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2013年3月 4日 (月)

ひな人形

今年のひな祭りは3月4日に・・という記事があった。
ひな祭りは、「桃の節句」のほかに「上巳の節句」ともいわれ、「上巳」の本来の意味は3月最初の巳の日ということであるから、特に巳年である今年は、3月最初の巳の日の4日がいいのではということらしい。

(毎年「上巳」の日は違っている・・・。酔狂でこよみのページで過去50年位を調べてみたら、3日とか4日になるのは少なく、12日が多かった。また、「上巳」の節句ということだが、中国では魏の時代に「3月3日」に固定化され、日本でも701年に公式に採用された.。とWikiに・・・。)

さて、『厄を人形に移して祓った流し雛の風習が発展し、雛人形を飾り、女の子の健やかな成長と幸せを願う』のが現在に至るひな祭りだが、主役となる雛人形には、いろいろな変遷があったということを知った。→雛人形(ひな人形)の歴史を語る

雛人形が、貴族や身分の高い武家の子女だけでなく、一般にも広まったのが江戸時代。特色ある雛人形が作られる。私が一目で見てわかるのが次の3種。

享保雛は、大きめの面長の顔、豪華な衣装、胴体が御饅頭のようにどっしりしていて大型。

次郎座衛門雛は、丸顔で小さなひき目と鍵鼻の古典的な顔が特徴。

古今雛は、写実的な顔にきれいな装束、眼に水晶やガラスがはめ込まれるなど作りが精巧になって、現在のひな人形にいたる。

先月東京に行ったついでに、目黒雅叙園の『百段雛まつり-越後・信州・栃木ひな紀行-』を見に行って、わかるようになったのだった。

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須坂の田中本家で大切に保管管理されているお雛様にも目を奪われたし、松本では、押絵(人物・花鳥などの絵を部分ごとに切り離し、綿をいれて立体感を出し美しい布でくるんで厚紙や板にはったもの)のお雛様があることも知った。上田のつるし飾りもかわいかった。

大正時代には、人形が小型になったが、小さな人形を精巧に作るには技術がいるとのことで、納得。夫の実家にあるひな人形はこれに違いないと思った。

女雛に髪型にも2種類あることを知る。「古典下げ髪」と「大垂髪(おすべらかし)」

うちのお雛様はどちらだろうと改めてみてみたら、

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古典下げ髪だった。

女の子の幸せを願って飾るひな人形、なかなか奥が深い。

もう少し飾ってから、大切に保管しておこう。

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