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2011年1月21日 (金)

「発祥地」ではいけないのか

『〈提言〉上越は日本スキー「発祥の地」じゃないよ』という記事(上越TJ)が、ずっとひっかかっている。『・・・じゃないよ』という、見出しにふさわしいと思えない表現にも、少々不快感をおぼえている。

内容は、そのまま字面を追えば筋が通っているようで、私が上越市民でなかったら、頷く部分もあるかもしれないが、20年以上高田に住み、上越市民となっている今、判官びいきと言われるのを覚悟で、ひとこと言わせてもらいたい思う。

確かに、上越は「スキー」の発祥地ではない。おっしゃるとおりである。

「スキー」の用具も、技術も「伝来」したものである。

ただし、明治44年1月12日という厳然たる記録の残る日に、上越の金谷山において、レルヒ少佐の指導のもと、「日本でのスキー」が、初めて組織的・体系的に行われたことは揺るがしようのない事実である。

そして、最初は、軍事目的で雪中歩行のために、軍がとりいれたものが、すぐに民間に広まることとなる。レルヒ少佐のスキー術は瞬く間に市民にもとりいれられ、多くの技術習得者を輩出、スキーが日本全国へ普及する礎となったのだった。

また、上越にはスキー産業も起き、これもスキー普及に拍車をかける。

こうして、スキーがスポーツやレジャーとしても日本で始まることとなる。

辞書によれば、

「発祥」とは、「物事が起こり始まること」

「発祥地」とは「物事が初めて起こった土地

ということである。

前述の事実は、「日本におけるスキー文化が、初めて上越で起こり始まった」ということであり、上越は「日本でのスキー文化が初めて起こった土地」、すなわち「発祥の地」と言い換えても、特に問題ないのではないか。

「上越はスキー発祥の地」といっているのではなく、「上越は日本スキー発祥の地」といっているのだ。

日本スキー」には、「日本におけるスキー文化」という意味合いが言外にあると思って欲しい。

「発祥の地」を使う市民にも、先人達が成した、スキー全国普及への貢献に対しての自負・誇りがあるのだと思う。

この記事は、そんな市民感情を踏みつけにしている気がしてならなかった。

記者Kさんは、その他の記事では、丁寧な取材と切り口で、好感の持てる記事を書いているのに、どうして?と思わざるを得なかった。

たとえば、伝来ということで、「種子島への鉄砲伝来1543年」のことを比較対象としてあげているが、「1543年」などということはポルトガルの記録にはないそうだし、日本側も、明確な年数が記録されているわけではなく、他の資料などから類推して「1543年」ということでいいでしょうと、学者さん達が制定し、他に異論がないため、落ち着いているものだということである。

また、伝来のルートも複数あるようで、特定されてはいない。まあ、種子島へはヨーロッパから初めての鉄砲伝来ではあるようだが。

これで、『種子島鉄砲発祥の地とはいわないだろう』とは、当然過ぎて、比較にもならない。無理に同列にするのは乱暴だ。

仏教伝来にしても、Kさんは、「538年」と言いきっているが、確かにこの説は有力で教科書的なのかもしれないが、「552年」説というものある。

そもそも、仏教伝来として年号が記載されるのは、百済から倭の国(古代日本)に国家間の交渉として伝わったことを記しているのだが、民間では、それ以前にも私的な信仰として伝来していたと考えられているようである。

なので、538年にしても、552年にしても、「伝来」というより「公伝」とした方が正しいようだ。

「伝来」さえも諸説があるのに、よく比較対象としたものだと呆れているところである。

『観光資源として全国発信していくにはマイナス』とあるが、この「揚げ足取り」の記事こそがマイナスにしていると思う。

繰り返して言う。

「スキー発祥」では、誤りだが、「日本スキー発祥」なのだ。

「発祥」を使う時は、必ず「日本」がはいっている。
そして「スキー」もただ単に技術、用具だけでなく、日本における文化活動も含んでいるということを忘れないで欲しい。

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コメント

まりママさん
すっかり上越の人になったようですね。私がバンコクについて判官びいきするのに似ているな、と思った次第(いい意味でね)。
私のスキー好きは大学1年の時からですが、ホームゲレンデは野沢温泉でした。スキージャンプの西方兄弟のご実家が民宿を経営されていて、そこにお世話になっていました。
上越は先輩が好きで、よく一緒に行ってました。丸山、苗場、水上、、、懐かしい! 東京からだったので、バイトやってお金貯めちゃ出かけると言うのを繰り返していました。シーズン7、8回が限度でしたけど。

タイからは湯沢温泉へ2度M実さんとその子供たちと出かけました。
雪の無い所から数日間押し掛ける雪国は情緒があって素敵ですが、住むとなると大変であろう事は想像出来ます。先日カミさんが滑って肋骨折った事は伝えたかもしれませんが、そちらも雪かき、雪道の歩行、、、気をつけてくださいね。

投稿: 大浦〜松島 | 2011年1月22日 (土) 02時32分

大浦~松島さん

別に私は、声を大にして「発祥地です」と言うつもりはなかったのです。

私もこちらに来たばかりの時は、少々違和感をおぼえていたくらいですから・・・。

金谷山スキー場は、他の有名なスキー場に比べて、ものすごくしょぼいのです。

かつては、国体のスキー会場になったりして、ジャンプ台なども作られていたようですが、今は面影もありません。

唯一誇れるのは、この地から、日本での組織的なスキーが始まったとする記録です。その後の貢献などもあいまって、「発祥」という表現をするようになったのだと思うのですが、上越に長く住むにつれて、まあ、こう表現しても許されていいのではないか、と思うようになったのでした。
それしか取りえがないのですから・・・。

それで、あの新聞記事の居丈高な、人を馬鹿にしたような文章に、思わずむかついて、熱くなってしまったのでした^_^;

大浦~松島さんは、スキーには楽しい思い出があって、いいですね

でこぼこ雪道の歩行もそうですが、それより雪道の車の運転が怖いです

 

投稿: まりママ | 2011年1月24日 (月) 22時07分

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