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2009年1月

2009年1月30日 (金)

ホエー豚とイベリコ豚

昨年末、夫と日テレの番組を見ていたら、ホエー豚がおいしそうだったので、取り寄せてみることにした。その取り寄せ品、花畑牧場 番組限定 スペシャルセットが昨日届いた。

ホエー豚のバラ肉140g、ロース肉130g、肩ロース肉130g。
特製のたれ3袋、オホーツクの昆布塩3袋、柚子胡椒1瓶。

これに、並ばないと買えない生キャラメル2箱、スープいももち2袋、焼いて食べるとおいしいというチーズのカチョカバロ1個がセットになって、10,000円のセット。(送料800円)

早速、しゃぶしゃぶにして食べてみた。

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肉は赤身がきれいにピンクがかっていて、脂身も程良い。冷凍状態で送られてきたのだが、自然解凍してもドリップがまったく出ず、感激した。

どうやったらこんなに薄くスライスできるのだろう、と思うほど薄いこともあって、あっという間に火が通り、バラ肉などは、口に入れるととろけてしまう。脂身は甘い。ロースは少し「肉」を感じたが、やわらかくあっさりとしている。

あっという間にバラ肉とロースはなくなり、まだ解凍してなかった肩ロースも食べようということになった。自然解凍を待っていたら遅くなるので、レンジで解凍したら、あまりうまくできなかったとみえて、肩ロースはいまいちだった。これなら、越後もち豚の方がおいしいかもというところ。

しかし、全般的に、コストを考えなければ、十分満足できる味だった。

さて今日は、その前に取り寄せてあった、スペインが誇るイベリコ豚(ベジョーダ)のロース肉すき・しゃぶ鍋用の薄切りを試してみることにした。

Ca380152 肉の色が全く違う。

肉の色が濃いので、癖があるかもという印象だったが、そんなことはなかった。

むしろ、「豚」のにおいは、ホエー豚よりもしない。かえって、独特の風味が感じられた。母乳後、100%どんぐりを食べていたせいか。

脂身も多いようだが、全くしつこくなく、とろけるようである。「肉」の味もしっかりしていて、肉好きにはイベリコ豚の方がいいかもしれないというのが、夫と私の共通した意見だった。

これも、あっという間になくなってしまった。

2日間にわたって、ずいぶん贅沢をしてしまった。

イベリコ豚は100g800円強。レセボでなくベジョーダなので、このくらいはするのだろうか。

ホエー豚に至っては、注文するときに何も考えていなかったが、セットのほかの品の値段から推測すると、100gあたり1000円から1200円弱くらいかかっていることになる。

もう少し安くしてもいいのではないか。リピートができないもの。

日頃は、100g240円の越後もち豚ロースで十分である。

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2009年1月27日 (火)

メガネ

「ものもらい」という診断がされ、点眼薬をつけ始めてから、3週間以上たったが、未だ完治していない。

10日経って心配になって再び眼科を受診した時、私の「ものもらい」は、「麦粒腫」ではなく、「霰粒腫」と言って、まぶた全体が腫れて治りの悪いものだという簡単な説明を受けたが、「治りが悪い」と言っても、いつ良くなるのだろうか。

確かに、痛み、かゆみはなくなり、まぶたから垂れ下がっていた腫瘤もだんだん小さくなってきたが、塗り薬を塗ると、目がぼーッとかすみ、長くは本が読めない。それに、なんといってもお化粧ができない。

この頃は、顔全体にファンデーションまでは塗っているが、アイメークが皆無。

ノーメークでの外出は、メガネをかけてごまかしてきた。

そもそも、私は、メガネがあまり似合う方ではないと思っていたが、仕事柄、目を守るために伊達メガネは、診療中ずっとしてきた。

Dsc00543_2 上の、面積の大きいものが診療用。これは「診療用」と割り切っているので、普段にはかけたくない。

下のファッショングラスは、必要に迫られて、試しに購入した老眼鏡。安物なので、度数が+1.5からしか、なかったが、本当はまだ、+1.0くらいでちょうど良いはず。

この老眼鏡では、近くのものしか見えず、歩けない。

Dsc00542_2 これは、サングラス。

夏の海、冬の山でかけるけれど、街中では・・・。芸能人じゃないし。

というわけで、出掛ける時に着用していたのが、下のメガネ。

Dsc00545 レンズは透明、度無しだが、紫外線カットの機能を持つ。

去年、例の老眼鏡を買ったブティックに、検眼の資格を持つ、メガネフレーム会社の販売員がやってきた。その時、どういうわけか試し掛けで気に入って、購入してしまったものだ。

ちょうどその時の髪型のせいか、レイヤードでポップな服装だったせいか、試し掛けの時は、自分でも似合うと思っていた。周りの店員さん達も褒めてくれてすっかりその気になったのだった。

それに、今まで持っているものとは全く違うものだったし・・・。

ところが、レンズを入れて出来上がったものをかけた時、正直言って「あれっ、この前と同じもの?」という印象。ちょっと違うような・・・。この前ほど似合って見えない。

けれども、周りの売り手側は、「このようなメガネこそ、かけていただきたいものです。」みたいなことを言うし、オーダーメイドだから、キャンセルするわけにいかず、「紫外線から目を守るためだ」と自分を納得させて購入してきた。大枚をはたいて・・・(上の4つのメガネの金額を合計したものより高い)。

箪笥に眠らせておくにはもったいないので、かけたところ、娘からは、不評。

この頃は白いコートに合わせてかけていたのだが、鴨川に行った時も実家の母に不評。

かなりへこんだ。

それでも、めげずに、かけている。

似合うファッショングラスは探したいが、それより、乱視と老眼のはいったメガネをつくることの方が先になりそうな気配である。

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2009年1月25日 (日)

雪国だったのだ・・・

1月24日(土)

「今年は、雪がなくて暖かでいいですね。」というのが、最近の挨拶だった。

大寒になっても、地面は黒いままで、昨夜のウォーキングの時は雨模様だった。

天気予報では、日本海側では「雪」だったので、友達と、「雨は、夜更け過ぎに雪へと変わるだろう、かね。」と言い合いながら別れたのだったが、一夜明けてみて、雪国の実力を再認識したのだった。

朝7時頃の様子。

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部活に行く娘を送って行った8時過ぎには、このような様子。

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1月25日(日)

昨日とは打って変わって良い天気。

高田に住んでからの方が、故郷の房総・鴨川に住んでいた年数より長くなったとはいえ、「冬の青空」は、脳細胞にインプットされているようで、青空を見るとほっとする。

今日の最低気温は-4℃くらいだったらしい。

しばらく、路面が「ガリガリくん」だった。

遊びの虫の娘は、この天気に、朝から出かける支度に余念なく、友達3人と、ジャスコに。

私はアッシーに使われる。

なんだかね~。

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2009年1月20日 (火)

うさぎパン

娘が、学校の図書館から本を借りてきた。

基本的に娘は本が好きな方だと思うが、「世界の名作」と言われるような本は食わず嫌いをしているようなところがある。小学校の時は、よく図書館に連れて行ったが、そのコーナーにはついぞ立ち寄ろうとはしなかった。私が試しに借りてきても全く興味を示さず、読み聞かせをしてやろうと思っても、違う本をリクエストされる始末だった。

借りてきた本は『うさぎパン』。

内心、「またか。本当に軽い本しか読まないんだから・・・」と、失望したが、その本を手に取ってみて、ちょっと気が変わった。

装丁がいいのである。紙質、色合い、デザインにこだわりがあり、かわいい。

Ca380133 Ca380134_2                               

娘が図書館や本屋で本を選ぶ時の選び方を、前に聞いたことがある。

「まずね、題名を見るでしょ。次に、カバーの色やデザインを見て気に入ったら、中を読んでみて、面白そうだったら借りる(買う)の。」

そうか、題名に『うさぎ』ね。

娘は、小さい頃、『うさぎ』が大好きだった。Ca380137

お弁当の日、食が細かった娘のためにうさぎをかたどったチキンライスにしたり、リンゴもうさぎの耳をつけてあげると完食してきた。

洋服も、うさぎが付いたものがお気に入りだった。

Ca380139_22~4才の時に着ていたセーターや、5~6才の時に着たトレーナーは、手放すのが嫌だと言って、まだ箪笥にしまってある。(それ以外、小さくなったものはほとんど、2歳年下の従妹にあげて、着てもらっていたのだが。)

ソックスもうさぎ。

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髪の毛も、毎日、いろいろなチョッピンで、ウサギの耳のように頭の両横にゆわえて登園していた。

『パン』・・・パン屋さんか、パティシエになりたいと言っていた時期があった。

そんな娘だから、『うさぎパン』という題名はストライクゾーンど真ん中だったはずだ。

それに、手に取ってみると、紙の質感が暖かいし、私も魅かれた装丁である。中を読む前にもう、借りようと思っていたに違いない。

主人公は、高1の優子。3歳の時に「母」の聡子を亡くした。父親は単身赴任中で、「継母」だけれどいい関係のミドリさんと一緒に暮らしている。1学期の成績が悪かったため、家庭教師として、美和ちゃんがやってくる。25歳、難関大学物理学科の大学院2年生。美和ちゃんには、ミドリさんにいえないことも言える。

同じパン好きの冨田くんと意気投合して、パン屋めぐりをしたりする中でほのかな恋心も抱く。友達との楽しい学校生活。

それらが、爽やかに、魅力的に書かれていて、あっという間に読めてしまった。

この本の中で、印象に残ったこと。

それは、優子が美和ちゃんに、「元素記号って意味あんの?」とか「役に立たない古文の助動詞活用を覚える必要ってあるの?」などと聞いた時の答えなのだが、

「頭は使わないとなまっちゃうのよ」

「忍耐力を養うためだよ」

「世の中に必要なものしかなかったら、とんでもなく殺風景なことになるわよ」

「まだ若いんだから、意義のあることだけに集中するには早すぎるよ」

・・・なかなか、良いことを言っていると思った。

作者の瀧羽麻子さんは、1981年兵庫生まれ。京大卒。この作品で、2007年第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞した。美和ちゃんと等身大の彼女は、作中の美和ちゃんとダブってみえる。

難を言えば、途中からファンタジーっぽくなってしまったり、「聡子」と「ミドリさん」と父親の関係については、突っ込みどころが満載なのだけれど、全体的には、読んで良かったかなと思える。特に娘と共通の会話ができたことが収穫かな。

蛇足だけれど、この本の目次が、普通と違う。

Ca380135_2 パンの挿絵なのだ。

これも、装丁を手がけた、名久井直子さんのアイデアなのか。

彼女はとても凝った装丁をする人のようである。

何よりも手間をかけることを厭わない、本作りを楽しんでしていると言うような人のようで、こちらも好感が持てたのであった。

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2009年1月17日 (土)

ちょっと鴨川まで -Ⅲ-

お墓参りから帰ってくると、ダイニングの隣の和室で寝ていた父が、私と母の声を聞いて目を覚ましたようだった。

「来てたのか?」「○○は来なかったのか?」

「来てます。」

と娘が言うと、「おぉ、来たのか。」とうれしそうな声を出して、すぐに身を起こした。やっぱり、孫娘の方がかわいいとみえる。

また、どうして来ることにしたか、何で日帰りか一通り説明した後、皆で煎茶と、とらやの羊羹で、お茶の時間となった。

時間は短かったのだが、まったりとした時を過ごす。

お盆に来ていた時は、埼玉の弟たち一家と行動することも多く、両親とゆっくりするひまがなかったように思うが、かえって日帰りで、墓参り以外は何もすることがないほうが、気持ち的にもゆっくりできたような気がする。

弟が定刻に迎えにきた。少し前までは、時間にルーズなところがあって、気になっていたのだけれど、彼も成長したんだなとうれしくなる。

母が、「いただきものだけれど」と、活きた伊勢エビとサザエを発泡スチロールの箱に詰めて手荷物にしてくれていた。小ぶりの伊勢エビが8尾とさざえが7個。

さばき方がわからないと言ったら、「そのままゆでちゃえば、簡単。」との答え。
ただ、活きた伊勢エビは暴れるので、1尾ずつ沸騰した湯に入れたら蓋をすること、茹であがったら、背ワタを取ることなど注意点を教えてくれた。

サザエは、水から茹で、ぐらぐらと煮立ったら、火を止めてそのまま冷めるのを待っていると、蓋も外れやすくなって、身も硬くならないとのこと。漁師さんから聞いた茹で方だそうだ。

Panulirusjaponicus_1_2 Sazae1

結婚式の引き出物が入っていた大きなビニル袋に箱を入れてくれたので、東京駅で買ったものなど、みんな一緒に入れることができて、持ち運びに便利だった。(東京駅では一生懸命歩かなければならないので、これは助かる。)

*写真:伊勢エビは、Wikpediaより、サザエは「食材事典」より拝借。

来月末にある伯父の三周忌でまた会おうと言って別れる。

もうすっかり真っ暗だ。

冬の鴨川。娘にとって初体験。太平洋側の陽の光を楽しんだようだ。

再び東京駅。
来る時に目をつけていた塩キャラメルロールを買って帰りたくて(特に娘が食べたがって)、また、寿司を一折もらって来たが、それだけでは足りず、車中で食べる夕飯もゲットする必要があったため、私達は、京葉線の東京駅から、八重洲北口まで素晴らしい速度で歩いた。
動く歩道では、歩くペースが速く、まるで露払いをしてくれているような若い男の人の後をぴったりついて行った。

努力の甲斐があった。行きに15分かかったところ、なんと5分余りで着いた。
上りのエスカレーターを駆けあがるのはしんどかったが、食べ物のためには底力が出るようである。

欲しいものは手に入れて、帰路に着く。

自宅に電話を入れると、先に群馬から帰っていた夫が、雪は大丈夫だというので、心配事もなくなった。

こうして、私と娘の「ちょっと鴨川まで」の旅は、無事終わりを告げたのであった。

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2009年1月16日 (金)

ちょっと鴨川まで -Ⅱ-

八重洲北口から、のんびり歩いて15分、京葉線東京駅に到着。すでに「ビューわかしお」は、ホームに待っていて、自由席に行列ができていた。

連休だけれど、夏のような混み方はしていない。それにこの中でどのくらいの人が鴨川まで乗って行くのか・・・。途中で降りてしまう人の方が多いので、いつも一抹の寂しさを感じている。自分の生まれ育った町が、もう少し観光で栄えてほしいものだと思う。

座席を確保して、テーブルに買ってきた食料を広げるGrp_0030

岡山の押し寿司(鯖・鯵・鯛)と、パニーニ(プロシェットとモッツァレラチーズ)、アップルパイ、ウーロン茶と緑茶。さらにデザートとして、Pastelの、とろふわなプリンと、マンゴープリンが控えていて、娘とシェアーし合った宴会は、延々1時間近く続いた。

どれもおいしくて満足。それにしても、乗車時間2時間のうち半分を食べることに費やすとは・・・。

外房線沿線は、この季節、天気が良く、青空と陽の光が歓迎してくれる。
娘が言った。「空が高いね。」

鴨川駅に着いてから、家業を継いでいる弟の携帯に電話をかける。

新年会は終わって、酔った父は歩いて自宅に帰り、今頃寝ているであろうこと、母は、成人式を終えたばかりの姪がぬいだままにしてある着物をたたみに来ているということを、弟から聞いた。

「私、○○と、今、駅にいるんだ」と言うと、一瞬絶句して、「えっ、どこの駅?」

「鴨川駅だよ」

なんでまた・・という雰囲気だったので、名目上お墓参りに来たのだけれど、娘がおじいちゃん、おばあちゃんを驚かせたいのだ告げると、迎えに来てくれた。

姪は、小・中学校の同級会が2件あって、すでに出かけていていないとのこと。会えずに残念。

母は、着物をたたみ終わったところだった。

私たちの顔を見ると、驚き喜んだが、「言ってくれれば良かったのに。」と、愚痴も忘れなかった。「泊まって行けばいいのに。」

弟は、自宅まで、母と共に送ってくれ、また、帰りの電車に間に合うように迎えに来てくれると言って帰って行った。

父は無事に帰宅していて寝ていた。

時間がないので、すぐにお線香とロウソクを持って、お墓参りにでかける。

Ca380130 お墓は2か所あり、そのうちの一つは、海を見下ろす高台にある。

元旦には、間寛平さんが、この港から出航して行ったのだ。

やっぱり、1年に1度はこの海を見なくては・・・。

ずっとお墓参りにいっていなかったという娘の友達が、「良くないことが起きるのは、お墓参りしてないせいかな?ばちがあたっているのかな。」と言っていたそうで、自分も、去年はお墓参りをしていないから、軽くやばいと思ったらしい娘は、滞りなくお墓参りができて、ほっとひと安心といったところだった。

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2009年1月15日 (木)

ちょっと鴨川まで -Ⅰ-

毎日、何をするでもなく、あっという間に過ぎゆく。
この数日、遅くまで起きているわりには、途中で睡魔に負けてしまうせいか、読もうと思っていた本も読めず、ブログもなかなか更新ができなかった。

それで、11日の記事が書けないでいたのだが、遅ればせながら、アップしよう。

11日の日曜日、娘の希望で、鴨川まで日帰りで行ってきた。

珍しく、連休に部活がなかったので、娘はちょっと遠出がしたかったらしい。

去年のお盆には、部活があってお墓参りできなかったので、今回は「お墓参り」が表向きの目的だったが、行くことを告げずに行けば、鴨川のおじいちゃんおばあちゃんをびっくりさせることができるだろうという悪戯心が大いにあったようだ。「サプライズ」をしたかった様子だ。
(私もちょっとわくわくしたので、つい話にのってしまったのだ。)

だから、行っても、二人が出かけていたりすると何にもならないので、事前にそれとなく探りを入れるように娘から促されて電話をかけると、ちょうどこの日は、お店(新聞販売店)の新年会をするとのことだった。
お昼の12時から3時くらいまでで終わり、その後はいったん自宅にもどり、またお店に行く予定ということだったので、確実に鴨川に居ることはわかった。

問題は時間だ。

あまり早く行っても会えないので、ちょうど3時少し前に着く『わかしお』に乗っていこう。
娘は鴨川行の目的のほかに、東京駅の地下街で、洋服・雑貨・本・キャラクターグッズなどを見たがっていたため、店が開く10時ごろに東京駅に着く新幹線にして、と逆算していくと、直江津出発は朝7時53分の『はくたか』で良いことになった。

帰りは、最終の新幹線に乗ることにすると、鴨川には、夕方5時半までは居られるし、直江津に着くのは夜の10時半ということで、少々強行軍ながら、十分日帰りが可能だった。

これを、土日きっぷが取れる最後の日(金曜日)に決めた。

土日きっぷだと、鴨川までも大人18000円、中学生は9000円で、JR東日本の新幹線、特急が乗り放題、指定席も4回までとれるので、お得だ。
日帰りにこだわったのは、泊まってくれば帰りは月曜日で、この切符が使えないことと、事前に行くことを告げなければならなくなるので、サプライズではなくなるから・・・。

さて、当日。
天気予報では終日雪とのことで心配だったが、群馬に遠征ゴルフに行くため早起きした夫が、「雪はたいしたことないな」と言ったのでひと安心。
日頃はグズな、私たち母娘だが、この時ばかりはてきぱきと着替えて準備し、出発した。路面もそれほど凍結しておらず、私の車でも怖くなかった。

直江津ー越後湯沢―東京を乗り換え時間を入れても2時間2分しかかからず、ひと寝入りしているうちに東京に着いた。ノンストップだと早くて快適だ。

娘が、お土産を貰った友達にお返しがしたいというので、まずは、東京キャラクタ-ストリートへ。開店と同時に入店。私もいろいろ見て楽しむ。
友達への土産も無事購入し、ついでに、修学旅行用の歯磨きセットも買わされる。

それからは東京駅地下街、一番街、大丸の食品売り場などをひと巡り。

財布の紐はしっかり結えたつもりだったが、こまごまと、いろいろ買ってしまったのであった。

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2009年1月10日 (土)

新年会

診療所の新年会をいつもの『惣菜膳 たぬき』で行った。

出された順に写真で記録。今日は、娘も1人前扱いでご相伴。

Ca380117_2 まずは、可愛い塗のお椀に、ふっくらと柔らかな黒豆が、口取りとして出された。

新年には定番のひと品。

しわ一つないきれいな黒豆だった。

Ca380118 次は、京風おでんを思わせる、薄味の、良くおだしの利いた汁で炊いた、しらたきと昆布。

しらたきの中には豚肉の薄切りロースがかくれている。

これも冬の定番で、好きなひと品。

Ca380119 菜の花のあえもの。

ホースラディッシュであえてあって、辛みが新鮮。

   (ピントが合ってないのが難点)

Ca380120 バイ貝の刺身。

大根の台座に、貝がのせられている。

歯ざわりがいい。わさびが効いていた。

この貝を、エスカルゴ風に、ニンニク香草バターを入れて、オーブンで焼いてくれる時もある。

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湯葉なべ。今回初めての経験。

湯葉に、だしで割った生姜醤油 をつけて食べる。

その後の「豆乳」ににがりを入れてかき混ぜ、豆腐を作り、同じく生姜醤油でいただく。

女性にはとくにいい。大豆のイソフラボンで女性ホルモンの補強、生姜は、体を温めるし。

女性のお客さんが多いので、いろいろ考えているのでは。

Ca380124 蓮根をおろしたものと細かく切ったものに鶏肉が入っているコロッケ。

ライムを絞って食べる。

2種類の調理法をした蓮根の食感がいい。

千切りキャベツにもライムを絞り、藻塩をかけて食す。

Ca380125 オニオングラタン。

玉ねぎがとても甘くておいしかった。

Ca380126 牛ステーキ。

脂身の少ないヘルシーな部位。

大根おろし・にんにく醤油・フレンチマスタードの3種の中からソースを選べる。

大根おろしでいただいた。

Ca380127 〆のラーメン。量は、おなかの加減でその人に合わせて変えてくれる。私は少なめで。

シンプルなしょうゆ味で、スープがおいしかった。1枚入ったチャ-シューも好みの味だった。

ここにも、すりおろしたしょうががはいっている。
お好みで、青唐辛子をアクセントに入れて。

Ca380128 デザートのみかん。

もう、おなかが一杯でとても1個は食べられない。娘と半分ずつ。

残りはお持ち帰りとなった。

スタッフも、ラーメンまでは、美味しい美味しいと、ペロッと平らげていたが、とうとうデザートは、持ち帰っていた。

ほかには、アラカン(還)くらいのお姉さま方三人一組がいたため、料理の進行はゆっくりで、最初から最後まで、3時間半近くかかった。

もうお腹一杯でだめです・・。まだ寝られそうにありません。

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2009年1月 6日 (火)

ものもらい

昨日より仕事始め。

右目が完全におかしく、抗菌点眼薬をさしているものの、使用期限が切れていたためか、効果がない。

仕事に差しさわりがあるので、眼科を受診することにした。

同じく仕事はじめの眼科は、朝から患者さんが目白押し。
とても診療時間まで間に合いそうもないので、午後に診てもらうことにして診察券を置いてきた。
ちょうど、眼科の午後の診察開始時間は、うちの診療開始時間より30分早いので、午後一番に診てもらえば、間に合うだろうという腹づもり。

すっぴん かつ、プチお岩さん状態で人前に出るのはなかなか恥ずかしいものだ。自然、姿勢がうつむき加減になっているのに気づく。

午後の診療時間の10分くらい前に行ったが、すでに10人弱の患者さんが待合室にいた。さすが、高額納税番付に載った眼科は繁盛している。

受付で診察券が出してあることを告げて、椅子に座っていると、まもなく看護師が問診にやってきた。それがすむと、皆、ルーティーンのように、先生の診察があるまでの間に、眼圧測定と、もう1台の測定器で、焦点の合い方か何かを調べ、人によっては、視力検査も行っていた。
先月の人間ドックで眼圧は調べたばかりなのに。まったく異常ないのに。私には不必要な検査だと思いながらも、拒否はできない。

開始時間を少し遅れて先生が診察室にやってきた。

薄暗くした部屋で、ライトと拡大鏡(カメラ付き?)をかざして、私に上・下、斜め左上・左下、斜め右上・右下を見るようにいいながら、私の目をのぞいて一言。

「ものもらいですね。」

「目薬と塗り薬を出しておきます。」

私が子供の頃よく行っていた眼医者は、眼瞼をひっくりかえしたり、薬をさして洗浄してくれたり、今考えると随分指先の荒れる仕事をしていたものなのだが、今の眼科医は、患者と非接触で手を汚すことなく診察しているのだ。

ものの、2~3分というところだろうか。
会計して、隣の調剤薬局で、薬をもらっても十分間に合う。

予定どおりに事が運び、ありがたかったが、

「2140円です。(=保険点数713点、つまり実際10割では7130円かかっている)」

と受付で言われた時、歯科での仕事の報酬と比べて、医科はなんと短時間で高点数があげられるのだろうかと、少し妬ましくなった。

医科だけではない。

調剤薬局で支払ったのは、3割負担で540円だったが、実際にかかる1810円のうち、当の薬剤料は670円であった。あとは、薬剤技術料やら、管理料などが1140円かかっているのだ。

う~ン、薬局もおいしい仕事だ。

今日も、不当に点数を削られて算定できなくなったラバーダムを、無報酬でしながら、歯科は・・とため息をつきたくなっていた。

ものもらいは、まだ私の眼を腫らしている。

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2009年1月 3日 (土)

三が日が過ぎゆく・・

この3日間、朝寝坊をし、ブランチの時間になってから、夫の実家にお雑煮を食べに行くという毎日。

午前中は、ほぼ無為に過ごしているといっていい。(いいのかしらん・・)

午後からは

1日
   初売りのジャスコに行き、バーゲンセールをいいことに娘にショートパンツとタータンチェックのタイツを買わされる。食べ物を買い込み帰宅。

3人で、腹ごしらえをしつつ、借りてきた『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』を鑑賞。みんなで、あはははと初笑い。

2日
   
娘と義妹が、カラオケかボーリングをしたいと言ったので、まずはボーリングにしようかと、叔母も誘ってみる。ボーリング場は、4か所あったのに、今は1か所になってしまったので、大変混んでいた。1時間半待ちということで、あきらめることにして、その旨叔母に伝える。それじゃあ、家に遊びに来たらと言ってくれたので、急遽、おじゃますることに。

叔母の家では、叔父が一人で東京に寄席を聞きに行っていて留守、帰省していた従兄弟たち家族もみな帰ったあとで、ごちそうは残り、叔母は暇という状況だった。

Ca380109 「おいしいお酒があるのよ」と出してきたのが、群馬県高林の龍神酒造の『柚子れもん酒』。柚子とレモン、焼酎でできたお酒で、柚子の香りがさわやかな、とても飲みやすい女性向のお酒。Ca380110

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次に「これは、叔父ちゃんがおいしいと言ってたもの」と言って出してきたのが、八海山の粕取り焼酎『宜有千萬(よろしくせんまんあるべし)』。40度でものすごくアルコール度数が高い。オンザロックで少々いただく。

その後は、『いいちこ』のお湯割りで。

ごちそうは、料亭の手作りおせち詰め合わせと、叔母の手作り餃子、霜降り牛のしゃぶしゃぶなど。

お腹いっぱい、満足満足♪

お酒を飲んでしまったので、代行で帰宅。

3日
   昨日から『HERO』の一挙放送スペシャルをしているので気にはなっていたが、今日は、夫が朝早くからご鑑賞。一緒に観る。

義母たちの初詣(私にとっては2度目)とデパートでの買い物に付き合うが、私は右目が昨夜からおかしくて(たぶん麦粒腫)、化粧をしていない上、髪の毛も寝癖が直らなかったので、あまり人に会いたくなく、早々に引き揚げ、家で夕飯の支度。

1日から煮込んでいた、ビーフシチューを、夫の実家におすそ分けに行く。

いつもより早く夕飯を済ませ、『ザ・マジックアワー』のDVD鑑賞。シリアスな佐藤浩一もいいが、三谷幸喜にコミカルな面も引き出されて、なかなか楽しい。また、3人で笑わせてもらった。

夜は、映画『HERO』 (2007年邦画No.1だったとか)を、観る。映画館でも観たんだけれどね。

こうして、夜が更け、三が日が過ぎゆくのであった。

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2009年1月 1日 (木)

初詣と、アースマラソン

Ca380106 皆さま。あけましておめでとうございます。

今年もマイペースでブログを更新していくつもりですので、よろしくお願いいたします。

まず、2009年最初の記事は、日記から。

近所に住む、娘と同級の息子さんを持つ友人のTさんご一家は、毎年二年参りをしている。

携帯メールで新年の挨拶をした時に、今年も行くのかと尋ねたら、御誘いのTELがかかってきた。

幸いに、空模様もひどくはなかったので、ご一緒させてもらうことにした。(娘は、友達とのメールで忙しく・・。)

まずは、Tさんのご実家へタクシーで向かう。

ご実家はお寺で、2人姉妹のお姉さんが後を継いで住職になっていらっしゃる。そこの鐘つき堂で、毎年鐘をつかせてもらうことになっているのだそうだ。

私も便乗させてもらう。

実は、私、鐘を突くのが大好きなのだ。

大学1年の時、奈良に行った折、訪れた寺院で、突いても良いと許された鐘は、すべて突いてきた。鐘を突いた時の響き、空気の揺れ、余韻が何ともいえず、心を無にすることができるので好きなのだ。

また、思いがけなく素敵な経験をさせてもらった。

住職のお姉さんと書いたが、彼女も私の友人。冒頭の写真の生花は、古流の師範である彼女が活けたもの。気に行ったので、写メを撮らせてもらった。

ずっと以前のブログで、宗教のことを書いた時、日本では女の人が嫁ぐと、その婚家の宗派に必然的になってしまうと書いたことがあったが、神棚もない、お寺のお嬢さんが、一般家庭に嫁ぐと、婚家で信奉する神社に、ご主人と初詣に行くようになるのである。

Tさんの実家を辞し、暗闇の、シャーベット状の道を、時折の雪をフードで防ぎながら歩いて行くと、目指す神社から雅楽の音色が流れてきた。照明もたかれ、ちょっとした賑わいだった。いつもはもっと人出があるそうだが、まあ並ばず、お祓いを受けることができて良かった。

帰り道、この夜だけは、午前3時まで店を開けている喫茶店に入ってストレートコーヒー(モカ・マタリ)を飲んだ。

これで、全行程終了とのこと。お邪魔虫の私は、コーヒーも御馳走になってしまった。

お礼を言って別れる。家に帰ってから、洗濯ものを干したりして、寝たのが3時半ごろだった。

元旦は、私の実家、千葉の鴨川では、ちょっとしたフィーバ-があった。

間寛平が、地球1周アースマラソンのため、太平洋横断の旅に、鴨川港から出港したのだ。

朝早く起きてTVをつけていた夫が、「鴨川が出たぞ」と大声を出したので、寝不足でボウっとしていたのだが、飛び起きた。

鴨川は雲一つない青空だった。

弟と甥が、2日前より鴨川に行っていて、今日は、寛平ちゃんの出港を見送るつもりとのことだった。

TVの映像では、非常に大勢のギャラリーが集まっていた。このどこかに弟達はいるはずだと思った。

家族の涙と励ましに見送られて寛平さんが出港してしばらくすると、実家から電話があった。

何でも、弟達は、朝の7時過ぎからスタンバイしていて、さすがに鴨川といえども、とても寒く、冷え切ってしまったという。堤防のところで見送ったとのことで、甥が写メールを送ってきた。(私の携帯ではすごく小さくてよくわからないくらいだったのだが、娘の携帯に赤外線送信をして加工してもらって、それをPCに取り込んでから、切り出しをしたらわかるようになった。)

Grl_0108

このヨットが寛平さんのエオラス号。赤く見えるのが、寛平さんであろう。

この大きいとは言えないヨットで、太平洋横断するのだから、大変だ。航海の無事を祈るばかりである。

(鴨川港を出港したが、この後、外海は冬型の荒天候で、波風がひどく、千倉の港に停泊したとのことであった。天候の回復次第、3日には出発する予定である旨、HPに書いてあった。)

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