スポーツ

2009年9月29日 (火)

トキめき新潟国体

第64回国民体育大会 トキめき新潟国体が、9月26日から10月6日までの会期で開かれている。 -トキはなて 君の力を 大空へ- 
(おりしも、佐渡では朱鷺の放鳥の真っ最中)

新潟地震があった年から45年ぶりに新潟県で開催された国体であり、この数年に2度もの大地震に襲われた後の復興と感謝をアピールする国体でもあるということで、感慨深いものがある。

私と同じ世代の人たちにはもう、生きているうちには最後の国体かという思いがあるし、娘の世代では、良い思い出となるものにちがいない。

友人は、ビッグスワンまで、ご家族で開会式を見に行ってきた。感動したと言っていた。

娘は、この日曜日、HARD OFF ECOスタジアム新潟に高校野球を見に行ってきた。仲の良い友達と二人で盛り上がっていたのだ。
チケットの販売(中学生以下は無料)が早朝6時半からとのことで、最初は、前日に行って徹夜をするとか恐ろしいことを言っていたが、夫が、ゴルフに行く前に新潟市まで往復ができそうだと、二人を球場まで送ってくれた。娘は4時起きしたらしい。(私は寝る時間が遅かったせいもあって、夢うつつだったが・・・。)

6時過ぎには、球場に着いたとメールが来たが、チケット購入と、席取りに、もうかなりの人が並んで待っていたとのことだった。

娘たちは明豊の応援団のすぐ後ろの席に座れたらしい。(友達は智弁和歌山のファンのようだが・・・。)

明豊を応援していたら、一緒に応援しませんかと、応援団の人がメガホンを貸してくれたり、あこがれの人を近くで見られたりと、めちゃめちゃ興奮して帰ってきて、夜も眠れないくらいと賜っていたが、そのつけは、確実に翌日に廻ってきた。

具合が悪くて、部活の朝練はお休み、朝食も気持ち悪くて食べられず、ほんの少し遅刻をして学校に行った。・・・まったくもう、困ったものだ。

私も中学3年の時、千葉で国体があった。若潮国体といった。
皆でラグビーを観戦しに行った記憶がある。まだその時にはルールとか良く知らなかったから、ゲームを楽しむというところまではいかなかったが、自分たちの体育の先生が、選手として出場していたので、その応援に盛り上がった。

やっぱり、思い出として残っているのだ。

そうそう、来年の国体は千葉で開かれる。

ゆめ半島千葉国体というらしい。

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2009年8月22日 (土)

TVで熱い夏

sun女子バレー、火の鳥Nippon !

連日の熱戦に手に汗を握っている。

高速バレーで高さの壁を打ち破ってほしい。

オランダにはストレート勝ちしたが、中国にはストレート負けして、メダルは遠のいてしまった。

明日はブラジル戦だが、いい試合になるよう期待している。

baseball熱闘甲子園!

新潟県勢では史上初、ベスト4まで勝ち進んだ日大文理。

打線が爆発している。投手の伊藤君も大きく崩れず、抑えている。

明日は準決勝。

帝京を破った県岐阜商との対戦だが、この調子で、快挙を成し遂げてほしいものだ。

朝・夕はすっかり秋めいてしまったが、TVのスポーツ観戦はまだ熱い。

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2009年4月18日 (土)

イチロー、3086安打

Photo昨年、8年連続200本安打という記事を載せた時、張本勲氏の、日本プロ野球通算最多安打記録も『射程圏内です。』と書きましたが、やってくれました!
 ―写真は試合後、私服に着替えて報道陣の質問に答えるイチロー(シアトルのセーフコ・フィールドで)=小西太郎撮影―

胃潰瘍で8試合も欠場した後の、今シーズン最初の試合。

渡米して試合観戦していた張本氏の目の前で2安打して、タイ記録を達成。

しかも、タイ記録である3085本目は、満塁ホームランというおまけ付き。

なかなかできるものではありません。

そして、張本氏の滞在最終日に、新記録更新。

「1本1本の積み重ね」だそうです。

「心が折れそうになった」こともあるけれど、負けずに、日々の努力を実らせました。

野球の神様も愛さずにはいられない選手です。

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2009年3月26日 (木)

世界一・侍ジャパン、凱旋

Spn_pfuln200903260010030011_2 WBCで連覇を成し遂げたサムライたちが、帰国した。成田空港には1200人ものファンが詰めかけたという。
(写真はスポニチより)

最高視聴率45,6%とか、経済効果550億円とか、景気の良い話がメディアを賑わしている。

日本選手の活躍は、本当にうれしいことである。

24日の決勝戦では、ちょうど昼休み中にクライマックスが訪れた。

夫はずっとTVの前に貼り付いたままだった。

私は、昼休みを利用して週1回水中ウォーキングに行っているのだが、この日はなかなか出かけられず、1点リードしたところでようやく家を後にした。

水中ウォーキングでは、出席者がいつもの半分くらいだった。「今日はずいぶん少ないですね。」と、70代と思しきお姉さまに話しかけると、「野球観てるからじゃないの。」「あ、私も観てたんです。それでちょっと遅くなっちゃって・・・。」「あら、でも良く来たわね。えらいわ。」と、褒められてしまった。

どうなったかと急いで帰ってみれば、延長10回表の攻撃中。9回裏にダルビッシュが1点取られてしまったのだという。

二死二・三塁イチローの打順。
いつもなら、早めに診療室に行っている夫も行くに行けず、イチローに何とか決着をつけて欲しいと願っていた。

Ym_200903248753761n1_2 2ストライクまで追い込まれたが、ファールで粘るイチロー。でも、「三振」はしないだろうと、妙な確信はあった。

やっぱりやってくれた。

センターに決勝打となるタイムリー2点打を打ったのだ。(写真は、ヨミウリオンラインより)

「さすがイチロー!これで診療室に行ける。」

株式市場も、この決勝戦に連動していた様子。9回裏で最低になった株価は、決勝打が出てからは、ぐんぐんと上昇していったという。

Jjp_m78531541 調子が悪くて「心が折れそうになった」というイチローだが、この場面で、きっちり自分の仕事ができるとは、たいしたものだ。

イチローだけではない。29人のサムライ全員の絆の勝利だ。3年前のWBCは、「王ジャパン」という感じだったけれど、原監督は、選手の自主性を重んじ自分は黒子に徹していたような気がする。

日本中に感動を与えた選手たちに拍手を送りたい。(写真は時事通信より)

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2008年9月23日 (火)

ルネサス高崎V6

21日は、朝、雨が降ってました。

結局、準決勝の試合開始は、6時間遅れの午後3時からだったようです。

ちょうど、夕方に図書館に行く用事があったので、図書館に車を置いて、ついでに観てこようと思ったのですが、駐車場がどこも満車状態。「図書館に行くので」と言って、ようやく入れてもらった手前、そのまま観戦に行くのも憚られ、早々に出てきてしまいましたsad

決勝戦は、同じ群馬県同士、ルネサス高崎(上野由岐子投手)と、太陽誘電(坂井寛子投手)の戦いで、雨の中ナイターとなり、タイブレークにもつれ込む熱戦が繰り広げられたとのことです。2-1で、ルネサス高崎がサヨナラ勝ちをしました。

表彰式が終わったのが、夜10時過ぎだったもよう。遅くなっても、2300人を超す観客が最後まで見守っていたと、地元の新聞に載っていました。

「球場が立派で、いい環境だった」と選手のみなさんに言っていただき、上越市民としてうれしく思います。

来年は国体があります。

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2008年9月20日 (土)

上野投手登板

女子ソフトボールの全日本選手権が、上越・糸魚川で開催されています。

北京五輪金メダリストの選手たちも、皆やってきました。

娘のソフトボール部の友達は、ボランティアで式典や開会式などのお手伝い。選手のすぐそばに居れて喜んでいたそうで、義妹は、上野投手の宿泊しているホテルのそばを通ったら、歩いているところに遭遇したとのことで、「大きかった!」と興奮していました。

球場は、内野席も外野席も満員だったようで、オリンピックの影響が感じられます。

今日は上野投手が登板し、ルネサス高崎は準決勝へ駒を進めました。

明日、見に行こうかな・・・。

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2008年9月18日 (木)

イチロー、8年連続200本安打

大リーグ・200安打達成のイチロー

-時事通信社;ロイヤルズ戦8回200本安打達成-

お昼休み、インターネットでニュースを見ていたら、うれしい知らせを目にしました。

3打席3安打で、遂に今季200本安打を放ち、8年連続200本安打という、大リーグタイ記録を達成したのだそうです。なんでもキーラーという選手が1894年~1901年にかけて作った記録に107年ぶりに並ぶ快挙だとか。

「連続」でなく、通算記録でも、1位が、200本安打10度のピート・ローズ(4256安打)、2位が、9度のタイ・カップ(4191安打)で、8度というのは、ルー・ゲーリックやキーラ-と並ぶ、歴代3位の記録とのこと。

2001年に渡米してからずっと200本以上打っていることになります。
162試合という限られた中での記録ですから、すごい。
そうそう、2004年には、262安打で、大リーグ記録を84年ぶりに更新するシーズン最多安打記録を樹立していたのでした。

求道者のようなイチロー、地道に一歩一歩積み上げて今日の大記録があるんですね。

日米通算安打3070本となったイチロー。
もう、張本勲さんが作った日本記録3085本が射程圏内です。

こんな大記録を打ち立てていっても、淡々としているのがいいですね。

明るい話題でした。

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2008年8月12日 (火)

99.9%の実力

やった!北島康介。

100m平泳ぎ、世界新で金メダル!!アテネに次いで二連覇の快挙。

『参加することに意義がある』オリンピックであるが、日本人が勝利すると素直にうれしい。

北島選手は、アテネ以降スランプに陥ったり、ライバルのハンセンに水をあけられたり、苦しい日々があった。今回も準決勝で、思い通りの泳ぎができなかったりしたようだが、決勝では、理想の泳ぎを見せた。

試合後のインタビュー。
アテネでは、何も怖いものなし、考えなしだったので、「チョー気持ちいい!」と発言したが、今回は万感の思いがあったのだろう。涙ぐみ、「何も言えない」・・・と。そのあとで、「アテネ以上に気持ちいい。満足している。」とのコメントも。

さて、身につけた水着は、MIZUNOに恩義を感じている北島選手はだいぶ悩んだと思うが、MIZUNOの厚意でSPEEDO社のレーザーレーサーになった。

レーザーレーサーは、NASAをはじめとして、スポーツ科学者などと共同で、摩擦抵抗を少なくする方法を徹底的に研究した結果、生み出されたものである。

NASAの共同研究者の「スパゲティー」からのひらめきが発端になったとか。

茹でた柔らかいスパゲティーは、水中で抵抗が強く、沈むのに時間がかかるけれど、茹でる前のかたい棒状のスパゲティーなら、抵抗が少なく水を切ってすぐに落ちる。これがヒントだったという。

表面の性状が、水を吸わない撥水性の高い生地を使うことはもちろんだが、水流によって生じる、筋肉や皮膚のたるみをどう抑えて、硬くて抵抗の少ないものを作るかが課題だった。

そこで、発想の転換がされた。
摩擦の少ない硬くて理想の体型を水着で作りあげること。着心地などは二の次で、体の方を、水着に合わせること。

日本の会社は、お客様の希望をよく聞き、お客様の意向を大切にして、着心地のことを考えるが、レーザーレーサーはまるっきり逆をいった。

SPEEDO社の開発者が「99.9%は、泳ぐ選手の実力で、残りの0.1%をどう速く泳げるかに貢献したい。」と話していたことが印象的だった。

14日は、200m平泳ぎの決勝がある。

北島選手、この次も実力を発揮して欲しい。

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2008年5月31日 (土)

レーザーレーサーを超えられるか

水着3社(ミズノ、アシックス、デサント)が、締切期限に、改良水着を発表した。

北島康介(ミズノ)、中村礼子(アシックス)、柴田亜衣(デサント・アリーナ)などが今後試着して、着心地や、タイム計測などから、採用を判断するらしい。
メーカーはこの短期間によく新作を作ったものと思うが、本当に超えられるのだろうか。スピード社は、レーザーレーサーを開発するのに2~3年かかったらしいし・・・。

アシックスとデサントは、山本化学工業のバイオラバーを一部使用しているようだが、ミズノは・・。

それにしても、「水着」で、こうもタイムがちがってくるとは。

日本水連は対応が遅すぎ。

メーカーも、もし成果が出なかった時には、「契約」を度外視する太っ腹さも欲しいものである。

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2007年2月13日 (火)

雪の森歩き(後編)

お昼を食べる場所の設営が始まった。
お社の真ん前では、ばちが当たりそうなので、一段下がったところに荷物を降ろす。

Nさんのザックは『なんでもポケット』のように次から次へいろいろなものが出てくる。

まずは、折りたたみ式シャベル。これで雪を掘ってキューブ状に切り出して、掘りごたつ式の腰掛け&テーブルを作ってくれた。
次に、4~5人は座れそうなシートが出てきて、敷いてくれたので、早速私は出来たての腰掛けに腰をおろさせてもらった。(スキーブーツを履いているので、この腰掛は楽だった。)

私がボーっと景色を見ているうちに、コンロが出てきてお湯を沸かし始めた。保温式水筒の中のお湯を入れたので、すぐに沸騰してくる。(高度の高いところは、気圧が低くて沸点も低かったんだったかな・・・などと思う。まあ、それほどの高さでもないけれど。)

「雪の中で暖かいものを食べましょう。」
とのことだったので、セブンでは、カップ味噌汁を購入してきていた。
おむすびと、あったかい味噌汁。・・・日本人だなぁ。
Nさんは、○清のカップヌードル(シーフード)に、熱湯を注いでいる。
それに、やはり、おむすび。
(寒い日だと、持って行ったおむすびが、カチンカチンに凍ってしまうこともあるとのこと。そのまま、齧るのだそうだが、歯がたたないときは、お湯の中に入れることもあるそうだ。それでも、おむすびは持って行く、と言っていた。)

雪の中で食べる熱い味噌汁は、カップ味噌汁とはいえ、とてもおいしく感じた。

アウトドアでの「食べ物」は、重要なポイントだと思った。

さて、食べている間に、ペットボトルの水を沸かしていたのだが、Nさんは紅茶を入れてくれた。チョコレートと一緒にいただく。

ごちそうを食べたわけではないが、明るい陽光の下、雪山と雄大なパノラマをおかずにしたお昼は、心と体を満たしてくれた。

人心地ついた後、帰路に着くことにしたが、下を見て驚いた。
結構な坂なのだ。よく登ってこれたものだと思った。この斜面を、スキーを履いて降りる技術は今の私にはない。(ゲレンデなら広いので、ターンをしながら滑っていけると思うが、狭いし、凸凹しているし、途中で曲がっているし・・・。)

裏返してシールを乾かしてあったスキー板から、シールをはがして袋に収納後、両手に板とストックを持って少し緩斜面まで歩いて降りる。
安定した場所を探して、スキーを履く。朝より手間取る。(足の踏ん張りがきかなくなってきたよう・・・。)

プルークで、Nさんの後に続くが、いまいち、制動が効かないように思う。ひざが曲がっていない。(疲れたせいか・・・。) 

目で見てわかるような斜面は、距離的にそんなに長くはなく、まもなく平坦な道に出る。ただ、平坦のように見えるけれど、微妙に坂にになっていて、ひとりでにスキーが滑っていく。

ここで、帰り道は、参道脇の森の中を歩くことになった。
グリーンシーズンには、植物保護のため入ってはいけないところも、雪が積もっていれば関係ない。雪がクッションの役目を果たしてくれる。

070212_0903 途中、節くれだったこぶの見事な大木に遭遇したので、グルリと裏側まで見回したら、なんと中はご覧のように空洞に。

夏場には、絶対見れなかったものに違いない。
雪の森歩きだから発見できたものだろう。
なかなか、面白いものを見ることができた。

さて、スキー板をはずして記念撮影をしたのはいいけれど、いざ、履く段になって、流れ止めを踏んづけてしまって、てこずったり、とうとう半分手伝ってもらうはめに陥る。(ひざを曲げてしゃがむ時の筋肉の衰えで、しゃがみながら作業をすることが、こらえられなくなってきていた。)

入り口まであと少しという時、川が横断している場所があった。
迂回路もなく、どうしても底まで降りてから、また登らなければならない。

二の字歩行で降りていく。
先にもう登りきったNさんから「そこで、方向転換してから登るといいですよ。」と言われ、方向転換・・・谷足のスキーを立てて、パタッと180度回転させて、次に山足をもってきてそろえればよかったんだっけ・・・。と、考えながら、谷足を回転させる。

と、その時、「わぁ、体が柔らかいですね!」と、Nさんの声。さあ、今度は山足だ。と思っていたちょうどその時に誉められてしまったので、ふっと力が抜けたのだろう。谷足の踏ん張りが効かなくなって、ずりッとこけてしまった。
(えっ、何で?)
(泣かないで頑張って治療している子どもに、「えらいねぇ~!」と誉めたとたん、泣かれることがあるけれど、これと同じかなぁ。張り詰めていた気持ちが緩んでしまうからなのだろうか・・・。)

こけた私は、スキーの向きと足の向きが変になって、身動きが取れなくなってしまった。
(何という不恰好!つぶれた蛙のようにベチョッと突っ伏した姿を想像しただけでも悲しい・・・。)
雪が袖口や、首のところから入ってきて多少冷たかったけれど、もし、水が流れていたら、ずぶ濡れになるところだった。

Nさんが飛んで来て、私のスキーをはずし、助け起こしてくれた。
スキー板もみんな運んでくれ、ビンディングもみんなしてくれた。
(は、は、は。恥ずかしい・・・。)

アクシデントはあったが、けがもなく、無事、参道入り口に到着。

何事もなく終わるより、印象深い、雪の森歩きデビューとなった。
(リブランの森はお散歩でしたね。)

それにしても、年だなぁ。すぐ疲れてしまって・・・。
スキーでは、日頃使わない筋肉も使うので、もっと鍛えなくては。
(とりあえずヒンズースクワットかな・・・。)

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2007年2月11日 (日)

雪の森歩き(前編)

070208_1113 2月8日(木)

戸隠神社の奥社の参道にいる。

空は抜けるように青く、雲ひとつない。広葉樹は葉を落としているので、日の光は直接降り注ぎ、参道は明るく、そして歩くには少々暑いくらいだ。

この場所にいることが不思議なのだが、急遽、話が決まったのだった。

まず、本日は仕事が休み。夫はゴルフに誘われて行く事が前日にわかった。娘は学校に行っているし、私一人になる。

よ~し、スキーに行こう。レッスンを受けよう。・・・と、前夜10時過ぎに決めて、モルゲダ―ル倶楽部にFAXして申し込んだのだ。

朝、妙高高原の駅で降りて、天気の良さ、雪のなさに驚く。私の車はFF駆動で、雪道には自信がないので、電車にしたのだが、これなら、車でもこれたな・・と思う。

さて、モルゲダ―ル倶楽部の事務所で、担当のNさん(鴨川生まれ)が、私のことを「晴れ女」ですね、と言う。確かに前回もピーカンだった。そこで「こんなにいい天気の時に、ゲレンデでレッスンするだけではもったいない。外に出ましょう。戸隠まで行きませんか。この前レッスンしたことを、実践で使ってみましょう。早く帰ってこれたら、ゲレンデでもレッスンできます。」というお誘いに一も二もなく乗ったのだった。

Nさんは、なにやら、いろいろ準備をし始め、私も、森歩きをするならと、衣服の枚数調節のことをM山さんから聞いて、スキーウエアの下は半袖Tシャツとタ-トルネックのシャツだけにする。(本当は、森歩きをする時には、一番上には、中綿のない、ゴアテックス製のものがいいらしいが、仕方がない。ゲレンデのつもりだったし、今日のラッキーカラーはオレンジ色だったので・・・。)

いざ出発。途中、セブンイレブンで、食料と飲み物を調達。やっぱり、コンビニは便利だとつくづく思う。

自宅から戸隠まで行くには結構乗り出があるが、妙高からだと、話をしているうちに着いてしまうという感じだった。

さすがに奥社まで来ると標高があるので、駐車場の路面はまだカンカンに凍結していて、うっかりものの私は転ばないようにスキー板を持って歩かなければならなかった。

まずは、スキー板の裏面に「シール」を貼って準備をする。リブランの森ではOさんが貼ってくださったが、練習のため今回は自分で貼る。板全面に貼るので、コツが必要。一つ一つ教わりながらしてみた。すごい粘着力!結構力仕事だった。

参道の入り口で、スキー板を履く。まだ、元気なので比較的楽勝に履けた。(・・これが、疲れてくると慣れていないせいもあってしんどくなるのだ。アルペンの、踏み込めばOKのビンディングと違うし、流れ止めもスキー板から出ているワイヤーをブーツに留めなければならないし・・・。)

いつも、中社どまりで、夏場でさえ奥社まで来たことがなかったのに、冬の雪の積もっているところを歩くなんて、思いもしなかったことだ。

入り口から奥社まで1.9キロのコース。後半は登りになる(階段に積もった雪の上を歩く)ので、1時間くらいを目安にしましょうと言われる。

例年より、やはり雪が少ないせいか、ところどころ川が顔をのぞかせている。落ちないように気をつけよう。

歩いていると体の芯からぽっぽっとしてくる。汗をかかないうちに、スキーウエアの上衣を脱ぎ、シャツだけになる。冷気が心地よい。Nさんが自分のザックにくくりつけて持ってくれた。

時々鳥の鳴き声も聞こえる。何という鳥だろうか?

070212_0910 随神門まで来た。
ただいま修復中でブルーシートがかかっていた。
これより先は、参道の様子が違う。
それまでは、広葉樹に針葉樹が混在している森の中に作られた道を歩いているという感じだったのだが、随神門から先は、びしっと太い杉並木に参道の両側をかためられ、スピリチュアルな場所に向かっているという気持ちになってくる。

立派な杉並木は、400年ほど前に整備されたものらしい。樹齢数百年のクマスギの貫禄に、圧倒される。

だんだん、上り坂になってくるが、シールをつけたテレマークスキーは、すべることなく、一歩一歩前に進める。

最後の急な坂だけは、一応チャレンジしてみたがまっすぐには登れず(斜度がきついと恐怖心から、山の方に体を傾けてしまう。そうすると、重心が、スキー板の爪先のほうにいってしまいかえって、ずるっとすべってしまうのだそうだ)、迂回して登った。

ゴールの奥社に到着。070209_0006

青空に映える戸隠の山々が迫って見える。感動的だった。

疲れも吹き飛んでしまうくらいの景色だった。

反対側の景色はというと、戸隠のスキー場がすぐ目の前に見え、ずっと向こうには、浅間山がうっすらとその山影を示していた。

奥社の扉は閉ざされていたが、一応、ニ礼ニ拍手一礼をして参拝し、お昼を食べることとなった。

(つづく)

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2007年1月25日 (木)

バックカントリースキー

21日(日)の続き

娘はというと、レッスンしている私を尻目に、サーッと滑り降りてゆく。
(運動神経は、「?」の娘だが、案外バランス感覚が良いほうだと思う。自転車もあまり苦労しないで乗れるようになったし・・。スキーも、私が初心者だったころに比べて転ぶ回数も少ないし、スピードに対してもあまり怖がらずに、つっぱしる。)

次に降りてきた時は、前を滑る男の子に手綱をつけて、持っていた。スピードのコントロールの練習らしい。その前には娘が手綱をつけて、この教室の先輩(?)である男の子に持たれていたのだそうだが。

この男の子、Tくんは6歳。今年初めてスキーをはいたという。

3週連続で東京から通って来ているらしい。070121_2042_1
何でも彼のお父さんが、テレマークスクキーに興味を持ち、自分はスノーボードしかできないので、子どもにはスキーをさせたくて、子どもの教室のある、ここを紹介されたのだという。

ジュニアバックカントリースキーコースのウィークエンドジュニア(土日で行われる子どものためのバックカントリースキー教室)で、土曜日に森に遊びに行って、美味しいものを作って食べたりして、親子ともども気に入り、日曜日のゲレンデ練習で、Tくんはスキーも気に入り、お父さんは、どうせなら、中途半端より、集中してやらせた方が習得できるだろうと考えて、3週連続の御来越となったとの話であった。

さすがに子どもの上達は早い。
特にこのTくんは、わがままもいわず、途中だれたりもしないので、小6の娘と一緒に滑らせても大丈夫だろうと、インストラクタ―のFちゃん先生の判断で、バディとなった模様。小6と幼稚園年長さんか。私と一番末の弟と同じ年の開きがある。娘もお姉さんらしく、面倒をみていたようだ。

午後からは、Tくん、娘、Fちゃん先生の3人がロープでつながり、そのロープがたるまないよう、引っ張られすぎないよう、等間隔で滑るという練習をしたそうだ。が、Tくんは、急に止まってしまったり、スピードを出したりと、なかなか後ろから行く娘には大変だったらしい。でも最後には合わせられるようになったと、Fちゃん先生が誉めてくれた。娘の練習に、Tくんの予期せぬ動きはちょうど良かったのかもしれない。

娘は森にも行きたかったようだが、土曜日は都合が悪いので仕方がない。日曜日だけの参加。日曜日はゲレンデ練習が主で、日によっては、午後からミニツアーもするらしいのだが、この日は子どもリフト料金無料の日なので、有効活用しようと、一日中ゲレンデ練習となったみたいだ。

私は、午前中のレッスンのあと、午後からは「ねぎぼうず」のOさんに、リブランの森に連れて行ってもらった。
Dsc00285事務所から車で5分で、全く違う環境に身を置く事ができる。

この杉木立の奥の方に目指す森がある。(このような木立にまもられているせいか、この前の突風のときも、森の中は全く穏やかだったという。)

今年は雪が少ないので、ブッシュがかなり雪上にも出ていて、スキー板が引っかり、歩きづらかった。

せっかくテレマークスキーを履いていて、踵が上がるのに、私はまだうまくはきこなせず、無駄な労力を使ってしまった。Dsc00281_1

森歩きをする時には、スキー板にシール(「毛並み」があって、逆方向には滑りにくい)を貼るのが特色。これは優れもので、少しの坂では、Vの字や、=の字歩行をしなくても、そのままぐっと踏みしめれば、登れる。実際にやってみて感激。

途中、2メートル弱の高さ出来られた木々が数本立っているところに来た。これは、去年、雪の上に出ているところから切ったものだそうで、豪雪だった去年は、この見えている部分がすべて雪の下だったことになる。雪が多いと「空が近く見えた」とOさんが言っていた。

いいなぁ。そんな雪の上にごろんと仰向けに寝そべって、空でも眺めていたい。

今回は、ちょっとまだ、スキー歩行になれていなくて不安があったのと、電車で来たので帰る時間のことが気になったり、スキーウエアがバックカントリーには適さず、歩いていると暑くてたまらなかったので、何となくゆったりした気分になれなかったのは残念だったが、いい経験をさせてもらった。Oさん、ありがとうございました。

Dsc00286 この、森の散歩には、コーギーのラムちゃんが同行。

おしりをふりふり、短い足であっちにこっちに、嬉々として好奇心いっぱいに歩き回っている様子はかわいらしかった。
圧雪だったので埋まらずに、人間の助けを借りずに歩けて良かったね。

私達が話をしていて立ち止まっていると、彼女もじっとこちらを見上げながら待っている。なんとも健気だった。
また、カメラを向けると、ちゃんとこちらを向いてカメラ目線をくれる。写真を撮られ慣れているのかな。

楽しい一日だった。

娘も「楽しかったよ!」と夫にも報告していた。

機会があったら、また来よう。ツアーにも行けたらいいな。

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2007年1月22日 (月)

テレマークスキー

070121_1119 21日(日)快晴

腰の調子も良いので、ようやくスキーに出かけられる。

一昨年の夏と秋、娘がリブランの森でお世話になり、「自然学校ねぎぼうず」の方達とお会いして、テレマークスキーのことをお聞きしてから、雪の森歩きをしてみたいと思っていたのだった。

まずは、ブランクもあるし、テレマークスキーというのもどんなものかわからなかったので、「モルゲダール倶楽部」のベーシックコースでレッスンを受けることにした。

娘は同じく、ジュニアバックカントリースキーコース(山里自然学校ねぎぼうずタイアップ企画)のウィークエンドジュニアに、日曜日だけ参加させてもらうことにした。

テレマークスキーというのは、私の印象では、アルペンスキー用のスキーとクロスカントリー用のスキーを足して2で割ったという感じだった。かかとの上がる、幅広板のスキー。ゲレンデも滑降できるし、平地を歩く時も歩きやすい。
かかとが上がるので、ゲレンデをすべる時には、爪先を上げ気味に、かかとに重心を置くようにしないと前につんのめってしまう。これがスキー操作上で、気をつけなければならない基本的なポイントだった。
でも、これは今まであまり足首やひざが曲がっていたとは思えない私にとって、「かかとに重心」と意識するだけで、自然に足首やひざが曲がり、加重が今までよりスムーズにできて、好都合だった。

インストラクタ―のNさんは、なんと千葉の鴨川生まれ、木更津育ち。生まれ故郷が一緒(年はだいぶ違うと思うが・・・。)で、鴨川シーワールドの話題などで打ち解ける。奇遇だなあ。

さて、私はプルークボーゲンからシュテムターンについてレッスンを受けたのだが、その前にまずストックの持ち方(紐の通し方)、突く位置などについて、それぞれ親指保護、眼球保護の意味があることを教わる。
ストックを持つ位置は、胸のラインより前方、小指と親指で支える感じで持ち、人差し指や中指は添える程度という教えを守ると、今までより、ストックを持つ格好がさまになったような気がした。

滑り方のレッスンだが、プルークファーレンから始まり、シュテムターンにいたるまで、一つ一つ分解しながら教えてくれた。「ずれ」とか「キレ」とかの違いも実際にシュプールを見るとよくわかったし、こんなに理論的に丁寧に教えてもらったのは初めてだった。

足首・ひざ・股関節の曲げ伸ばしや手の位置が加重と抜重、重心に大事なことがわかった。「視線」も重要なポイントだった。

そして、一番大切なのは、スピードのコントロールであること。
スピードが出てしまい、スキー操作が難しくなったら、一度プルークファーレンにでも戻し、ブレーキ制動してスピードを緩めてから次のスキー操作をすればいいと教わる。

テレマークスキーで滑る場合、ゲレンデスキーと違い、速さを競うものではないので安全に滑れることが一番大切なことなのではないかと思った。バックカントリースキーにそれが生かされる。

ところで、私は今まで、人の後をついて行って、前の人と同じところでターンをするなんて、とてもできなかった。「私は私」状態だったけれど、今回、自分としてはかなりまともにNさんの跡をトレーンできたのではないかと自負している。
その意味でも、レッスンを受けた甲斐があったというものだ。

また、今まではいいかげんにスケーティングをしていたのだが、今回きちんと教わったので、うまくできるようになりたい。まだ、手の動作をつけると狂ってしまうので、練習が必要だ。

何回か入ったことのあるスキースクールに比べて、上達できる気がした。今日は、生徒は私だけで、プライベートレッスンみたいだったし、満足している。

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2006年11月12日 (日)

2006世界バレー女子

菅山かおる奇跡は2度起きなかった。                   

昨夜から、TVの前にクギ付けで応援していた女子バレー。
セルビア・モンテネグロ戦では、2セット連取された後で、「神懸り的に」巻き返し、逆転勝利し、4強・メダルへの可能性をつないだが、今夜の相手、世界バレー前回の覇者イタリアには通じなかった。ストレートで敗れてしまった。

いいところまで行くのだが、突き放される。2セット目で、最初にセットポイントを奪いながら逆転されてしまったことが、大きな痛手だった。

残念!

全勝のブラジル、ロシアは、すでに1~4位決定戦進出を決めているので、今日、イタリアが日本に勝って、1敗、好調のセルビア・モンテネグロも1敗で1~4位決定戦に駒を進める。日本は5~8位決定戦にまわることになった。

なかなか、壁は厚い。

特にこの強豪たち(ブラジル、ロシア、イタリア)の中に食い込んで、メダルをとるのは大変なのだなと改めて思った。「アンダー2」の目標達成まで、まだ遠い。

竹下は小さくてもトスは抜群、頑張って昨日は2本もブロックポイントを決めたのに。かおる姫も根性でボールを拾っているし、荒木や杉山は、ブロックに、スパイクに飛び、さおりちゃん、高橋、小山も必死に打ってるんだけどな・・・。ミスをなくして! ファイト!                          

日本の木村沙織 (写真はlibe doorスポーツニュースより転載

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2006年10月28日 (土)

新庄剛志

日本ハムが44年ぶりに日本シリーズを制して優勝した。その立役者が新庄選手。今シーズンで引退を表明していたから、チームメイトが、彼を胴上げしてやりたいと奮起した。

『皆が右といったら左に行く。でも最後は左で間違いはなかったと言われたい。』
阪神にいれば、5年で12億円くらいの契約だったものを、年棒2000万円の米メジャ-リーグ行った。年棒の降格率No.1の記録を作ったが、彼はメジャーでも人気者になった。

アメリカでいろいろ触発されて、取り入れたものも多かっただろう。

日本に帰国後、最初にオファーがあったから、日本ハムに入団を決めた。九州生まれの彼が、北海道に行った。
『北海道を盛り上げたい。球場を観客で毎回いっぱいにしたい。』
こういう熱い思いで、毎回派手なパフォーマンスを繰り広げた。お偉いさんから眉を顰められようと、信念を貫いた。『お客さんに楽しんで欲しい。来て損はなかったと帰って欲しい』

道民にその思いは伝わり、選手と観客一体となって盛り上がった。3年目にして、新庄いわく『金色の花』が咲いた。

『まだやれるんじゃないかと思われているときにやめたい。』
足に故障を抱えたこともあってか『ぼろぼろになるまで続けたくない。いつもかっこ良くいたい。』と以前より思っていたため、今シーズンで引退を決意。

そして最後の花道を「日本一」で飾った。すごいよ。

なんともかっこいい!

今後は『皆をあっといわせる』ことをしてくれるそうなので、楽しみにしていよう。

特にファンではなかったのだけれど、今年の中日との日本シリーズはとてもよい試合で、これは新庄なしには考えられないことだったと思ったし、新庄選手の生き様はやはり「かっこいい」ので、記事にしてみました。

全然関係ないけど、ダルビッシュ有はイケメン・注目投手です。

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2006年7月 4日 (火)

中田英寿 引退!

おそらく、日本中に衝撃が走っただろう。

29歳の早すぎる引退。

引き際の美学。

半年前から、このW杯後の引退を考えていたという。

クロアチア戦のときの気迫のこもったミドルシュート、

ブラジル戦後に、しばらくの間ピッチに横たわり天を仰いでいた事、

彼からのメッセージだったのかと思う。

万感こみ上げるものがあったことと思う。

オフィシャルHP ”Hide's Mail”に引退についての彼の思いのたけが綴られている。

実に素直な、ハートフルな文章だ。

私は、偶然TVニュースを見ていて、この件を知り、アナウンサーがこの全文を読んでいるのを聞いたのだが、自分でも知らないうちに涙が流れていた。感動したのだ。

”人生とは旅であり、旅とは人生である”

新たな自分探しの旅に出たヒデ。

サッカーボールに対する瑞々しい感情がよみがえってきたのだろうか。責任や葛藤、いろいろなしがらみから解き放たれ、純粋にサッカーを愛する一人の男に戻ったのだろうか。

イタリア語も英語も堪能な事に舌を巻いていたが、第2の人生もまた華麗に花開くだろうことを思い、エールを送りたい。

そして、今までの日本チームへの貢献と、私たちの気持を熱くさせてくれたことに対して、「ありがとう」と言いたい。

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2006年3月21日 (火)

王JAPAN、世界一に!

WBC初代チャンピオンに日本が輝きました 。win_japan021

ネバー・ギブアップの精神と、素晴らしいチームワーク、野球にかける純粋な熱意がもたらした勝利でしょうか。

休日で、日頃できていない家事をしようと思っていたのですが、放り出して見てしまいました。

8回裏にキューバが6-5と1点差まで追いついた時、キューバの底力を感じ、はらはらしましたが、9回表にまた畳み掛けるように4点をもぎとり5点差に。「これで満塁ホームランを打たれてもさよなら負けにはならない」などと変な安心をしたのでした。

勝った日本チームの一人一人、まるで高校球児のように喜んでいました。特に、日頃は求道者のようなイチローも子どものように興奮して、素直に喜びを表していたのが印象的でした。

今日は、日本の野球史にとって、歴史的な日になるでしょう。

細かい事では、いろいろ問題のある大会だったかもしれませんが、大いに盛り上がった大会ではなかったでしょうか。

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2006年3月17日 (金)

WBC日本準決勝進出!

野球の女神が微笑んでくれました。

第2次リーグ、対アメリカ戦のときの理不尽な誤審や、対韓国戦で観客のイチローへの守備妨害ともとれるような動きとか、日本に対して不利なことばかりおこっていましたが、結果がでました。

失点率という複雑な計算で、今日のアメリカ対メキシコ戦で、アメリカが2失点以上して負ければ日本が逆転2位になって、準決勝進出といわれていました。確率は高くないなと半ばあきらめていたのですが、2-1で、アメリカが負けました。こんなことってあるんですね。思わず、『女神が・・』と冒頭の言葉が出ました。

敗戦した2試合についての王監督のコメントには、感心していましたので、審判に抗議して抗議が通った後ガッツポーズをしたアメリカの監督とは大違いだと思っていましたので、その差が出たのでしょうか。いずれにしてもすっきりしました。

あとは、韓国に3連敗しないように、選手の皆さん、モチベーションを上げて頑張ってください。

やっぱり、ナショナリズムの高揚なんてことを考えてしまいますね。

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2006年3月12日 (日)

チーム青森が優勝

カーリング日本選手権女子で、注目のチーム青森が、ライバルで、昨年優勝した、チーム長野をくだし優勝したとのこと。チーム常呂中は3位だったそうだ。

トリノ五輪での活躍は伊達ではなかった。チームとしての実力が向上しているのだろう。

それにしても、常呂中の中学生はすごい!
体格、体力的に、外国人選手と比べ、ややハンディがある日本選手でも、カーリングは互角に戦える、日本人向きなスポーツかなと思っていたが、中学生でも見事に戦った。

繊細で微妙なところのある、奥深いスポーツだと思う。

やってみたい。

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2006年2月28日 (火)

オリンピック雑感

「Passion Lives Here」をテーマに17日間にわたって繰り広げられたトリノ冬季オリンピックが閉幕した。

日本勢は、メダル確実と言われていた種目、メダルを狙うと言っていた選手が次々に敗れ、結局、努めて冷静だった荒川選手の金メダル一個に終わった。メディアが軽々しくメダル、メダルと騒ぎすぎ、本人も意識しすぎなのではと思っていたので、今後一考を希望したい。

でも、オリンピックでメダルを取るのはやっぱり大変なのだとあらためて思った。

メダルにはおよばなかったが、紙一重の選手が多かったり、伏兵の選手が活躍したりしているので、次回のバンクーバーへ期待がもてるかもしれない。

印象に残った競技を記してみよう。

0.03秒差で4位 アルペン男子回転 皆川賢太郎選手
50年ぶりの入賞。なかなかのイケメン。湯浅直樹選手も7位。佐々木明選手は不本意だっただろうけれど。
TV見てなかった・・残念!
私が物心ついてから見たアルペン競技は日本選手とトップ選手の差が 歴然としていたのだったが、今回は違った。日本に新しい時代がきたか・・。バンクーバーが楽しみ。

0.05秒差で4位 スピードスケート女子500m 岡崎朋美選手
本当に惜しかった!
岡崎選手の頑張りには頭が下がります。

コークスクリュー720 決まったのに5位 
  フリースタイルスキー女子モーグル
 上村愛子選手

コークスクリュー決まれば金メダルなんて報道されてたのに・・・
はじめのエアーをもっと難度の高いものにすればよかったのか、滑りがいまいち遅かったのか。採点に釈然としないけれど、こんな大技を桧舞台で成功させたのはすごい!

200gで失格 70m級ジャンプ原田雅彦選手
ミスとはいえ、意地悪をされているとしか思えない。
競技前に教えてよ。食べたり飲んだりして体重増やすか、ウエイトを入れたりすれば200gくらい簡単に重くできるのに。
ルール改正が続き、どんどん日本選手に不利になっていくような気がする。

スピードスケート男子500m
 4位
 及川佑選手
 本命以外の人が頑張った。えらい。
 6位 加藤条治選手 世界記録保持者だが、実力が出せずじまい。これから・・か。 

長野・金、ソルトレーク・銀で、3大会連続メダル獲得の期待がかかった清水宏保選手だったが、18位に終わった。試合前パンパンに膨らんだ太腿と硬い表情を見て、何か孤高なというか悲壮な感じがして、もっとリラックスした方がいいのにと、密かに心配していたのだが、残念な結果だった。スケートは「力」ではなく「伸び」だと思うのだ。柔軟な筋肉で伸びやかな滑りにもどってほしい。

カーリング
間違いなく日本中に「カーリングって面白い」という人が増えたと思う。
ただ、どちらかというと地味で、時間のかかる競技なので、オリンピック以外でのTV放送はあまり期待できないかもしれない・・・。
小野寺歩選手林弓枝選手をモデルにした映画、「シムソンズ」。近くの映画館では見れそうもないので、DVDレンタルまで待とう。

フィギアスケート女子
金 
荒川静香選手 
周りの人達の励まし、村主選手とのライバル関係、自分の過去の姿を思い出させる天才少女浅田真央ちゃんの登場のおかげでここまでこれた。金メダルをとったフリーの演技は何度見ても、優雅で流麗、魅了される。SPで点差のない3位という位置は、非常にラッキーだった。メダルの色にこだわらず、自分らしい伸びやかな滑りができたのだと思う。

 サーシャ・コーエン選手(米) SPでは完璧だった。自信に満ちていて、観客も味方につけたのに、フリーではその前の練習の時から調子を崩し、まるで別人のようだった。前半に2回も転倒した。それでも、銀か・・・。スルツカヤ選手のほうが後半はもち直したと思ったのだが・・。

 イリーナ・スルツカヤ選手(露) 笑顔がとてもチャーミングでかわいい。この人の笑顔は好きである。お国柄、この種目で金メダルを取らなければならないというプレッシャーで大変だったことだろう。フリーは、さすがのスルツカヤ選手もやはり緊張したか、1回転んでしまった。でもその後はよく挽回して、笑顔も絶やさず、2回転んだコーエン選手より良いと出来かと思っていたのだが、結果はコーエン選手のほうが良かった。採点はよくわからない。よくよく金メダルに縁のない選手だ。

4位 村主章枝選手 SPもフリーも、ノーミスだったのに、上位3名との点差が開きすぎている感じがした!何故だろう。メダルをあげても良いと思う。体が硬いのに良くやった。
欲を言えば、歯並び、咬み合わせを治すともっと良いのにと思った。

15位 安藤美姫選手 4回転にチャレンジしたのはよかった。うまくいかなかったけれど、次があるよ。ミキティー頑張って!

 皆さん、お疲れさまでした。  

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2006年2月24日 (金)

スケート人生の集大成

24_7b5106d7ab5aab83cd-m 荒川静香、金メダル!

今朝、起きてテレビをつけたら、表彰台の真中に、ロイヤルブルーとアクアブルーの印象的なコスチュームを身に纏った荒川静香選手がいました。

わぁ-、やったねと、思わず声が出ました。

今日の演技は、今まで見た中で最高の出来でした。

華やかな連続ジャンプもすべて成功させ、安心して見ていられたのはもちろんですが、しなやかで伸びのある動き、楽しんで滑っている様子が伝わってきます。氷上を流れるように美しい弧を描いていく。これぞ「フィギュア」という感じでした。

高度な技術に裏打ちされた、見ていてため息が出るくらいの麗しい滑りでした。やっぱりイナバウアーをしてよかった!世界一きれいなイナバウアー、得点には反映しなくても、観客のすべての心をつかみました。

引退も考えた事があったとのことですが、続けていてよかったですね。パーソナルベストも更新できました。

天才スケーターが、ようやく自分の意志で、自分の才能を生かしきる事ができたのが、オリンピックという大舞台だったというのは、ドラマティックです。

私は正直言うと今まで、荒川さんのことは、他の選手に比べ、余り好きではありませんでした。「クール・ビューティー」と称されていましたが、私には「何か不満をもっている中途半端な顔」「時には夜叉のような顔」のように見えていたから。(失礼)

ところが、オリンピック代表選考会あたりから、表情が変わってきたように感じました。何かふっきれたような、寛容な顔になってきたような気がしていました。

そして、今日の会心の笑顔!すてきでした。スケート人生集大成の演技にふさわしい笑顔でした。

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2006年2月21日 (火)

カーリング

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カーリング、準決勝進出ならず、残念!

18日深夜、というより、すでに19日に日付がかわっていたが、転寝から目覚めたとき、TVの中に、1人の女性の気迫に満ちた姿があった。

女子カーリングチームのスキップ小野寺歩。対カナダ戦で善戦していた。

もう寝ようとして、TVのリモコンに伸ばしかけた手を思わず止めて見入ってしまった。真剣な表情にひかれたのである。

それまでルールなんて全然知らなかった。あまり見たこともなかった。

解説者の説明を聞きながら、だんだんおぼろげながらに、どこにストーンをもっていけば勝てるのかがわかってきた。

おもしろい・・・。頭脳と、繊細な技術と、体力と気力とチームワークとすべてを使うゲーム。

冷たい氷上で熱い攻防戦の火花が散っている。

やった!!長野五輪、ゴールドメダルのカナダを破った。この戦いに敗れればもう後がないという1戦だったのだ。

その後、ソルトレ-ク五輪、ゴールドメダルのイギリスにも勝った。強豪スウェーデンには接戦の末敗れたが、すごい。

そして、昨夜は対イタリア戦。

はじめ、イタリアが優勢だった。

だんだん盛り返す日本。先攻という不利な条件の中、みんなが自分の仕事をきっちりやりとげ、最後にスキップのスーパーショットで逆転。

夕飯も作らず見てしまった・・・。

きょうのスイス戦に勝てば、準決勝進出決定戦へ出場への望みがあったのだが、残念だった。

4勝5敗。一次リーグ敗退。

でも良くやったと思う。カーリングの面白さも教えてもらった。

今後の楽しみがふえた。

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