映画・テレビ

2009年11月 2日 (月)

THIS IS IT

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本当なら、マイケル・ジャクソンの集大成になったでしょう幻のロンドン公演”THIS IS IT”

映画”THIS IS IT”は、そのコンサートのためのリハーサルを記録したものです。

リハーサル映像なのに、映画館で、コンサート会場にいるような臨場感を感じることができました。
思わず拍手しそうになったくらいです。

また、この映画は、マイケルの素顔を知ることのできる貴重な記録映画でした。

マドンナに、「私達は彼を見捨てたのだ」と言わしめたように、近年は彼の功績よりも、整形の失敗、奇行、裁判沙汰等の報道の方がクローズアップされてしまって、私も含め、少なからずの人たちが、彼に対して偏見を持ってしまった感は否めません。

しかし、MJは、
本当に
音楽を愛し、
音楽に関しては決して妥協しない完璧主義者
だけれど、
謙虚でスタッフの言葉にも耳を傾け、
人を愛し、地球を愛し、
スタッフとは、家族だといい切り、
コンサートのためには、命を削るくらい真剣に集中して、
良いものを創り上げていこうとする、
ステージで協演するメンバーのカリスマ的リーダーで、
メンバーの能力を最大限引き出す魅力的な人
でした。

MJによって輝いた女性ギタリストの格好良かったこと!

彼は、歌にもダンスにも努力を惜しまない天才でした。

そして、ファンを楽しませるエンターテーナーであり、
人種問題、地球環境問題などに対する
メッセージを伝える伝道師でもありました。

とにかく、やっぱり凄い人でした。Micael_in_billie_jean_2

同じステージに上がるダンサー、ミュージシャン達は本当に誇らしげで、MJへのリスペクトに満ち溢れていました。

私達は、偉大な人を失ってしまったのだと思わずにはいられません。

メンバー、スタッフ達の、MJとともにコンサートにかける情熱に比例して、彼を失った喪失感の大きさがいかばかりだったかを考えると、万感胸に迫るものがありました。

思わず、左目の涙腺が弛み、なかなか閉まらなくなってしまいました。

映画のエンディングで、一部の人たちから拍手が起こりましたが、深く静かな感動に浸っていた私は、心の中で拍手したのでした。

マイケルのファンの人もそうでない人も、映画館に足を運んで損はないとお勧めできる「記録」映画です。 

11月13日まで期間限定上映中
New!  全国324上映館の約7割、27日まで上映延長決定

-写真は”THIS IS IT”のHPより引用-

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2009年7月10日 (金)

劔岳 点の記

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公開前から気になっていた映画である。

日本映画界の「名カメラマン」木村大作監督の渾身作。

こだわりぬいた映像にただ感動。

実際に登った者でしか見られない美しくも厳しい山岳・自然をスクリーン上で見せてもらえてありがたい。

浅野忠信、香川照之をはじめとする俳優陣とスタッフの努力と忍耐も賞讃に価するものである。

Photo_2 100年前に、名誉も利も求めず、命懸けで「測量」という仕事を全うした男たちへのオマージュ。

俳優陣は芝居をしなくとも、自然に彼らと同化したにちがいない。

ただ登るだけでも大変なのに、そこからが本来の仕事となるところが同じだから。

香川照之が舞台あいさつで、裏話を披露していたのを動画で見た。

―劔岳登頂に成功したしたが、天気が悪くて撮影できず、頂上に数時間いて、そのまま降りざるを得なかった。登山としては成功なんだけれど、映画としてはまったく成立しなかった・・・。

―再度アタックして、7月13日、くしくも100年前登頂に成功したのと同じ日、監督の誕生日でもあったこの日に、また頂上に登ったが、先に登頂していた監督達が、周りの景色をばしばし撮影していた。
いつ、本編撮影になるのか合図を待っていたが、なかなか合図がない。
どうしたことかと思ったら、景色の撮影にフィルムを使いきってしまったとのこと。
普段は予備のフィルムも持ってくるのにこの時は、どうしたことかベースキャンプに置いてきてしまったという。ベースキャンプまでは、往復8時間かかる・・・。
次第に事の重大さに気付き、途方に暮れたが、ある登山経験豊富なスタッフが、取りに行ってくると言って下山した。いつもは50kg近くの荷を背負って歩いているのに、荷物なしの身軽な状態で行ったので、道をよく知っている彼は、1時間40分でもどってきた!

彼のおかげで撮影ができて、完成したといっても過言ではない。もし彼がいなかったら、きっと今頃まだ、剣岳の頂上で撮影中だろう(苦笑)・・・。

こんな苦労をして映画を完成させた彼らの顔は、本当にいい顔をしていると思った。

ストーリーの上で、あくまでも初登頂にこだわる軍部と、日本登山協会との競争を無暗にあおる新聞社には、腹が立ったが、最後に、測量部と、登山協会が、お互いの登頂を讃えあうシーンで、そんなことはどうでもよいことだ、軍部や新聞社などむしろ滑稽にすぎないと思え、観終わったときは清々しさが残った。

観て良かったと思える映画だった。

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2009年7月 6日 (月)

裕次郎23回忌

昨日の23回忌は、ファンの前で行う最後の追悼イベントということで、スケールが違った。

国立競技場に、総持寺を建ててしまった。

法要をする総持寺の僧侶も100名を超えて集まっていた。

抽選で当選した5万人には、チケットと引き換えに記念品が配られた。

11万7000人近くのファンが追悼に訪れたという。

亡くなってから22年経つというのに、石原裕次郎の人気はすごいものだ。もっとも、裕次郎だけでなく、石原プロの、渡哲也、舘ひろし、神田正輝らの人気も相乗効果を及ぼしているのだと思うけれど・・・。

ファンサービスに怠りのない、石原プロであるが、ひとつ物を申したいことがある。

それは、世紀の大作『黒部の太陽』をどうして上映したり、DVD化しないかということだ。

何年か前の追悼イベントで、抽選5万人が映画鑑賞できたそうであるが、応募は30万人もあったという。

五社協定でもめたり、日活、石原プロ、三船プロとの関係で、すっきりしないこともあるのかもしれないが、ファンは、観たいのである。

それほどファンとは言えない私も、この3月にフジテレビ開局50周年記念ドラマ特別企画『黒部の太陽』が、香取慎吾の主演でリメーク版として放映されたとき、感動して、是非、オリジナルを観てみたいと思ったのだった。

オリジナルを求め、レンタルビデオ店でくまなく探しても、Amzon等で探しても、DVDはなかった。

調べたら、DVD化されることなく、再上映の予定もなく、お蔵入りしているとのこと。

もったいない。

監督の熊井啓氏が、亡くなる2年前に、『黒部の太陽』という、監督だからこそ書けた撮影裏話とシナリオを載せた本を上梓したが、このあとがきに、「上映を望む」と切なるコメントを寄せていた。

願いがかなうことなく、監督は鬼籍の人となってしまったが、今となっては、遺言のようなものである。このことを汲んで、ファンのためにも、絶対オリジナル版を上映して欲しいものである。

黒部の太陽

明日は七夕。

願い事を短冊にでも書こうか・・・。

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2009年6月 5日 (金)

世界環境デー

恥ずかしながら、今日が世界環境デーとは、知らなかった。
何でも、日本が提案して国連で定めたそうだが。

これを受けて、環境問題をテーマにしたドキュメンタリー『HOME空から見た地球』が、全世界88カ国で一斉に映画上映・テレビ放映された。

フランスのリュック・ベッソン監督がプロデュース、航空写真家のヤン・アルテュス=ベルトラン(写真集『空から見た地球』が世界的ベストセラー)が監督したこの作品は、一大プロジェクトであるが、非営利なため、ユニークな公開形式がとられた。

日本では、東京・ユナイテッド・シネマ豊洲で、午後7時からの1回のみの上映、テレビは、WOWOWが午後6時から無料放送した。(見逃した)
DVDは、アスミッス・エースから発売され、写真集も発売されるという。

オンラインでは、YouTubeで、配信されている。

途中まで見た。

「俯瞰」という言葉があるけれど、空から見た、自然、人々、都市、動物は、日常見ている情景と一味違う。この「地球」を構成するエレメントとして圧倒的な存在感を見せる。

「地球」は、生きとし生けるものすべての「HOME」である。

この奇跡の美しい星を守っていかなければ・・・。

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2009年2月24日 (火)

第81回アカデミー賞

日本の作品がW受賞という快挙でした。

外国語映画部門で、「おくりびと」。短編アニメーション部門で「つみきのいえ」。

昨日から、この話題でもちきりで、いまさらとは思ったのですが、一応記事にしておきましょう。

「おくりびと Departures」は、私も観て感動した映画なので、日本の文化、所作の美しさ、死生観、ユーモアなどが認められて、単純にうれしかったし、「つみきのいえ La maison en petits cubes」は、今回初めて知りましたが、3か月の製作期間の予定を大幅に超えて、9か月近くかけて仕上げた12分の短編アニメということで、その妥協のないこだわりが認められたということに喝采を送りたいと思います。

「・・・Oscar goes to Departures JAPAN」と、プレゼンターが読み上げる映像を見た時、「おくりびと」は、英題だと「Departures」にしたのかと、ふとある場面が浮かんできました。
NKエイジェンシーの従業員募集広告に『旅のお手伝い』とあるので、大悟はてっきり旅行会社だと思って面接に行くのだけれど、これは、社長が故意にした誤植で、本当は「旅」ではなく、あの世への『「旅立ち」のお手伝い』ということで葬儀会社だったという、思わずくすりとする場面です。

「departure」には、出発・門出などの意味のほかに、古語として、死、この世を去ること、逝去などという意味があることを知りました。そう、映画の中ではいろいろな「departures」が描かれていたのでした。

でも私は、邦題の「おくりびと」の方が、「納棺師」をさしていて、モッくんの思いが込められているように思うのですが・・。

ともあれ、G7の記者会見では、世界中に日本の恥をさらしてしまいましたが、これで少しは、日本に対する評価が上がったかなあ。

ちなみに、今年の受賞作品は、

◆作品賞:スラムドッグ$ミリオネア
◆監督賞:ダニー・ボイル(スラムドッグ$ミリオネア)
◆主演男優賞:ショーン・ペン(ミルク)
◆主演女優賞:ケイト・ウィンスレット(愛を読むひと)
◆助演男優賞:ヒース・レジャー(ダークナイト)
◆助演女優賞:ペネロペ・クルス(それでも恋するバルセロナ)
◆脚本賞:ミルク
◆脚色賞:スラムドッグ$ミリオネア
◆撮影賞:スラムドッグ$ミリオネア
◆編集賞:スラムドッグ$ミリオネア
◆美術賞:ベンジャミン・バトン 数奇な人生
◆衣装デザイン賞:ある公爵夫人の生涯
◆メイキャップ賞:ベンジャミン・バトン 数奇な人生
◆視覚効果賞:ベンジャミン・バトン 数奇な人生
◆録音賞:スラムドッグ$ミリオネア
◆音響効果賞:ダークナイト
◆作曲賞:スラムドッグ$ミリオネア
◆主題歌賞:「Jai Ho」(スラムドッグ$ミリオネア)
◆アニメーション映画賞:WALL・E/ウォーリー
◆外国語映画賞:おくりびと(日本)
◆ドキュメンタリー映画賞(長編):Man on Wire
◆ドキュメンタリー映画賞(短編):Smile Pinki
◆短編賞(実写):Spielzeugland (Toyland)
◆短編賞(アニメーション):つみきのいえ
◆ジーン・ハーショルト友愛賞:ジェリー・ルイス

米アカデミー賞は、今年で81回目。
1928年から、世界恐慌の時も、第2次世界大戦の時も休まず連綿と毎年祭典を開いてきたのだと思うと、アメリカの国力を感じてしまいます。

今年で32回目の日本アカデミー賞も、63回目の英国アカデミー賞も「アカデミー賞」と冠するために、ロイヤリティーを払っているとか。

有名な国際映画祭も、ヴェネチア(グランプリ=金獅子賞)が1932年から始まり、去年の9月で65回、カンヌ(現在のグランプリ=パルムドール)が、1946年からで、去年の5月で61回、ベルリン(グランプリ=金熊賞)が1951年からで今年の2月で58回です。

コンペ部門のないトロント国際映画祭は1975年から。

「おくりびと」が、グランプリをとったモントリオール世界映画祭は、1977年からで今年で32回目になるようです。

いかに、米アカデミー賞が傑出して歴史があるかということですね。

アメリカの国情や世相を色濃く反映したもので、必ずしも芸術性の高さや、作品の完成度の高さでは選ばれるわけではないといっても、やはり、権威のある賞ということになるのでしょう。

ともかく、おめでたい話題でした。

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2009年2月22日 (日)

ミス・ポター

Miss_potter  ピーターラビットのお話で有名な、ビアトリクス・ポターの半生を、つづったDVD。

フレデリック・ウォーン社の末の息子で、出版担当となるノーマン・ウォーンとの 出会い、ともに絵本を作って 出版していく中で友情から愛が生まれ、婚約。その彼の突然の悲報。
ビアトリクスは失意の中から立ち上がり、創作に没頭して 自立して行く。ということが中軸をなしているが、ヴィクトリア朝時代の裕福な家庭の様子や、スコットランド、湖水地方、ヒルトップ農場などの自然の美しさが映されていて良かった。

ビアトリクスの子供時代は学校には行かず、家庭教師に勉強を習い、さまざまなペットを飼って名前をつけてかわいがり、スケッチに余念がなかったという。
晩年のビアトリクスは、自然保護に力を尽くした。開発の波から、美しい自然を守るために、私財を投げうって土地を買い、それをナショナルトラストに寄付した。ただ、絵本作家とばかり思っていたのでこの一面を知ったことは収穫だった。

もう100年以上も前に出版された絵本が今も私たちを魅了してやまないのは、彼女の小動物や自然に対する深い愛情、洞察のたまものだろう。

そこで、はたと思いだした。

娘が生まれた時、読んであげようと、ピーターラビットのお話ほか、小さな絵本を取り寄せていたのだった。でも、英語版だったので、早々に挫折したのであった。

うさぎのピーターやベンジャミンバニー、あひるのジマイマ、かえるのジェレミー・フィッシャーどん、こねこのトム、リスのナトキン、などなど、1冊は紛失していたが、11冊出てきた。

これから、老後の楽しみに、再チャレンジしようかと思ったところである。

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The Tale of Peter Rabbit
The Tale of Squirrel Nurtkin
The tailor of Gloucester
The Tale of  Bennjamin Bunny
The Tale of Two Bad Mice
The Tale of Mrs.Tiggy-Winkle
The Tale of Mr.Jeremy Fisher
The Tale of Tom Kitten
The Tale of Jemima Puddle-duck
The Tale of The Flopsy Bunnies
The Tale of Mrs. Tittlemouse
The Tale of Timmy Tiptoes

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2008年12月30日 (火)

ごくせん

今日は、朝の8時から『ごくせん特別企画一挙放送スペシャル』なるものがあって、つい見てしまった。

第1話から第6話まで。

本放送で全部見ているはずなのに。シリーズ3は、シリーズ2より出演している男の子がイマイチ・・などと思っていたはずなのに。

大掃除をしなければいけなかったのに・・・。

けんか上等、素手でタイマンじゃなければいけない。喧嘩は自分のためじゃない、大事な人を守るためにするもの。仲間とは、家族とは、親とは、と、毎回語るヤンクミ。

これが、なかなか聞かせるのだ。

お決まりのように、生徒が窮地陥って、これ以上はという時にグッドタイミングで「チャンチャァン、チャチャチャチャ~ン」というテーマミュージックが流れ、ヤンクミが助けに来る。

「わたしの大事な生徒を返してもらおうか」

「大事な生徒のためだったら容赦はしないよ」

これもお決まり文句。

素手で悪い奴らをたたきのめすのだが、ウソみたいにめっぽう強い。そして、胸のすくような啖呵を切って、非道な者たちを降参させる。

まるで、「この紋どころが目に入らぬか」と、葵の御紋の前に悪代官達をひれ伏させる水戸黄門御一行のよう。

勧善懲悪、最後に善は勝つ、見たいなところが、安心できて好きなのかもしれない。

大掃除は、流し~ガスレンジまでの縮小版となった。

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2008年12月18日 (木)

風のガーデン

緒方拳さんの遺作となった、「風のガーデン」          

今日が最終回だった。

毎週欠かさず観ていた。

親子、家族、生と死、富良野の四季、ガーデンを彩る花々などが、珠玉の如くちりばめられていて、毎回感動していた。

特に、緒方拳さんが、自分の病状を知りながら、末期がんのターミナルケアをする医師で、かつ末期がんで息子を亡くす父親役をしているのが、何とも言えなかった。

「たたかいはこれからです。」「さいごまでいっしょにたたかいましょう。」

との言葉はそのまま、彼自身へのエールだったのかもしれないと思った。

穏やかで、強く、かっこいい。

中井喜一もとても良く、この作品は代表作になると思えるほど。
チェロの演奏や、麻酔手技も堂にいっていた。

黒木メイサや神木隆之介くんの好演にも拍手を贈りたい。
よさこいソーランの練習、ガーデニングの指導を受けたメイサ。
隆之介くんは知的障害の男の子役が自然で、難しく長い花の名前をよくあんなにすらすらと言えるものだと感心した。

石田えり、伊藤蘭、奥田瑛二も脇をかためていた。

平原綾香の「カンパニュラの恋」も心に響く。

倉本聰の渾身の一作。

(英国風の「風のガーデン」を作るのに2年間をかけ、花言葉も365種作り、花の開花を追いかけて撮影。本当のクランクアップはつい最近だったという。)

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2008年10月22日 (水)

おくりびと

今でも、山形の四季、自然の美しさ、荘内地方の山々をバックに奏でられたチェロの深くてやさしい音色とともに、親子、夫婦の情愛が心にしみてくる、素直に感動できる映画です。

『死』を扱っているのに重苦しくなく、ユーモアがあって、前半は思わずクスリとしてしまうところもあるのは、脚本と、本木雅弘・山崎努・余貴美子らの俳優陣の力でしょうか。
(日本アカデミー賞では、主演男優賞に本木雅弘、助演男優賞に山崎努、助演女優賞に余貴美子が選ばれました。8冠を達成し、まさに総ナメ状態でした。2009.2月加筆)

ほかに吉行和子、笹野高史、杉本哲太、峰岸徹(ご冥福をお祈りいたします)らのベテランキャストによって、いい味の映画となっていると思います。

モッくんや、山崎努・余貴美子・吉行和子さんなどは、好きなや役者でしたが、私にとって出色だったのは、広末涼子。母親になって演技に幅や余裕ができたのか、妻役を瑞々しく演じていて好印象でした。(広末は主演女優だったんですね。そう思ってみてなかった・・・。モッくんと15歳も年が離れているのにあまり違和感なく、新婚の夫婦役が演じられていたので、好ましいと思っただけなので。2009.2月加筆)

この映画で『納棺師』という職業を初めて知りました。

祖母が自宅で亡くなった時、北枕に寝かされ、枕もとに槍の剣先が置かれていたことは覚えているのですが、どういうふうに納棺されたか記憶にありませんし、おじ・おばを何人か見送りましたが、病院で亡くなったため、通夜に駆けつけてもすでに納棺されていたりで、身内とはいえ、この映画のように、納棺の儀に立ち会う機会がなかったからかもしれません。

『旅立ち』のお手伝いをする、納棺師・社長(山崎 努)と大吾(本木 雅弘)の所作は、美しく慈愛に満ちていて、見る者の心を打ちます。その技はイリュージョンのようで、目を見張るものがあります。

大吾が遺体の納棺の仕事をしていると知った妻、美香は自分に触れようとした夫に対して「汚らわしい!」と叫んでしまいますが、私も、思わずはっとしました。

死んだ人に触るのは汚いのかと。

おそらく、『死』に対する怖れが、忌み嫌うこと、触れてほしくないこと、穢れ・汚れに転じていって、このような感情を持ってしまうのだろうと推測しました。

死ぬことは、恐ろしく、嫌なことだけれども、誰にでも必ず、等しく訪れるものである。決して汚らわしいものではない。『死』は終わりではなく、向こうの世界への旅立ちである。映画を見ながらこんなことを考えていました。

納棺師の所作が美しいのは、遺体に対する尊厳、自分の仕事に対する誇り・矜持というものがなせる技だからなのでしょう。また、心のこもった「おくりかた」は、見守る遺族の悲しみも癒す働きがあるように思いました。

もしも、私がおくられびとになる日が来たら、モッくんや山崎努さんのような納棺師の方におくって欲しいと思わずにはいられませんでした。(日本アカデミー賞授賞式での機木希林の「うちには『おくりびと』がおりますので、安心して去れます。」というコメントは印象的でした。それに対して「心をこめておくらせていただきます。」というモッくんのコメントもよかったです。2009.2月加筆 

もう一つ心を打たれたのは、『いしぶみ』のエピソードです。こんなコミュニケーションの仕方があることに感動しました。

あと、細かいことで印象深かったのは、熱々でジューシーな、フグの白子・フライドチキンを食べる場面。なんともおいしそうでした。生きているということは食べること。食べるからにはおいしく。「困ったことにおいしい」という社長のセリフが効いていました。

遺体役の役者さんにも、感心しました。ピクリとも動かない。
特にニューハーフ役の役者さんはたいしたものでした。

もう、ひと月も前に観た映画ですが、今でもまだ余韻が残っています。

そうそう、この映画も音楽は久石譲でした。

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2008年9月24日 (水)

崖の上のポニョ

崖の上のポニョ (監督 宮崎駿)

ひと月前のお盆休みに、大橋のぞみちゃんの歌と、作画にCGは使っていない作品だということのほかは、何の予備知識も持たずに観た「ポニョ」。
娘を体育館に送って行って帰ってくる途中、ちょうど、時間がぴったり合ったから観てきたのでした。

宮崎駿作品で、しかも夏休み中だったから、さぞかし混んでいると思いきや、娘とその友達を連れて、「ナルニア国物語」や「タイヨウのうた」に来た時よりもすいていました。まあ、朝一番の回なのに、7割がた席が埋まっていたから、こんなものなのかなと。

さて、肝心の映画ですが、「やっぱり手描きのセル画は、絵本のようにあたたかみがあっていい。それに、宮崎駿の迫力ある表現力、スタジオジブリの技術力は、さすが!」という感想が、まずはじめに。

次に、内容に関して言えば、とてもシンプル。そして「?」と思うところがいくつも・・・。

たとえば、あんなに海が荒れて、座礁する船が続出だろうし、洪水も起こして、かなりの人が被災したのではないか?犠牲になる人のこともお構いなしに、ポニョは人間になりたいという「わがまま」を押し通してしまうけれど、それでいいのだろうか?
元人間のフジモトって?美人の海の女神グランマンマーレとフジモトの間にできた子どもたちが、なんで「さかなの子」なのだろうか? ・・・等々。

さらに、モチーフとして、人魚姫、ノアの方舟、世界の終焉、破壊と再生、生命への謳歌などが、浮かびましたが、ひっかかってしまったのが、ポニョの本名「ブリュンヒルデ」。

ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』で、神々の長であるヴォータンと、知恵の女神エールダとの間に生まれた9人のワルキューレ姉妹の長女の名前です。

気になってしまったので、とうとう『ニーベルングの指環』を読んでしまいました。
まずは、マンガ名作オペラで、里中満智子さんのもの、上下巻。(これは、読みやすくてしかも、よくできている。)次に『ワルキューレ』の予約を待って、高橋康也ほか訳の『ニーベルングの指環』4部作『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』の4冊・・・をオペラ独特の歯の浮くようなセリフにも慣れ、何かに取り憑かれたように読んでしまったのでした。

この通りだと、ブリュンヒルデとジークフリートは悲劇的な結末を迎えるし、神々の館も炎上し、滅びるので、ポニョと宗助の関係や、人間社会は破滅かということになってしまうのだけれど、フジモトは、グランマンマーレ一筋だから、浮気者のヴォータンとは違うし、ブリュンヒルデの妹達は、父ヴォータンが怖くて、ブリュンヒルデを守れなかったのに、「ポニョ」の妹達は、わらわらと集まって姉を助ける。
また、グンターやグートルーネ、奸計を巡らすハーデンなどはいないから、ポニョと宗助のお互いに「大好き」と思う気持ちを邪魔するものはない。

こう考えると、宮崎監督は純粋な気持ちに立ちふさがるものを、大ナタをふるって切り取ってしまっているのでは、と思えてきました。

また、話を人魚姫にもどすと、私はこの童話を読むたびにやるせなく、理不尽な、という思いが強く湧いてきて仕方がなかったのですが、自己犠牲だとか、「崇高な」愛だとかに、がんじがらめになっていて封印されている、人魚姫の王子への思いをかなえてあげてもいいじゃないか、と思ってしまいます。それを、宮崎監督がポニョに投影して、わがままでもいい、したいことをしちゃいなよ、させてあげるよと、断行した結果、躍動感あふれるポニョが生まれたのでは、という私見を持ちました。
「ポニョ」では、助けるのが人間である宗助だし、ポニョが宗助の血をなめたことで、人間になれるようになっていくという設定で、人魚姫が助け、王子の血を足にかけると人魚にもどるという「人魚姫」とは正反対な設定なので、結末もまた、ハッピーエンドってことで。

洪水にしても、救命ボートにのている人達は、間が抜けているようにのんきだし、生命の水が混ざったおかげか、車イスのおばあちゃんたちが、皆歩けるようになってしまったし・・・。

結局、深く考えないで、映像を楽しめばいいと思うにいたりました。

波とのカーチェイス、リサのドライビングテクニック、巨大魚の波の上をワルキューレ騎行のように走るポニョ、水没した家の庭の洗濯物が、水の中ではためいているおもしろさ、海をおみ渡りするグランマンマーレのバカでかさ・美しさ、水の中の森を悠然と泳ぐデボン紀の魚たち。

このようなところが、特に印象深く思い起こされたのでした。

それにもまして、「ポーニョ、ポーニョ、ポニョ、さかなの子♪、・・」という、歌!
今でもまだ、すぐに口ずさんでしまう・・・。
作詞・宮崎駿、作曲・久石譲の黄金コンビ、おそるべし。

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