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2010年6月17日 (木)

蒸し・虫・蟲

13日に梅雨入りしたせいか、なんとなく蒸し蒸しした日が続いている今日この頃。
(暦の雑節では、入梅は6月11日なので、まあ暦通りかな)

サッカーのワールドカップでは、日本が1勝を挙げ(\(^o^)/)、決勝トーナメントに進める希望もでてきたが、開会式で、エジプトを擁するアフリカ大陸ならではの、「スカラべ(仏語:scarabée)」の行進を見て、「何とも大きなふんころがしだこと」と、少々冷笑。

いやいや、いやしくも、太陽神ケプリ(ケペリ)の化身なる「タマオシコガネ」虫さまのことを笑ってはいけない。再生、復活、創造のシンボルですぞ。神聖視され、彫刻・印章・護符・装身具などにその意匠が彫られているくらい。

それにしても、丸い糞玉を転がす姿が、日輪を回転させている姿に見えるとは、古代エジプト人は何と想像力が豊かな民族だったんだろう。

Photo_2

そうそう、今度の私の愛車はスカラベ色になった。こんな色→

(足かけ10年乗ったベンツのAクラスは、鮮やかな赤色がお気に入りだったのだが、ミッションの故障で、修理費60万円かかると聞き、燃費も悪いことから泣く泣く廃車に。それで、エコカー減税の対象となるコンパクトカー、TIIDAを買うことにしたのだった。ちょうど、13日に我が家にやってきた。)

まだ、新車なのでピカピカ光っている。

ボディーがつやピカで、金属的な光沢を放つ虫には、スカラベ等の糞虫など、コガネムシ科の虫以外に、大嫌いなゴキブリもいるが、カブトムシやクワガタなど黒光りするイケメン(=オス)は、好きで、娘が小学生の時には、「ベッカム」くんと名付けたカブトムシを飼って、そのジュニアが成虫になるまで育てたことがあった。

ベッカムくんたちは、手にのせたり、指にしがみつかせたりして、触って遊べるが、触れないのは、毛虫、青虫、蜘蛛(昆虫ではないが)、蝶や蛾、腹の大きなバッタ類 etc・・・。

あ、触れない方が多いか。

蝶々は、私が小学生の頃、アゲハチョウを卵から育てて羽化させたことがあったけれど、触ってはいない。

一度だけ、夏休みの宿題に昆虫採集をして標本を作ろうとして、標本キットを買ったことがあった。
網でシジミチョウをつかまえたので、標本を作ろうとして翅をひっぱったら、身と一緒にちぎれてしまい、蝶は死んだ。
私の指には鱗粉がべっとりと残り、蝶を引きちぎったときの断末魔のような感触が残った・・・。

それ以来、蝶々は触れない。

標本を作るということは、そのものの命を絶つことなのだということも併せて知った体験だった。

再び小学校の時の経験。
どういう経緯か忘れたが、養蚕試験場から「繭」をもらったことがあった。

この繭から、絹糸がとれるということを知識として知っていたが、深く考えもせず、もらった繭を机の引き出しに入れて、そのまま忘れていた。(あまり使ってない古い机だった)

ある日、探し物をしていて何気なくその机の引き出しを開けてみて仰天した。

一匹の白い蛾が横たわり、そのまわりには、ぶつぶつと何10個もの卵が産みつけられていたのだった。

開けた引き出しをすぐに閉めた。

それをどう始末したのか、記憶にないが、あの時の光景は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

それ以来、蛾もだめだ。

「繭」は、生き物なのだった。中でカイコガの蛹が育っている。
絹糸をとるということは、繭を煮て中の蛹を殺しているのだということを初めて知った。

触れない虫の方が多い私だが、堤中納言物語の「虫愛ずる姫君」は、確か、毛虫も手の上にのせて愛でていたような・・・。

この姫君に着想を得たのが、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」のナウシカであるというのは有名らしい。

今から四半世紀以上前、初めて映画館で「ナウシカ」を観たとき、鮮烈な印象を受けたのが、『王蟲(おうむ)』だった。

超巨大な芋虫の王蟲。

この王蟲の動きのリアルな表現には、舌を巻いたが、夜、渋滞の車の赤いテールランプが幾十も連なる様が、怒りで眼が攻撃色の赤になって、大群で押し寄せる王蟲のように見えてならなかった。

「蟲」という漢字は、たくさんの虫たちがうごめいている様をうまく表わしているように思える。

・・・・・「むし」つながりの、つぶやきでした。

 

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