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2010年5月24日 (月)

名古屋にて その1

Dsc00710_2 ”伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ”の名古屋に、先週は、18・19・20日と、学会で行っていた。

長野経由で「特急しなの」に乗り継いで、行ったのだが、朝早く出ても、昼過ぎにしか着かないので、学会前日から名古屋入りすることにして、半日は観光などに費やすことにしたのだった。
(実は、弟が今年から単身赴任で名古屋に着任しているのだが、着任早々で忙しいだろうと遠慮した。)

まずは、駅前高層ビル群の一角、ミッドランドスクエア42Fの展望レストラン「オーベルジュ・ド・リル ナゴヤ」で、友人の先生とランチ。エビ料理がとてもおいしかった。

高層階からの眺めは抜群で、名古屋城も見えたし、ここからの夜景は素晴らしいだろうと思った。

次に、蒸し暑い中を歩いて訪れたのは「ノリタケの森」。
(本当に、名古屋は蒸し暑かった!なんでも伊勢湾が内陸まで入り込んでいて、水深が浅く、すぐに蒸発して水蒸気が立ち上るため、お風呂が隣にあるようなものなのだそうだ。)

「ノリタケの森」は、洋食器メーカー「ノリタケ」の工場跡地につくられたもので、広い敷地内に多くの緑や広場と共にミュージアム、クラフトセンター、ギャラリー、レストランなどが建てられている。

創業者、森村市左衛門さんが、開国間もない我が国の金が海外流出していくことを懸念して、外貨獲得のために海外貿易をしたことから端を発し、最初は骨董・雑貨だったのだが、まもなく、日本の技術を生かした陶磁器の海外輸出が主力となった。

オールドノリタケ」は、必見。精緻な技術に見惚れてしまう。

さらなる拡大を目指した森村氏は、白色硬質磁器(ボーンチャイナ)のディナーセットの開発を始め、苦労して成功した。このディナーセットの製造拠点としての工場を、名古屋の「則武」に建設したことから、現在の洋食器メーカー「ノリタケ」の名の由来になっているとのことである。

ボーンチャイナの製造行程をひと通り見て周ったが、型を石膏に埋没、陰型に陶材を注入、焼成するところなどは、歯科の補綴物の「鋳造」過程に重なるものがあると、興味を持った。

実際に、その技術を歯科へも生かしているコーナーもあった。白い前歯を作る「ポーセレン」や「セラミック」などの技術はまさしくそれだ。

さて、せっかく名古屋に来たのだから、今年で開府400年を迎える名古屋城に行こうと、「なごや観光ルートバス」のメーグルに乗った。

名古屋城は、徳川家康が、9男義道・尾張藩のために福島正則や加藤清正らに命じて造らせたものだそうだ。(ちなみに、上越の高田城は後4年で開府400年。これは、家康の6男松平忠輝の居城として、舅である伊達政宗が指揮をとって造った。上杉家も関わった。)

城内に入るわけではなくお城のある公園から、外観を眺めるだけでいいと思っていたので、時間など気にしていなかったのだが、なんと、お城のある本丸、西の丸は、しっかり管理されていて、入園料を払って入らなければならず、16:30が閉園時間だったのだ。

残念・・。

パリで、エッフェル塔を見たくない者はエッフェル塔の下へ行けとの言葉があるそうだが、まさしく、高くて深い木々にさえぎられた公園脇からは、天守閣の一瞥もできなかった。

あきらめるのも悔しくて、地図を見て、外堀の方に行ったらどうかと、だめもとで歩きだした。
防御のための櫓の石垣がずっと連なっていて、ずいぶん長いものだと感心した。

途中で、愛知県体育館脇を通った(あとで、大相撲の名古屋場所がここで開かれることを知る。)が、その建物も広場も「巨大」という印象を受けた。

とうとう外堀のプロムナードに差し掛かったころ、お目当ての金の鯱鉾の天守閣が垣間見えた。白鳥もお堀を優雅に泳いでいて、記念に撮った写真が冒頭のもの。

遠いから金の鯱鉾なんてわからないと思ったが、拡大してみると、なんとなくわかったのでうれしくなった。

Dsc00713

北(向かって右かな)が雄、南が雌で、両方で18金が88kg使われているという。

1612年に完成したころには、2.74mの金鯱鉾は、双方で、純金215,3kgが使われていたという。鯱鉾は、顔は虎、姿は魚の想像上の動物で、鬼がわら同様、守り神とされたが、特に、建物が火事の際には、水を噴出して火を消すと言われていた。

名古屋城天守閣は、完成から333年間、たび重なる火災に耐え、明治24年の濃尾地震(推定マグニチュード8.0)にも耐えたが、1945年、米軍の卑劣なる焼夷弾によって焼失した。現在のものは、1959年に復元されたものだという。 「鯱鉾」の噴き出す水も爆弾にはかなわなかったということか。

金の鯱鉾は、織田信長が築いた安土城で最初に使われ、名古屋城のほかは、大阪城、江戸城、駿府城、伏見城、岡山城などで使われているという。

名古屋城を後にして地下鉄名城線でJR名古屋駅に戻り、ホテルのある栄には、地下鉄東山線で行ったのだが、名古屋の地下鉄の構内は重層的で分かりづらい。何番出口と言ってもその表示がわからなかったりする。

1日目は、鳥銀本店で名古屋コーチンの鳥料理を食べて満足して終わったのだった。

初めて鳥さしを食べたのだが、美味しかった。

(2日目つづく)

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コメント

まりママさん、こんばんは。

久しぶりの力の入ったブログですね 盛り沢山で、肝心の学会に行く前に「その1」が終わってしまっている

今朝、当地の新聞折り込みで入った旅行会社のチラシによると、名古屋城本丸御殿は現在修復工事中で入場できないとのこと。もし名古屋城公園にお金を払って入園できていても、工事のフェンス越しでの天守閣の写真撮影になったかもしれませんね。

投稿: しりあげむし | 2010年5月24日 (月) 21時45分

しりあげむしさん

どうも不器用で、一つづつ書いていかないとだめみたいで、また、興味を持って調べたことを書いておかないと気が済まないみたいで、長々したものになってしまいました。

読んでいただいてありがとうございました o(_ _)o

本丸では工事中だったんですね。

調べてみたら、空襲で焼けた本丸御殿を復元中で、平成30年にすべて完成予定だそうです。

完成してから、また行ってみたいです。

投稿: まりママ | 2010年5月25日 (火) 02時20分

まりママさん、こんばんは。

書き忘れたのですが、昨日「名古屋コーチンの玉子」をもらったので、まず卵かけご飯にしていただきました。…ふつうの小さい玉子の味だった
肉はおいしいですね。

投稿: しりあげむし | 2010年5月25日 (火) 21時54分

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