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2017年1月 3日 (火)

10月:とんかつ大矢閉店

10月:とんかつ大矢閉店

10月:とんかつ大矢閉店

近くで便利、美味しかったとんかつ大矢が、10月20日で閉店しました。
閉店のお知らせが、店前に貼られてから、連日お店には行列が!
あまりにも並んでいるので、私達は食べるのを諦めましたT^T
ちょっと前には、その向かいのセブンイレブンも閉店してしまい、ショックを受けたばかりだったのに…
その他、馴染みのお店が、来年店じまいをするつもりであることを聞いたり、諸行無常を感じる年でした。

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2011年3月16日 (水)

避難所からのメッセージ

昨日まで、連日TVに映るのは津波の痕の惨状で、学校が休みの日に、終日TVにかじりついていた、多感な娘の精神状態が不安定になるくらい、これでもかと各局で放映されていた。

私たちが見ても心が痛くなるばかりの映像を、被災地の皆さんがずっと見せられていたら、どんなに落ち込むだろうかと心配していた。

悲惨な状況は良くわかったから、もうそろそろ、皆が復興に向けて元気になるような内容や、全国に発信できるという強みを生かして、たとえば、避難所の掲示板に張られた安否情報を映すとかすればいいのにと思っていたところだった。

そうしたら、今日は、避難所で暮らす方たちが、まだ連絡の取れていない家族・友人に向けてTVカメラの前で、無事であることと、どこにいるということを伝えている映像が、複数の局で流れていた。

また、避難所生活で不足しているもの、要望などを政府、自治体、国民に訴える人もいた。

良い傾向だと思った。

ただ、複数の局で、ほぼ同時刻に放映されていたので、運よく、探している人を映している局のTVを観ていればいいが、そうでない場合はわからずじまいになるだろう。

ここで提案だが、各TV局が自分たちで取材した避難所にいる方達の名簿を、HPに掲載して、知りたい人がアクセスできるようにしたらどうだろう。

これも「個人情報」にひっかかるのだろうか・・・。

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2011年2月21日 (月)

調査捕鯨中止

突然の農水相の発表だった。

反捕鯨団体「シー・シェパード」のたび重なる激しい妨害行為で、乗員の安全が保てないとの理由だが、許されない暴力行為に屈してしまった感がある。

1月初旬から9回の妨害を受けたということだが、政府として断固とした抗議や対策はとっていたのだろうか。シー・シェパードの船長は釈放されてから、また妨害行為は行うと公言していたではないか。

安全に調査捕鯨を続けたかったのであれば、護衛船団をつけたり、海保に守ってもらうとかする必要があったのではないか。

そもそも他の国の食文化に干渉するなんてもってのほかと思っているし、鯨油を取るためだけに乱獲していた欧米と違い、髭の先まで利用する文化を持つ日本人に対して、野蛮人などとはお門違いも甚だしいと憤りを感じていたから、「調査捕鯨」という言葉に逃げるのもどうかと思っていたくらいである。

鯨の尾の身の刺身は、トロのようにおいしいし、夏野菜と共に、青唐辛子を聞かせて食べるクジラ汁は夏バテ防止にいい。

クジラの竜田揚げは、小中学校の給食では人気の定番メニューだった。

子どもの頃、牛肉が高価だったので、ステーキと言えば、クジラの赤身肉のステーキだった。

南房総・和田では、「くじらのたれ」といって、ビーフジャーキーのような干し肉がある。これは軽くあぶって、マヨネーズと七味唐辛子を振って食べると、お酒のつまみや、おやつにいける。

こうした鯨を食べる文化があることは、十分に主張して、それにとやかく言わせないような方策をすべきだと思う。

さて、それはベースとして譲れないことながら、南極海での捕鯨が本当に必要か、少々疑問を感じることがある。近頃の日本における鯨の食べられ方が、私が子どものころに比べれば、激減していると思うからだ。

食生活が豊かになったからだろう。たとえばステーキは、やはりビーフ・ステーキの方が美味しいし・・・。

あえてクジラの肉を買うことも、私自身、クジラ汁用の塩クジラ以外はなくなっている。

この消費者の動向を考えたら、わざわざ、南極海まで出向いて行く意味があるのかと最近思っているのだ。

北西太平洋、沿岸での捕鯨で十分なのではないかと。

南極海から手をひいて、反捕鯨国にも有無を言わせず、沿岸・北西太平洋にシフトするようにうまく立ちまわったら良かったのにと思う。

今の日本の弱気な外交姿勢だと、図に乗ったシー・シェパードが、沿岸にも出没しかねない。

嵩にきた反捕鯨国も、北西太平洋もダメだと言いかねない。

領土問題と同じく、死守すべきものはしっかり守って欲しいと、頼りない政府に願うばかりである。

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2011年1月14日 (金)

日本スキー発祥100周年

オーストリア軍人でアルペンスキーの名手だった、テオドール・フォン・レルヒ少佐の「Metttez les skis(メトゥール・スキー)」=「スキーを履きなさい」の第一声で、日本に初めてスキーがもたらされました。日本スキーの発祥の地と言われるのは、現在の上越市・金谷山です。

明治44年1月12日。今から100年前のことでした。

日露戦争に勝利した日本陸軍の研究のために、その前年に来日していた少佐は、年が明けて新潟県・高田の13師団を訪れます。

当時師団長だったのは、カイぜル髭がトレードマークの長岡外史でした。
新しいもの好きな長岡外史は、レルヒ少佐が伝えたスキーを軍隊にとりいれます。

ちなみに、『坂の上の雲』で、魅力的な秋山好古は、大正2年(1913年)に13師団長になっています。

上越市では、毎年1月12日に、レルヒ少佐の偉業をたたえて、金谷山で顕彰会が開かれます。

過去には、ノルディック複合金メダルの荻原健司さんが、何回も来てくださいましたが、今年は、泉田裕彦知事がおみえでした。

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今年は、100周年なので、上越文化会館で「日本スキー発祥百周年記念式典」も行われました。

オープニングでは、上越市在住児童文学者の杉みき子さんが朗読をし、トークショーでは、皆川賢太郎(アルペン回転)・上 村愛子(モーグル)ご夫妻が、スキーへの思いを語りました。

皆川選手は、上越市のS高校に一時在学していたことがあるそうですし、上村選手は、上越産のポールを使用しているとのことで、お二人とも発祥の地、上越にはゆかりがあるようです。

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ー写真は、すべて1月13日付け上越タイムスよりー

*来月には、100周年記念レルヒ祭が行われます。

2月12日(土)レルヒ祭・前夜祭

会場・金谷山スキー場・本町商店街

レルヒコンサート・松明滑走・花火大会

2月13日(日)レルヒ祭

会場・金谷山スキー場・本町商店街

一本杖スキー披露・子ども広場・今と昔の雪遊び・他

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2010年12月 8日 (水)

あかつき

5月21日に打ち上げられ、12月7日に金星に到達した、金星探査機「あかつき」。

ここで、金星の軌道にはいって、軌道をまわりながら、雲、大気、地表の観測を2年間行うことになっていた。

ところが、軌道に入るべく、スピードを落とすために軌道統御エンジンで逆噴射していた時に、問題が生じたらしい。

ちょうど金星の陰で通信不能になっていた時に、何らかの原因で逆噴射が止まり、所定の時間の逆噴射ができなかったため、減速不十分で軌道に入ることが出来ず、金星の周回軌道からそれてしまったらしい。

重力があって、軌道のある惑星は、むずかしいことを再認識した。

26万人分の応援メッセージとエッセイ(私も応募した)が金星に届けられるのは、再度最接近する6年後に持ち越された。

はやぶさ同様、あきらめずに、頑張ってほしい!

現在は太陽を回る軌道にのっているらしいが、探査機器が、宇宙線の影響で劣化しないように祈るのみである。

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2010年10月18日 (月)

イグ・ノーベル賞

アカデミー賞のパロディーとして、ワースト映画を選ぶラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)というのがあるのは知っていたけれど、ノーベル賞にも、裏ノーベル賞があることは知らなかった。

裏ノーベル賞=イグ・ノーベル賞というそうだが、ignobrble(品がない) + nobel  (ノーベル)というところから名づけられたようで、イスラエルの物理学者アレクサンダー・コーンによって考案され、1991年に創設されたという。

彼は、自身が創刊したJIR誌の編集者マーク・エイブラハムズに、実際にイグ・ノーベル賞の設立を勧め、1994年に同賞を企画運営する、サイエンス・ユーモア雑誌『風変わりな研究の年報』 (Annals of Improbable Research) を、共同で創刊した。

共同スポンサーは、ハーバード・コンピューター協会、ハーバード・ラドクリフSF協会などであり、 「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して、工学賞、物理学賞、医学賞、心理学賞、化学賞、文学賞、経済学賞、学際研究賞、平和賞、生物学賞などの部門で、毎年10月、10の個人やグループに対し、時には笑いと賞賛を、時には皮肉を込めて授与授与しているとのことだ。

さて、今年のノーベル物理学賞は、『二次元物質グラフェンに関する革新的な実験』によって、アンドレ・ガイム博士(51)と、コンスタンチン・ノボセロフ博士(36)の英国在住ロシア人コンビ2人が受賞した。

このうちの1人、アンドレ・ガイム博士が、2000年に、マイケル・ハリー卿と共に『生きたカエルを磁気浮上させる実験』によって、裏ノーベル賞であるイグ・ノーベル賞も受賞していたと報じる記事が、webでも、新聞でも載っていた。

まじめな生粋の科学者が、イリュージョンのようにカエルを空中浮遊させてたのかと思うとおかしいが、私は、この記事で初めて、裏ノーベル賞の存在を知ったのだった。

日本人も、今までに13年、15回受賞している。

たまごっち」「バウリンガル」「カラオケ」の発明・開発に対するものや、カラス除けの合金の開発などや、真正粘菌を使った研究など多岐にわたっているようだ。かのドクター中松も受賞していた。

世界を見てみれば、エセ科学的なものとか、オタク的なものへの授与も多いが、皮肉やユーモア、風刺が効いている。

特に風刺が効いているのが、平和賞

たとえば、1991年受賞のエドワード・テーラー(水爆の父、スターウォーズ計画=戦略防衛構想の提唱者)には『我々が知る「平和」の意味を変えることに、生涯にわたって努力したことに対して。』という理由で授与した。

1996年には、時のフランス大統領ジャック・シラクが、1995年9月~1996年1月まで6回も核実験をムルロア環礁で実施したことに対して、『ヒロシマの50周年を記念し、太平洋上で核実験を行ったことに対して』同賞を受賞している。

1998年には、パキスタン首相とインド首相に『度を越して原子爆弾を平和的に爆発させたことに対して。』授与した。

また、ユーモアと皮肉に関して言えば、ハワード・ステ-プルトンに『十代の若者には聞こえるが大人には聞こえない不快な高周波ノイズを発する電子式ティーンエイジャー撃退機を発明したことに対して。また同じ技術を、10代の学生には聞こえるが大人の教師には聞こえない携帯電話呼び出し音に応用したことに対して。』という理由で2006年に授与している。
これは、「店にたむろする少年達に対し、「モスキート」と名づけられた機械を使うことで店内から追い払うことに成功したニュースが世界で報じられたが、この技術は若者によって授業中の電話に逆用されている。」と注釈がある。

実際、娘の高校で、授業中、誰かの携帯からこの呼び出し音が鳴ったそうだが、先生は全く気付かなかったという。見事に逆用されている。

このイグ・ノーベル賞、時には不名誉な理由で受賞するので、クレームがつくことがあるようだが、正式なノーベル賞受賞に対して、ごねまくっている国がある。

中国は、人権のために戦った劉暁波氏に平和賞を授与したノーベル賞委員会のある、ノルウェーに対して、ノルウェー政府が何も関与していないにもかかわらず、いろいろ規制をかけてきているらしい。

困った国だ。もういっぱしの大国なんだから、チンピラのように恫喝することなく、きちんと自覚を持ってほしいものだとつくづく思うのであった。

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2010年10月 9日 (土)

ノーベル平和賞

今年のノーベル平和賞は、『中国における人権のため、長年にわたり非暴力的闘争をおこなっている功績』があったとして中国の、服役中の民主活動家・劉暁波氏に贈られた。

ノーベル賞委員会のヤ―グラン委員長は、「今、中国での人権抑圧に目をつぶれば、世界での(人権の)基準を下げることに直結する。」と人権無視の大国化に警鐘を鳴らし、「経済などの権益のため、人権という普遍的価値の基準を下げることがあってはならない。だからこそ、我々が声を上げた。」と強調した。また、委員長は、劉氏を「中国内外における、人権への闘争のシンボル」とたたえた。

これに対して、中国政府は、事前に劉氏に授与しないように委員会に圧力をかけたり、自国のTV局に圧力をかけて、平和賞の発表の時、TVを中断、画面を真っ黒にして、わざと報道しなかったり、ノルウェー大使を呼びだして抗議したりの悪あがきをしている。

劉氏には、受賞のことは伝えていないし、妻との連絡もできない状態になっているという。

中国政府は、服役中の『犯罪者』に賞を与えるなど言語道断、「平和賞」を冒涜するものと、猛反発しているからだ。

もっとも、人権抑圧国が自国の反体制活動家に平和賞を授与しないように働きかけるのは、毎度のことらしい。

たとえば、ソ連の民主化を訴えた物理学者のアンドレイ・サハロフ博士(1975年受賞)、ミャンマーの民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チー女史(1991年受賞)、イランの人権擁護を訴える弁護士、シリン・エバディ氏(2003年受賞)など。

いろいろな圧力に屈することなく、ポリシーを持って平和賞を授与している委員会に拍手を送りたい。

さて、各国の首脳はどう言っているか。

米国ののオバマ大統領は、「平和的かつ非暴力的な手法で民主主義や人権と言った普遍的価値の普及に努める、雄弁で勇気ある代弁者だ。」と劉氏の平和賞受賞を歓迎し、合わせて、「劉氏の早期釈放を要請」している。

フランスも、ドイツもイギリスも、中国政府への批判はしないが、劉氏の早期釈放を要請する声明を発表している。

我が国の管総理大臣さまはなんとおっしゃってるか?

「歓迎」も「釈放要請」のことも何もおっしゃってないのである。

拘束されていたフジタの社員が全員帰って来たのだから、「批判」でなくてもいいが、もっとしっかり事実をもの申したらいかがなものか。

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2010年10月 7日 (木)

ノーベル化学賞ダブル受賞

昨日より、根岸英一・米パデュー大特別教授(75)と鈴木章・北大名誉教授(80)が、米デラウェア大のリチャードヘック名誉教授とともに、2010年のノーベル化学賞を受賞したという日本人として明るくうれしいニュースが、新聞、TVを賑わせている。

なんでも、 炭素をベースとする有機化合物を、効率的かつ安全に合成するためのクロスカップリング反応を発見した業績に対して贈られたらしいが、この新手法が、医薬品(抗炎症薬、エイズ治療薬、抗がん剤、抗生物質)や、農薬、液晶、有機ELなどの開発に応用されて、今ではなくてはならないものになっている。

「根岸カップリング(反応)」も「鈴木カップリング」も、1970年台に発見されたものだが、こうして30数年たって、実用研究として評価されたことになる。

このように、科学研究、技術開発は、一朝一夕に花開くものではなく、昨今の短期間に成果を求める研究投資のあり方は、問題であろうと、新聞の記事にもあったし、若者の理科離れ、若手研究者の「内向き志向」などが起きている現在、今後、日本の優れた研究水準を維持していけるのか心配だと懸念する声がある。

資源のない日本にとっては、やはり、「理科系の知識」が重要と、お二人の博士もおっしゃる。

財政難ではあるが、「仕分け」することなく、科学技術の研究への手厚い投資が必要なのではないだろうか。

喜びにわくばかりでなく、未来も見すえた政策を望みたいものだ。

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2010年8月24日 (火)

Gackt謙信

第85回謙信公祭にGackt謙信が再来した。

最高気温34.0℃の中、甲冑に身を包み”時空を超えて””第1義”の心を体現した。

やっぱり盛り上がるなぁ。

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Ca380473_2                 (写真は、上越よみうり、上越タイムスより)

第82回第83回の時(←過去ブログ記事はこちら)より、さらに妖艶になってオーラを放つ感じか。

私のまわりのGacktファンも大いに楽しんだ模様。

それにしても、「うわさ」というものは、どうして一人歩きするんだろう。

「ガクトの彼女は、上越のT歯科医院の末のお嬢さん」で、「子どもができた」「東京で一緒に住んでる」・・・えぇ~!!

なんでも、そのお嬢さんは、かつて芸能界にもいたことがあるからその時に知り合ったらしいというのを聞いた・・・というまことしやかな話を、友達の口から耳にした。・・・う~ん。

「T歯科医院」の先生はうちの夫の年上のお友達。

私も一緒に舟釣りをしたことのある末のお嬢さんは、確かに一時芸能界にいたけれど、今は結婚して落ち着いているはず。

それでも、もしうわさが本当なら、私の知っている先生の性格からして、黙ってないはずなんだけど。

堅く口止め?

考えられないな。

しかしながら、あまりまことしやかに言われると、本当のことと信じてしまいそうな錯覚に陥りそうなことは実感した。

流言飛語ってこわい。

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2010年7月24日 (土)

再・金賢姫と拉致問題 

昨年の3月、拉致被害者の田口さんのご子息が、韓国で金賢姫と対面したという記事を書いた。→『金賢姫と拉致問題

あれから1年4か月。

ほとんど何も進展しないまま、月日だけ無駄に過ぎ去った。

そして、ここにきて、とってつけたように、金賢姫を、超法規的に来日させて、拉致被害者家族の方達と面会させるという「パフォーマンス」が行われた。

新しい情報を得るためだという。空白の時間を埋めるためだという。

そのために、多大な費用をかけた。

ヘリで遊覧などということにも血税を使った。

結果、目新しい情報は聞けなかったばかりか、元テロリスト(大韓航空機爆破で115名もの命を奪った)にVIP待遇とはこれいかにと、国内ばかりか韓国・英国メディアからも批判されることとなった。

拉致被害者家族の田口さんや横田さんも、失望したと思うが、それぞれ、金賢姫に、「母親」・「娘」を重ね合わせて接していたようで、その心情を思うと、全く無意味だったとは言えないかもしれない。

また、事件の風化が懸念されていたが、このパフォーマンスをきっかけに、拉致被害者を取り戻すという意志、覚悟が、政府に生まれてくれれば、その甲斐があるというものだ。

そうとでも考えないと、「仕分け」・「無駄を省く」と言っていた民主党が、全く愚かとしか言いようのないなお金の使い方をして、ポリシーはどうしたのかと怒りがこみ上げてくる。

自国の国民を何が何でも取り戻してくるという気概のある政治家はいないものか。

それでなければ、中国・韓国をうまく動かせるような、交渉上手な政治家はいないものか。

顔ぶれを見まわしてみて、思わずため息が出てくるような現状であるが、一刻も早い解決を望むものである。

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