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2013年12月 1日 (日)

備忘録(11月)・その1

母の片目がほとんど見えなくなったことと、82年続いた実家の商売をやめるというショッキングな報告を受けて11月の声を聞いた。

母の目については、毎日のように電話をかけて症状の変化を聞いたり、ネットでいろいろ調べたり、休業中だけれども眼科医の方や、ロービジョンケアに携わっていらっしゃる先生の話をうかがったり、情報を集めていた。

幸い、半分以上視野が暗かったのが、3分の1程度になり、色が分からなかったのが、多少はわかるようになったり、躓くことなく歩けるらしいが、文字が良く読めないのが困るらしい。買い物には弟の助けが必須のよう。

原因は不明で、検査も限界のようで、まずは白内障もあることから、白内障のオペを年明けにすることになったとのことである。

ついでに、父も同じく白内障のオペをするらしい。以前、母が股関節を人工股関節に全置換したことがあったが、その時も相次いで父も同じ手術を受けたので、変なところで仲が良いものだと思っているところである。

実家では、弟が跡を継いでいたが、甥や姪に家業を継ぐ気が無く、事務の面で弟が全面的に頼りにしていた人から、体調が悪くなり仕事を辞めさせてほしいと言われたことが引き金となって、今の社主になってからの新聞社の、販売店に対する時代錯誤的な横暴な対応に嫌気がさしていたこと、読者のモラルの低下、従業員の金銭トラブルや、交通事故など、いろいろ負の要因が重なり、弟は商売をやめることを決めたらしい。

さらに父の認知症が、やはり良くはなっていないこと、父の代わりに陰で采配をふるっていた母まで、追い打ちをかけるように目が見えなくなったことで、やめることが決定的になった。

末の弟が、やめるなら挨拶文を広告として新聞に入れた方がいいとアドバイスをしたそうで、母が、書いたから聞いて欲しいと言って、電話口で読み始めたが、目が見えない中、書いて読んでいるので、自分でもなんだかはっきりしない様子。

本来なら、父が、達筆ですらすらと難なく、挨拶文など書いていただろうにと思うとちょっと悲しくなったが、代わりに私が、挨拶を考え、大きな文字で書いて実家にFAXで送ってみた。

母が言うには「お前が書いたものの方がいいと思う」とのことだったが、新聞社の担当員に見せたら、「少し手直しさせていただいてもいいですか」ということで、次に事業を継承することに決まった店主の挨拶も一緒に載せて、やめるXデーに広告として入れることになったそうだ。新聞社に対して少し挑戦的な心情を表現にかもし出したところを見抜かれたかな?

祖父が昭和6年に新聞販売業を始めてから、綿々と続けてきた実家の家業がなくなるのは、さびしいことだが、跡取り娘の母、まったく畑違いの仕事をすることになった父、他にやりたいことがあったかもしれないが、跡取り息子という意識のあった弟は、今まで良く頑張ってきたと思う。

ストレスのたまる仕事で、父は胃がんにもなったし、今回母が目が見えなくなったのは長年の心労のためなのかもしれない、もう、ゆっくりしなさいというシグナルなのかもしれないと、この記事を書いていて思い始めた。

本当にゆっくりできるのは残務整理が終わってからだろう。今は、細かい事務手続きでまだ大変な最中のようである。

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