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2009年3月

2009年3月31日 (火)

娘は、中1の時はそこそこの成績だった。(3学期は数学に苦手な分野があり、がくっと落ちたが・・。)

プチシリーズから漫然と続けていたチャレンジ。進研ゼミの通信添削は、小学校低・中学年の時は賞品目当てに、なんとか毎月提出していたが、高学年になるとめっきり提出率が落ち、中学に入学すると、ほんの数回というていたらくになっていた。

口では、添削テストを提出するようにうるさく言っていたが、部活も忙しいし、定期テストはまあまあの成績だったので大目に見ていたのだった。

中2になってからは、携帯電話をいじっている時間が長くなり(父親の携帯だったのを父親が使わないのをいいことに、自分のもののように使っていた)、友達との遊び(自転車に乗って郊外のジャスコなどに行ったり、カラオケに行ったり、メイクをしてみたり・・・。)にうつつを抜かし、私の小言には耳を貸さず、家ではほとんど勉強しなかった。

勉強時間に比例して、成績はじりじり落ちていったが、塾には行かないとのたまっていた。

ところが、とうとう3学期は今までで最低となり、本人も「やばい」と思ったらしい。

クラスで仲良くなった友達が塾に行っていることが判明し、同じ塾なら行くという。

そこで、塾の説明会に行って話を聞いてきて、この春休みから、春期講習を受けることにした。

最初にオープン模試を受け、その後のクラス分けの参考にするとのことだったが、娘は途中から腹痛で全然問題を考えられなかったらしい。

結果が分かる前は、定期テストでは一応400点以上とっているということで、上のクラスにいたようだったが、模試の結果、一番下のクラスになったようだ。

さすがに、ショックを受けて、「これから頑張る!」と宣言したのもつかの間、塾のない今日、ほんのわずか理科の宿題の残りをしただけだった。orz

本当に、どうなることやら・・・。頭が痛いことである。

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2009年3月30日 (月)

春はまだ

一時は夏かと思われるほどの陽気(最高気温25.8℃だったか・・・)に見舞われたのに、この一週間は、雪は降るし、連日最高気温一ケタ台の真冬に逆戻りである。

来週からは観桜会が始まるというのに・・・。雪の積もる城址公園にピンクのぼんぼりが不釣り合いに見える。

「冬物、みんなクリーニングに出してしまった。」という人もいたが、私は、まだ数点しか出してなくて、着るものには困らない。というのは、高田に20年暮らしてきて、3月の終わりや4月の初めに、いっとき、気まぐれな雪が降ることがたびたびあることがわかったから。

今年は、本当に暖冬小雪だったけれど、それがそのまま春に突入するわけはないだろうと思っていたのだ。

やっぱり・・とわが意を得たりという感じだが、反面、今回は寒さが長引いているので、何もいまさらこの期に及んで冬にならなくても・・という気がしないでもない。

季節はずれの降雪に、膨らみかけた桜の蕾も、じっと我慢しているに違いない。

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2009年3月26日 (木)

世界一・侍ジャパン、凱旋

Spn_pfuln200903260010030011_2 WBCで連覇を成し遂げたサムライたちが、帰国した。成田空港には1200人ものファンが詰めかけたという。
(写真はスポニチより)

最高視聴率45,6%とか、経済効果550億円とか、景気の良い話がメディアを賑わしている。

日本選手の活躍は、本当にうれしいことである。

24日の決勝戦では、ちょうど昼休み中にクライマックスが訪れた。

夫はずっとTVの前に貼り付いたままだった。

私は、昼休みを利用して週1回水中ウォーキングに行っているのだが、この日はなかなか出かけられず、1点リードしたところでようやく家を後にした。

水中ウォーキングでは、出席者がいつもの半分くらいだった。「今日はずいぶん少ないですね。」と、70代と思しきお姉さまに話しかけると、「野球観てるからじゃないの。」「あ、私も観てたんです。それでちょっと遅くなっちゃって・・・。」「あら、でも良く来たわね。えらいわ。」と、褒められてしまった。

どうなったかと急いで帰ってみれば、延長10回表の攻撃中。9回裏にダルビッシュが1点取られてしまったのだという。

二死二・三塁イチローの打順。
いつもなら、早めに診療室に行っている夫も行くに行けず、イチローに何とか決着をつけて欲しいと願っていた。

Ym_200903248753761n1_2 2ストライクまで追い込まれたが、ファールで粘るイチロー。でも、「三振」はしないだろうと、妙な確信はあった。

やっぱりやってくれた。

センターに決勝打となるタイムリー2点打を打ったのだ。(写真は、ヨミウリオンラインより)

「さすがイチロー!これで診療室に行ける。」

株式市場も、この決勝戦に連動していた様子。9回裏で最低になった株価は、決勝打が出てからは、ぐんぐんと上昇していったという。

Jjp_m78531541 調子が悪くて「心が折れそうになった」というイチローだが、この場面で、きっちり自分の仕事ができるとは、たいしたものだ。

イチローだけではない。29人のサムライ全員の絆の勝利だ。3年前のWBCは、「王ジャパン」という感じだったけれど、原監督は、選手の自主性を重んじ自分は黒子に徹していたような気がする。

日本中に感動を与えた選手たちに拍手を送りたい。(写真は時事通信より)

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2009年3月22日 (日)

ラカタンバナナ

Ca380174_2

今日は、東京マラソンがあった。

給水所でランナーに一番人気なのが、バナナ。
Doleから、この「ラカタンバナナ」が、6万本提供されているそうだ。

小ぶりで、少々太目。果肉はしっかりとしている。

一口食べてみて、いつも食べているバナナと全然違うと思った。

酸味が心地よい。酸っぱい物の好きな娘好みの味だった。

クエン酸が他のバナナより多く含まれているらしい。クエン酸は疲労回復に効果があるし、さっぱりとした味はスポーツに適していると言える。

昔は、甘い台湾バナナが好きだったが、、そのまま食べるにはこのラカタンバナナの方がいいかも。

ヨーグルトに入れるには、いつも通りの甘い方があっていると思うけれど。

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2009年3月20日 (金)

4年後は・・・

1昨日まで、娘が2泊3日の修学旅行に行っていた。

いつもいる子がいないと、部屋の中が隙間だらけのような気がした。
夫も、朝の話し相手がいなくて心なしか寂しそうだった。
いつもは、モーニングショーを、しばらく見てから出勤するのに、早々と出かけてしまった。

義父・義母・義妹もやはり同じと見える。
義父からは「けんか相手がいないとさびしいだろ・・」と声をかけられた。

ふと、気づいた。

あと4年。

高校を卒業したら、進学するにしても、予備校に行くにしても、家を離れることになるんだ。
(親としては、就職は考えていない・・・。)

夫とぎくしゃくした時など、良いクッション役になってくれた娘が近い将来いなくなるという現実に、向き合わされた気がした。

二人だけの生活にもどる。

新婚時代の甘さはなく、お互いにうまくやって行くには「努力」がいるだろう。今から、覚悟しておかなくては…。

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2009年3月16日 (月)

佐渡×シエナ

「ちょーかっこいい!」

コンサート後の娘の感想。興奮冷めやらぬといった調子だった。
私もいたく感動し、娘と同調した。Ca380172

昨日、妙高市文化ホールで、佐渡裕指揮、シエナ・ウインド・オーケストラのコンサートがあった。

ドラムの則竹裕之とエレクトーンの内海源太が、ゲストで参加した。

佐渡さんは、写真でお顔を見る限り、ブルドッグのような(失礼)イメージがあるけれど、実際は、長身痩躯、颯爽としていて見栄えがいい。

指揮はパワフルで繊細。シエナのメンバーと一体化した指揮は、壇上を踊るがごとく、魅せていた。私は密に「Sado dance」と名付けた。

ドラムの則竹さんも、正確なリズムと超絶技巧のスティックワークを魅せた。
「スティックの舞」だ。彼も、娘ではないが、ちょーかっこいい。

シエナのメンバーのつくる「音」もすばらしい。吹奏楽をするものにとっては、目標となるものだろう。Ca380165
学生券が割引で購入できたため、場内は多くの中・高生が来ていた。

チケットは完売。開場してから、あっという間に席は埋め尽くされていった。

関心の高さがうかがえる。

プログラム構成も素晴らしく、会場も全体で楽しんで、吹奏楽オーケストラの音楽を堪能した。

佐渡さんは、音楽の楽しさを伝える伝道師のようだった。

 

 PROGRAM

第1部
 G.ヴェルディ:歌劇《運命の力》序曲

 真島俊夫:鳳凰が舞う~印象、京都 石庭 金閣寺

第2部
 音楽のおもちゃ箱〈佐渡裕のトークと音楽〉
   ~シェフのおすすめ映画音楽アラカルト~
      八十日間世界一周、 ニューシネマパラダイス 
      ロッキー、 アフリカンシンフォニー

第3部
 ディズニー・メドレー
   メリー・ポピンズ、 Mr.インクレディブル
   パイレーツ・オブ・カリビアン

アンコールでは「It’s a Small World」を、佐渡さんのリコーダーソロから始まり、オーケストラの全員でリコーダ-合奏したのが楽しかったし、やはり、なんといっても、最後には、会場のお客さんが舞台に上がり、持参した自前の楽器をシエナのメンバーとともに演奏した「星条旗よ永遠なれ」が、圧巻だろう。
中には指揮棒を持って行く人が数名いて、佐渡さん自ら手を取って一緒に振ってくれていたのがうらやましかった。

最後には一緒に演奏というのが特色だったのに、もっとシエナのことを調べてから出かければ良かったと反省。

娘は、今日から修学旅行で、「修学旅行の準備があるのに・・・何も前日に・・・。」と、実は、最初は渋っていたのだった。私も日程については誤算だったが、東京なら「次」はすぐだけれど、地方の「次の機会」はいつになるかわからないから、こんな近くに来たチャンスは逃さずに、ということで強行したのだ。

やっぱり行って良かった。
娘も感激していたから、たまには、母の言うことも聞いておくべきなのだよとつぶやいたのだった。

  

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2009年3月14日 (土)

工芸菓子

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デパートのスイーツフェスタで見かけたお菓子の花。

上新粉とあん、砂糖、ニッキ、抹茶などでできている。

和菓子職人の技。

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Ca380160 まるで、生花のようである。

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2009年3月13日 (金)

金賢姫と拉致問題

一昨日、TVニュースで、久しぶりに金賢姫を見た。

金賢姫が、北朝鮮の工作員として日本語を教わり、生活も共にしたとされる「李恩恵」こと、拉致被害者・田口八重子さんの息子さんやお兄さんと感動的な面会を果たした。

10年来続いていた北朝鮮と融和的な「太陽政策」の政権から、一転して 、李明博政権になったため、実現が可能になったと言われている。

これで日韓両国が、拉致問題に対して同じ認識に立って連携をして行ける道筋が示されたと希望を持つ向きもある。

面会後の記者会見では、金賢姫は、田口さんに関する北朝鮮の情報の矛盾点をいくつか指摘して、生存の可能性を示唆し、「希望を持って」と家族を激励した。
横田めぐみさんについても、死亡説は考えられないとの意見を示した。

北朝鮮のプライドをそこなわないような対策を取って、努力を続ければ、うまくいくだろう。」

というような内容の話もしていたが、我が国の主権をおびやかして、国民を拉致したり、ソウル五輪を妨害するために、大韓航空機の爆破を金賢姫ら実行犯にやらせるような犯罪国家の、また、今は核やミサイルに関して、国際的な法を守ろうとしない、ならず者国家に対して、正攻法で断罪できないというのは、歯がゆい思いがする。

ところで、韓国国内では、北朝鮮が、韓国の拉致被害者を認めていないことから、「拉致」に対する一般的な関心はうすいようである。これまでの政策にもよるのだろうが、同じ民族であり、いずれは統一をと考えていることが、影響していると思われる。

日韓で、協同していくには、微妙な温度差がある。
韓国国内のニュースでは、「拉致問題」よりも、大韓航空機爆破が、北朝鮮によるものではなく、金賢姫ら「偽の工作員」による捏造だという説の否定、すなわち、金賢姫は北朝鮮の「真の工作員」だったと主張したということの方に比重が置かれていたとのことである。

また、金賢姫には、大韓航空機の遺族たちからの反発がある。

それはそうだろう。私も、死刑を求刑されてから、2年くらいで、特赦されたということを聞いた当時、納得できなかった。115名もの命を奪った実行犯が、一人は服毒自殺したが、一命をとりとめたからとはいえ、生き証人として赦されるのはどんなものか、と思ったのだ。きれいな人は何でも許されるのかもしれないなどと見当違いのことまで思ったものだ。

12年ぶりにTVで見た金賢姫は、少しやつれた感じはあったが、年相応にやはり美しかった。

私の感じた「やつれ」が、母国への訣別と、大韓航空機の被害者・遺族への贖罪によるものなのかは不明であるが、できれば「贖罪」はあって欲しいと思って見ていた。

さて、ことは、そう単純ではないようであるが、李明博政権の対日友好と、金賢姫がした証言は、我が国にとって追い風であることは間違いなく、政府関係者は、この機会を逃すことなく、有効に行動していただきたい。

「外交が得意」な、麻生さん。

今がチャンスですよ。北朝鮮へ乗り込んで、拉致被害者を取り戻してきて下さい。

そうすれば、支持率もウナギ登りでしょうに・・・。

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2009年3月 9日 (月)

3月9日

今日は母の喜寿の誕生日。
離れているため、特に仰々しいお祝いはしていない。電話をかけたら「何もいらない。」というので、まあ、母の日にはいつもより、多めのプレゼントをするかなどと思っている。

「3月9日」と聞くと、レミオロメンのあの名曲を思う人も多いだろう。ドラマ「1リットルの涙」に、「粉雪」と共に挿入歌だった。(メンバーの共通の友人の結婚式が3月9日で、そのために書かれたとか・・。)いつ聴いてもいいなと思う。卒業式シーズンだ。

また、今日は、「ありがとうの日」だという。
さん・きゅうだからか。
いつも、感謝の気持ちは忘れないでいたいものだ。

ほかには、
 「ざっくのひ」「記念切手記念日」
 「バービーちゃんの誕生日」なんていうのもあった。

そして、新潟県では、県立高校の入学試験の日だった。
うちの娘もあと1年。早いものだ。
ここへきて、右肩下がりの成績に、少し心配になってきているこの頃である。

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2009年3月 3日 (火)

桃の節句

Dsc00554 夫の実家のお雛様。

義父の姉の時のものだそうで、90年近く前のアンティークである。

3人官女に5人囃子はポピュラーだが、右大臣左大臣もいる。

官職はわからない若者たち3人までいる。

お内裏様とお雛さま。今のお雛様とはお顔が違う。Dsc00556

Dsc00560 蒔絵のお道具はかわいらしい。

昔はここにもお供え物を盛ったとか。

今日の夕飯は、ちらしずしと蛤の味噌汁。前菜に、茹でたそらまめ、こごめのごまあえ。デザ-トにアップケーキも作った。

我が家のお雛様たちには、ミニちらしをお供えした。Ca380158_3

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2009年3月 2日 (月)

involvement Forum 2009

昨日、上越教育大学で、メインテーマが、 「~発達障害者支援の今後~ ライフステージ支援の在り方を探る」と題したNPO法人りとるらいふ主催のフォーラムが開かれた。

私は、新潟県はまぐみ小児療育センターの東條恵先生の基調講演が聴きたいので出かけて行った。

ずいぶん前に、新潟大学小児歯科より紹介された患者さんが来院したとき、はまぐみに通院しているとのことだったので、東條先生にお問い合わせをしたことがあり、今回、直に先生の講演を聴けるということで楽しみにしていたのだ。

「発達障害に必要な理解と支援と環境と」と題して行われた講演は、発達障害の中の自閉症スペクトラムのうち、特に知的障害のない、高機能広範性発達障害(アスペルガー症候群)を中心にしたものだったが、むずかしいところもわかりやすく、飄々と、時折ユーモアを交えながらお話された。

彼らは、情報処理(入力・分析・出力)に不具合がある。特に「心の理論(人の心を読む、共感する、他者の目を持つ)」ということが不調なため、自らの感覚・感情・論理に従うしかなく、自己中心的な思考と行動をすることになる。

入力では、フィルタの不調で、情報過多となりパニックを起こす。サバイバルのために、シャットダウンをする。日本語があたかも外国語のように聞こえる。写真的記憶は得意だが、人の表情が読めない。味覚、皮膚感覚、嗅覚に好き嫌いがはっきりしている。

分析はall or nothing。好きか嫌いか。

出力は、分かっている範囲で律義に。語学力、会話力に問題があるため、戸惑い不安の強い外国人的立場に立たされているかのようである。

社会適応のためには、

異文化交流としてとらえるとよい。
互いに認識し合うこと。
本人に不足している語学、行動様式、規則、文化を学習させる。

本人と、社会・世間を双方向に結ぶコンタクトパーソンが重要で、コンタクトパーソン的支援は、ライフステージを通じて断絶することなく受けられることが必要。

環境調整により、安定化をはかる。
不安解消グッズサバイバルキットやグッズ(お守りなど)を身につけ、不安解消スペース(サバイバルスペース、グッズ )を確保。

批判・叱責の対象ではなく、不安や戸惑いの強い立場に立たされているから、支援・援助対象であるという視点の切り替えが必要。

などが、かいつまんでいうとあげられる。

なるほどと思うことも多く、有意義な講演だった。

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