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2008年10月22日 (水)

おくりびと

今でも、山形の四季、自然の美しさ、荘内地方の山々をバックに奏でられたチェロの深くてやさしい音色とともに、親子、夫婦の情愛が心にしみてくる、素直に感動できる映画です。

『死』を扱っているのに重苦しくなく、ユーモアがあって、前半は思わずクスリとしてしまうところもあるのは、脚本と、本木雅弘・山崎努・余貴美子らの俳優陣の力でしょうか。
(日本アカデミー賞では、主演男優賞に本木雅弘、助演男優賞に山崎努、助演女優賞に余貴美子が選ばれました。8冠を達成し、まさに総ナメ状態でした。2009.2月加筆)

ほかに吉行和子、笹野高史、杉本哲太、峰岸徹(ご冥福をお祈りいたします)らのベテランキャストによって、いい味の映画となっていると思います。

モッくんや、山崎努・余貴美子・吉行和子さんなどは、好きなや役者でしたが、私にとって出色だったのは、広末涼子。母親になって演技に幅や余裕ができたのか、妻役を瑞々しく演じていて好印象でした。(広末は主演女優だったんですね。そう思ってみてなかった・・・。モッくんと15歳も年が離れているのにあまり違和感なく、新婚の夫婦役が演じられていたので、好ましいと思っただけなので。2009.2月加筆)

この映画で『納棺師』という職業を初めて知りました。

祖母が自宅で亡くなった時、北枕に寝かされ、枕もとに槍の剣先が置かれていたことは覚えているのですが、どういうふうに納棺されたか記憶にありませんし、おじ・おばを何人か見送りましたが、病院で亡くなったため、通夜に駆けつけてもすでに納棺されていたりで、身内とはいえ、この映画のように、納棺の儀に立ち会う機会がなかったからかもしれません。

『旅立ち』のお手伝いをする、納棺師・社長(山崎 努)と大吾(本木 雅弘)の所作は、美しく慈愛に満ちていて、見る者の心を打ちます。その技はイリュージョンのようで、目を見張るものがあります。

大吾が遺体の納棺の仕事をしていると知った妻、美香は自分に触れようとした夫に対して「汚らわしい!」と叫んでしまいますが、私も、思わずはっとしました。

死んだ人に触るのは汚いのかと。

おそらく、『死』に対する怖れが、忌み嫌うこと、触れてほしくないこと、穢れ・汚れに転じていって、このような感情を持ってしまうのだろうと推測しました。

死ぬことは、恐ろしく、嫌なことだけれども、誰にでも必ず、等しく訪れるものである。決して汚らわしいものではない。『死』は終わりではなく、向こうの世界への旅立ちである。映画を見ながらこんなことを考えていました。

納棺師の所作が美しいのは、遺体に対する尊厳、自分の仕事に対する誇り・矜持というものがなせる技だからなのでしょう。また、心のこもった「おくりかた」は、見守る遺族の悲しみも癒す働きがあるように思いました。

もしも、私がおくられびとになる日が来たら、モッくんや山崎努さんのような納棺師の方におくって欲しいと思わずにはいられませんでした。(日本アカデミー賞授賞式での機木希林の「うちには『おくりびと』がおりますので、安心して去れます。」というコメントは印象的でした。それに対して「心をこめておくらせていただきます。」というモッくんのコメントもよかったです。2009.2月加筆 

もう一つ心を打たれたのは、『いしぶみ』のエピソードです。こんなコミュニケーションの仕方があることに感動しました。

あと、細かいことで印象深かったのは、熱々でジューシーな、フグの白子・フライドチキンを食べる場面。なんともおいしそうでした。生きているということは食べること。食べるからにはおいしく。「困ったことにおいしい」という社長のセリフが効いていました。

遺体役の役者さんにも、感心しました。ピクリとも動かない。
特にニューハーフ役の役者さんはたいしたものでした。

もう、ひと月も前に観た映画ですが、今でもまだ余韻が残っています。

そうそう、この映画も音楽は久石譲でした。

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