕生花でした。

花言葉は、「いつも愉快、一目ぼれ、可憐・・」だとか。

先週末から、寒いくらいの日が続いていましたが、今日は暖かな日和。良いお天気で気持ちが良かったです。

ススキが秋らしい。赤トンボもやってきました。

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赤トンボは、この後、私の指に止まりましたhappy01

以前の記事で、指にとまったトンボを写真に撮ったものがありました。

こちらです。

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