日記・コラム・つぶやき

2013年12月 7日 (土)

備忘録(11月)・その2

11月は、日曜と連休の祝日、休診日に何かしら予定が入っていた月だった。

11月3日(日)

小児歯科学会の専門医・認定医合同セミナーが、岐阜の朝日大学であった。メインテーマは児童虐待について。

児童虐待の予防・発見・事後支援には、行政のサポートはもちろんだが、コミュニティーが機能していることが必要だと思う。また、疑いがあったら通報というが、通報者がしっかり守られないと、なかなか難しいところもあるのではないかと思った。

私の診療室では、これまでに虐待を疑う症例には遭遇したことがなかったが、最近1例だけ、齲蝕多発、情動不安定、母親との相互関係に問題ありのようなケースがあり(病院歯科から、全身麻酔による歯科治療を依頼されたのち、定期検診も依頼されて受け持った4歳男児)、ネグレクトを疑った。
しかし、子どもが、だんだん落ち着いて通常の治療ができるようになってきて、情動も安定し、笑顔も見せるようになってきたら、母子関係も改善してきたように思われたので、このまま定期検診を続けて見守りたいと思う。

あとは、学校検診でずっと未治療のままの子とかが心配で、先生たちとも話すのだが、先生達も家庭とコンタクトをとるがなかなか対応に苦慮している。

乳幼児健診では、健診に連れてこない家庭に対して行政がネグレクトを疑って、対処すべきではないか。

などということも、セミナーで講演を聞いている途中に、頭をよぎっていた。

さて、夕飯はJAの直営店で、飛騨牛の岩塩焼を楽しむ。リーズナブルな値段で、かつ、春の学会(この時も岐阜市で開催)の時にもらったクーポン券が利用できて10%OFFになったので、いいことづくめ。

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11月4日(月)

小児歯科学会の中部地方会が、続けて朝日大学で開催されたので参加。

教育講演の子どものアレルギーの話が興味深かった。

ためになったのは、エピペンの打ち方。
説明書だけではわからなかったことだが、ズボンの上からでも打てるがポケットを避けること。打つ時にはやはり痛くて子どもが動くこともあるので、できれば介助者が、床に伸ばした脚を押さえておいた方がいいこと。そして、打つ時には、「今から打つよ、じっとしてね」とか声がけをすること。垂直に、太腿の外側に押しつけるように打つことなど。

アナフィラキシーショックを起こしていると、喉が締め付けられて、息苦しく、ゼーゼーする、声がかすれる、咳がでる、唇や爪が青くなる、吐き続ける、お腹が痛いという、そのうちに脈が触れなくなり、、意識がもうろうとする、失禁するなどの症状があらわれる。排尿させると一気に血圧が下がって危ない。

こういう知識は、子どもを預かる現場では、共有してもっていないといけないのではないか。学校給食を食べ、食物アレルギーでアナフィラキシーショックを起こして死亡する痛ましい事例を耳にすることが多くなったが、皆がしっかりした知識を持って迅速に対応することで命を救えるようにしたいものだと思った。

11月7日(木)

午前中は、Violyre(ヴィオリラ)♪の発表会前のアンサンブルの最後のレッスンだった。

ちなみに8日(金)は、ソロの最後のレッスン日。

本番前になって、まだ直したいところがあって、最後の追い込み!頑張ろう。

午後からは、小学校の歯科検診へ。

11月10日(日)

ヴィオリラ発表会当日。

オープニングは全員で「あまちゃん」を演奏♪ テンポ良く軽快で楽しい曲。

私の出番は、アンサンブルでは、「白いブランコ」を二人で、「ハンガリー舞曲第5番」を三人で演奏。「ハンガリー舞曲」では、終わりの方でいつもと違ってちょっとテンポがずれてしまったところがあったが、最後で調整できたので、まあ、よしとしよう。

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さて、緊張するのは、ソロの演奏。
今年は「いそしぎ」

曲の紹介が終わり、イントロの伴奏が流れ、さあ、今だと弓を持って弾き始めたが、あれ~っ、音が出ない!

アンプを通して音が鳴らないのだ。おかしい。

ヴィオリラの内臓電池も換えたばかりなのに。また新しいのに換えてみる。

今度は音が出た。ホッとして演奏を続けるもつかの間、また音が出なくなる。

仕方ないので弾き続けると、またボアンと音が出る。これは電池の問題ではなくてアンプの問題か。

音が出たりでなかったり、なんだか本当に聞きづらいまま1曲弾き終わった。

なんなんだと思いながらも、お辞儀して帰ろうとしたら、観客のみなさんから、「もう一度!」というお声がかかる。

先生たちも、もう一度弾いたらとすすめてくれたので、気を取り直して再演。今度は調子の悪いアンプとコードをずっと押さえてくれたりしたので、なんとか最後まで、いつも通りに弾くことができた。

思ってもみなかったアクシデントに見舞われたが、皆さんが温かく受け入れて下さったので、2回目に弾いた時には、課題だったところも、練習の時よりはうまく弾けたような気がした。

1回目のひどさに、もう開き直って度胸がついたからかもしれない。

しかし不思議だ。

リハーサルでもオープニングでもアンサンブルでも問題なかったのに・・・。

私にとって波乱の発表会であった。

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2013年12月 1日 (日)

備忘録(11月)・その1

母の片目がほとんど見えなくなったことと、82年続いた実家の商売をやめるというショッキングな報告を受けて11月の声を聞いた。

母の目については、毎日のように電話をかけて症状の変化を聞いたり、ネットでいろいろ調べたり、休業中だけれども眼科医の方や、ロービジョンケアに携わっていらっしゃる先生の話をうかがったり、情報を集めていた。

幸い、半分以上視野が暗かったのが、3分の1程度になり、色が分からなかったのが、多少はわかるようになったり、躓くことなく歩けるらしいが、文字が良く読めないのが困るらしい。買い物には弟の助けが必須のよう。

原因は不明で、検査も限界のようで、まずは白内障もあることから、白内障のオペを年明けにすることになったとのことである。

ついでに、父も同じく白内障のオペをするらしい。以前、母が股関節を人工股関節に全置換したことがあったが、その時も相次いで父も同じ手術を受けたので、変なところで仲が良いものだと思っているところである。

実家では、弟が跡を継いでいたが、甥や姪に家業を継ぐ気が無く、事務の面で弟が全面的に頼りにしていた人から、体調が悪くなり仕事を辞めさせてほしいと言われたことが引き金となって、今の社主になってからの新聞社の、販売店に対する時代錯誤的な横暴な対応に嫌気がさしていたこと、読者のモラルの低下、従業員の金銭トラブルや、交通事故など、いろいろ負の要因が重なり、弟は商売をやめることを決めたらしい。

さらに父の認知症が、やはり良くはなっていないこと、父の代わりに陰で采配をふるっていた母まで、追い打ちをかけるように目が見えなくなったことで、やめることが決定的になった。

末の弟が、やめるなら挨拶文を広告として新聞に入れた方がいいとアドバイスをしたそうで、母が、書いたから聞いて欲しいと言って、電話口で読み始めたが、目が見えない中、書いて読んでいるので、自分でもなんだかはっきりしない様子。

本来なら、父が、達筆ですらすらと難なく、挨拶文など書いていただろうにと思うとちょっと悲しくなったが、代わりに私が、挨拶を考え、大きな文字で書いて実家にFAXで送ってみた。

母が言うには「お前が書いたものの方がいいと思う」とのことだったが、新聞社の担当員に見せたら、「少し手直しさせていただいてもいいですか」ということで、次に事業を継承することに決まった店主の挨拶も一緒に載せて、やめるXデーに広告として入れることになったそうだ。新聞社に対して少し挑戦的な心情を表現にかもし出したところを見抜かれたかな?

祖父が昭和6年に新聞販売業を始めてから、綿々と続けてきた実家の家業がなくなるのは、さびしいことだが、跡取り娘の母、まったく畑違いの仕事をすることになった父、他にやりたいことがあったかもしれないが、跡取り息子という意識のあった弟は、今まで良く頑張ってきたと思う。

ストレスのたまる仕事で、父は胃がんにもなったし、今回母が目が見えなくなったのは長年の心労のためなのかもしれない、もう、ゆっくりしなさいというシグナルなのかもしれないと、この記事を書いていて思い始めた。

本当にゆっくりできるのは残務整理が終わってからだろう。今は、細かい事務手続きでまだ大変な最中のようである。

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2013年11月28日 (木)

備忘録(9月・10月)その2

9月22日(土)

連休を利用して松本方面へ。娘に会えると思うといやに腰が軽くなる夫に、旅行プランを提示したらすんなりオーケー。(夏の上高地の時もしかり)
最初、娘はバイトがあるから泊まれないなどと言っていたが、夕飯を一緒に食べてからバイトに行くのもおっくうだと思ったのか、結局バイトは入れないことにして2日間行動を共にすることとなり、夫は喜んだ。

行先は、松本市郊外にある美ヶ原温泉。

ランチは、近くにある山辺ワイナリーのレストラン・マリアージュで。
車で来ているので、運転手の夫の前ではワインは飲めなかったが、ワイナリーのショップで、夫と別行動をしている時に、試飲コーナーでいろいろ楽しんだ。(夫には内緒

会計している夫を待っていると、レジ横のソフトクリーム売り場でソフトクリームを買っている3人連れの男の子たちが目に入った。3人とも背が高く、なかなかイケメン。3人粒揃いというのは珍しいななどと思っていると、娘が「あれ~?」と首をかしげる。「もしかして・・」と一人の男の子に近づいたら、彼も「おー」と反応。学部は違うが、1年生、バイト先の同僚とのこと。私に気付いた彼は、「こんにちは」と頭を下げた。信大生レベル高し。

これから釣りに行くのだと言っていたが、その後、魚ではなく猫をつって(いや、猫の方から寄ってきたのだそうだが)というエピソードを持つ。

さて、ホテルでは、北アルプスに沈む夕陽を眺めたり、部屋に付いている展望風呂に入りながら、松本平の夜景(ライトアップされている松本城もなんとか確認)を楽しんだり、パブリックスペースにある露天の足湯につかりながら、遠く諏訪湖に上がる花火を観たりと満足な夜を過ごした。

9月23日(日)

朝御飯のバイキングは種類が豊富で充実していた。自然薯のとろろなどがあっておいしかった。

本日の予定は、美ヶ原高原美術館。同じ「美ヶ原」という名前だが、美術館の方は、上田市にある。九十九折りのビーナスラインを登って標高2000mの高地に立っている美術館である。

雲の上のOpen air musium。4万坪の広い丘の色々なところに彫刻、彫像、ブロンズ、その他金属、石などのオブジェなどの現代彫刻が散在展示されている。その数350点余り!

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肌寒かったが、なかなか楽しく作品観賞。(写真もいろいろ撮ったが、リンクを貼っている美ヶ原高原美術館のHPを見てもらった方が充実しているので割愛)

ギャラリーでは、「岩崎賀都彰の宙(そら)アート」が開催されていた。

資料や観測データなどの科学的根拠をもとに、独自の工夫を取り入れた、NASAの専門家たちも写真と見まがうほどの精巧さが話題となった天体細密画が圧巻だった。(写真は絵ハガキで買ってきたもの)

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↑月の図(表面)

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↑銀河系の隣人 アンドロメダ大星雲

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↑テチス衛星の赤道付近から見た土星

娘とは、鑑賞のスピードが合うのでちょうど良い。夫はせっかちなので、いつもはゆっくり見られないが、娘と一緒なので多数決で勝った。

天体のほか、動植物の細密画も見事だった。

美術館を後にして松本市内に戻り、遅い昼食を、娘のお勧め、女鳥羽川左岸の創業80年洋食屋の老舗おきな堂で食べた。
旧制松校生だった斎藤宗吉、辻邦生、熊井啓なども通っていたという。

ハヤシライスが絶品だった。オムライスも美味しそうだった。

雲上の高原は寒かったが、下界は暑い。デザートは松本城近くのお蕎麦やさんのソフトクリームが美味しいというので、食べようということになった。

冷たく程よい甘さのソフトクリームを食べ終えて、バイトに行くという娘を送り、私達も帰路についたのだった。

10月3日(木)

湯島の松風東京本社で、マイクロインプラントアンカレッジ(MIA)ハンズオンセミナーがあったので参加。

上野駅から歩いて行ったが、娘が受験の時にお参りした湯島天神が遠くなかったので、朝、少し早い電車で行って、天神様にお礼参りをしてきた。晴天でとても気持ちの良い朝だった。

MIAは矯正治療の新しい技術。臨床上注意する点を細かく教わったが、実際にそううまくできるか疑問であるし、フォースシステムは、もっともっと勉強しないと、私には難しくて、個々のケースに応用はできないだろう。 使えるようになりたいが・・・。

10月17日(木)

長岡で研究会

10月27日(日)

新潟市で、歯科医学会。

この日は、青森で小児歯科学会の北日本地方会あり、東京で、JOSG(一般臨床医の矯正研究会)があり、トリプルブッキングしていて、どこに行こうか迷ったが、今一番興味のある摂食嚥下について講演のある学会に行くことにしたのだった。

10月31日(木)

午前中、Violyreの練習

午後から小学校の歯科健診
その後、歯科医師会館で講演会

夜は懇親会

と忙しい一日だった。

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2013年11月26日 (火)

備忘録(9月・10月)その1

9月・10月は、義父の通院、入院、手術実家の母の視力低下などで、あたふたしていた。
それは記事にしたし、その他の出来事はフェイスブックに少しアップしてあったので、それっきりにしてしまったが、ここにフェイスブックに書いてないことを備忘録として書き留めておこうと思う。(記憶力リハビリ中)

9月4日(水)

成育歯科医療研究会で豊橋へ。大会テーマが多数歯部分性無歯症ということで、乳歯も永久歯も10歯以上欠損している患者さんを抱えるY先生(出身大学の1年先輩)が研究会の会員ではないのだけれど、参加して来られた。

顎の成長とともに可撤式保隙装置(入れ歯)を作り替えないといけないのだが、患児本人と母親が、「入れ歯」ということに抵抗があって、絶対に認めたがらないとのこと。

仕方なく、「矯正装置」ということにして人工歯を排列するのではなくて、レジン床部を盛り上げて咬合高径を上げて対咬関係を作っているのだということだった。

若いのに歯が何本もなくて、入れ歯を入れなくてはならないということが精神的に耐えられないようだとのことで、歯科医のサイドで適切な処置だと思っても、患者に受け入れられないこともあるのだと、改めて認識。なんとか折り合うところを見つけるのが、患者に寄り添う医療なのかなと思ったのであった。

懇親会の後、ワインバルでいろいろ話をしていたら、悩んでいたY先生も吹っ切れたようで、その後は、二人で、自分たちの子育ての話で大いに盛り上がったのだった。

9月5日(木)

大会2日目。この日は、朝の7時半からモーニングレクチャー。ヘビーな1日の始まり。

前日のゲリラ豪雨で、名古屋市に避難勧告がでたとかで、交通機関は大丈夫かと心配だったが、問題はないようで一安心。

無事大会も終わり、帰路に着いたが、名古屋―長野経由で帰るため、娘のアパートのある松本で途中下車。娘は夏休みで高田に帰省中だったので入れ替わりのような形。

娘の部屋の散らかり様に、思わずお掃除を。一宿の恩義か。

9月6日(金)

夕方の診療に間に合うように帰ればいいので、電車の時間まで、松本市美術館の常設展とメアリー・ブレア原画展を観て、美術館敷地内のレストラン・サンチームでランチを食べ、有意義に過ごした。

美術館では、草間弥生の作品を楽しみ、上條信山の書に感銘を受け、メアリ-・ブレアの色彩豊かで、自由な絵に元気づけられた。

レモネードガールは、ピッチャーの取っ手が女の子の耳になっている楽しい作品。

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ウォルト・ディズニーとの出会いと信任により、彼女の作品、色彩が、シンデレラやピーターパン、不思議の国のアリスなどのディズ二―の映画に使われているのだ。「コンセプトアート」なるものを初めて知った。

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ディズニーランドのアトラクション、イッツ・ア・スモールワールドも彼女のコンセプトアートを基に設計されたものだそうだ。(下の写真は、イッツ・アスモールワールド3)

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2013年9月26日 (木)

備忘録(8月・後半その3)

8月25日(日)
謙信公祭2日目。GACKT謙信2年ぶり5度目の登場で、出陣行列があるので、義妹たちと見に行った。前日は雨にたたられ、この日も少し降ったようだったが、かんかん照りではなくて、かえって、武具や衣装をつけた人たちには良かったかも。

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GACKTさん、これまでは、昼の出陣から夜の川中島の合戦再現まで甲冑を装着してのパフォーマンスだったのだが、今年は、昼は法衣で現れた。いろいろ工夫している模様。

私は、特にファンというわけではないのだが、それでも間近で見るとやはりかっこいいと思ってしまう。写真は、うまくこちらを向いた時が撮れなくて残念だったが、サァーっと漂ったとても良い香り(さわやかでセクシー)がかげるほど近くで見れたことに、義妹とその友達も感激していた。Me,too.ネットの情報によると、使用している香水はCHANELのEGOIST PlATINUM だそうだが、男性だけでなく女性がつけてもいい香りだと思った。

謙信公祭は、2日間で全国から20万人以上の人出があるので、地域活性化には良い催しではないかと思っている。(ただ、GACKTさん招聘のための支出と実際の経済効果との兼ね合いはどうなのか、私にははっきりわからないが・・・)
ともあれ、来年は高田城開府400年を迎え、再来年には、北陸新幹線が開通する。
ますます地域が盛り上がってほしいものだ。

8月28日(水)
音信不通だった娘、無事に北海道から松本に着いたらしい。夫が送ったメールに返信あり。ひとまずよかった。今度高田に帰って来た時に詳細を聞いてみよう。

8月29日(木)
県歯認定障害者治療医養成の実習で新潟大学医歯学総合病院外来棟の嚥下造影検査室へ。12:45より嚥下造影検査(VF)を見学。

まず、学生の頃とは全く違ってしまった新しい病院に隔世の感を感じた。

12Fまである病棟(東・西)、6Fがヘリポートととなっている外来棟、ICUのある中央診療棟、看護部のある西診療棟、そして総合研究棟からなる医・歯学合同の総合病院。

外来棟はB1F(5分の2位のスペース)から3Fまでが医科。歯科は、4Fワンフロアと5Fの一画に詰め込まれている。

見渡すと、診療台のユニットが何十台も並んでいて壮観だが、明らかにダウンサイジングであると思う。

実習の行われる嚥下造影検査室は外来棟の5Fにある。
私は、せっかく新しい病院に行ったので、病棟12Fの展望食堂でお昼を食べてから行ったのだが、トイレの狭さにびっくり、むやみやたらに広くて長い、連絡通路に疲れ、連絡階を間違えて迷い、再度エレベーターを待っていたら時間がかかり、歯科からは専用エレベーターに乗らなければならなかったりで、検査室に定刻前には着けず、みなさんを少々お待たせしてしまった。申し訳ないことです。

(また、帰りには案内されたエレベーターに素直に乗れば良かったのに、好奇心でエスカレーターのあるエリアからも帰れるのではと思って行ってみたら、夕方4時以降は、エスカレーターは止まってしまうようで、足を踏み入れることもできず、階段を探すしかなかった。その階段がフロアの隅っこの方で、扉でクローズされていたため最初は良くわからず、恐る恐る扉を開けてみてようやく階段を確認できたというような具合で、私みたいな人が多かったら災害の時困るのではないか、誘導訓練がいるのではないかなどと、いらぬことを老婆心から思ってしまった・・・。)

さて、私が、県歯認定障害者治療養成の講義・実習に応募したのは、
実際に地元の病院歯科で、全身麻酔下の障害者のう蝕治療をしているので、さらに多くの障害者を受け入れるには、認定されていた方がいいだろうと思ったことと、
成人の障害者に対しては、まだ勉強が足りないと感じたからなのが動機の一部。

さらに、「摂食嚥下」障害に対しては学生の時に教えてもらっていないため、小児の摂食嚥下機能の発達とからめて、その勉強の必要性を10数年前から感じていたのにも関わらず、手をこまねいていたこと、
介護保険が施行されてから、歯科医師と様々な職種の人達との連携が必要となってきたが、「口」に関連して、「食べる」ことには歯科医師が中心となってしかるべきであろうし、知識・技術を他職種から聞かれる立場にあると思われること、
そして、5年前くらいにVFのビデオを、2~3年前に嚥下内視鏡(VE)のビデオを見る機会があって、咽・喉頭の立体的解剖と機能を知り、なんとデンジャラスゾーンだろうと実感したため、養成事業の講義や実習に新大の摂食嚥下リハが関わっているのを去年の新歯会(県歯の会誌)で見て、重い腰をあげて是非行きたいと思ったのだった。

残念ながら、去年は、小児歯科専門医の研修セミナーと日程が重なってしまったため断念せざるを得なかったので、今年は満を持して参加したのだった。(新潟臨床小児歯科研究会の研修日と重なったが、今回は小児歯科の方を欠席した)

モニター室に入って説明を受けていると、I教授が入って来られて、歯科がVFをすることに対して、新大耳鼻科の理解を得てからは医科との連携がうまくいくようになり、検査を依頼されることが多くなったことや、大学でせっかくリハビリしても、自宅に帰った時に地方でその継続ができる病院、診療所が少ないこと、口腔ケアが誤嚥性肺炎を減らすということは、まだエビデンスがあるとはいえないので、若い研究者に是非取り組んでもらいたいというようなことを話された。

その後、どうして私が、この実習を受けようと思ったのかと質問されたが、私は生来の内気(?)で話下手、急に何か言えと言われると頭の中が白くなるたちであることもあり、理由としては、上記のように一つではなかったため、これを全部話すには時間がかかりそうだし、要領よくできそうもないと一瞬躊躇したら、口から「摂食嚥下はトレンドなので」という言葉が出てきた。

すぐに、自分は学生時代に教わっていないことなので、知らないことを知りたいと思ったからと付け加えたのだが、何か誤解を受けそうな言葉を言ってしまったなと、今でも歯痒く、後悔しているところである。まったく・・・。

検査は、患者さんに、ごく薄いバリウムのはいった液体やとろみ液、ゼリー、ペースト、液体と固形物の混合などを実際に飲んでもらって、その様子をレントゲン透視し、食べ物が気管にはいっていないか、貯留していないか、どの相(口腔相、咽頭相、喉頭相、食道相)に問題があるのか、むせの有無、姿勢、食物の形状による違い等々、細かくチェックして、安全に食べるにはどうすればいいか、効率の良いリハビリを行うために生かされる。

実際に色々な症例の患者さんの透視像を見て、検査の必要性を強く感じた。

そこで、次にどのようなリハビリをするのか是非教えていただきたいものだと思った。
見学、実習して身につけたら、歯科衛生士、介護職の人達などにも指示できて良いのに、それで、地方でもリハビリを受け入れる裾野が広がるのにと、さらなる講習を希望しているところである。

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2013年9月18日 (水)

備忘録(8月・後半その2)

8月18日(日)
高田公園のお堀でハス祭りの最終日。もっと涼しいうちに行くつもりだったが、もたもたしていてだいぶ日が昇ってしまった。ハスの開花の瞬間を見てみたいと思っているのだが、朝早く起きるのが苦手なのでむずかしい。

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今日まで、ボランティアガイドの方がいて説明してくれる。
ハスの開花期間は4日間。
1日目は午前5時ごろから咲き始め、午前中には閉じる。
2日目は夜中から咲き始め、おわん形に開いて、昼ごろには閉じる。
3日目も夜中から咲き始め、水平に開いて、午後には半開きに。
4日目は夜中から咲き始めて、午前中には散る。

この時期になると「ひ~らいた ひ~らいた♪れんげのは~ながひ~らいた♪」の歌を思い出し、「ひ~らいたとおもったら い~つのま~にか つ~ぼーんだ♪」の歌詞が、正確に自然現象をとらえていることに(子どもの時はわからなかったが)感心するのである。

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8月19日(月)
娘が、「ヒッチハイク部」の仲間2~30人で北海道に向かって出発する日なのだけれど、前日、東北から北海道にかけて集中豪雨があり、函館では線路が寸断されているというようなニュースがあり心配。

スマホの充電が難しいのでなるべく連絡はしないと宣言されていたとおり、メールを送っても返信来ず

8月20日(火)
娘、消息不明と思っていたら、夕方5時近くになって、『海の上なう\(^o^)/』という写真つきメールが、続いて6時半ごろ『上陸!』というメールが来た。写真で見る限り晴れていて海も穏やかで安心。

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8月22日(木)
休診日だが、Violireのレッスン日だったり、それなりに忙しい。
2日ぶりに娘から返信。ただいま札幌にいるらしい。

8月23日(金)
診療後、労災病院の納涼会に出席。
焼肉です 飲み会には皆勤賞の私。誇ってもいいのだろうか(^_^;)
肉屋さん直営のお店で美味しいのだが、私見を言わせてもらえば、食べ放題飲み放題に供されるお肉は、アラカルトで頼んだ時と比べていまいちかも。

8月24日(土)
帯広からお菓子が届く。娘のおみやげ?
ありがとう、いまはどこ?とメールしたら、『釧路~!』だそうだ。無事に旅をしているようで、連絡なくても気にならなくなってきた?・・かな。

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2013年9月17日 (火)

備忘録(8月・後半その1)

9月に入ってから、またあっという間に日が過ぎた。脳科学者茂木健一郎氏によれば、時間が経つのが早く感じるのは、脳を使ってないからだという。さもありなん。夜10時過ぎると、睡魔に取りつかれ、記憶をなくすことが常態化し、脳を使う暇がないありさま・・・。

さて、それはともかく本題へ。

8月14日
例年なら、8月のお盆は家族3人で鴨川行き(私は里帰り)だったのだが、今年は娘がバイトを優先させて松本から帰省しなかったので、反対に私たちが松本へ。

娘の案内で、小沢征爾さんも立ち寄るというお蕎麦やさんでお昼を食べ、カエルがマスコットのナワテ通り散策。四柱神社を御参りし、暑かったので、隣のカフェでかき氷を食べて涼んだ。

ちなみに四柱(よはしら)神社は、縁結び、願い事の結びの神さまとして、主祭神に天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・高皇産霊神(たかみむびのかみ)・神産霊神(かみむすびのかみ)そして天照大神(あまてらすおおみかみ)の四神をお祭りしている珍しい神社。

夜は、娘のバイト先の居酒屋を予約して、表敬?訪問。店長さんの方から挨拶にみえる。とても混んでいるお店で、きびきび働く娘の姿を垣間見る。娘の接客も受ける。娘がしぼってくれたパイナップルの生ジュースはとても美味しかった

8月15日
バイト疲れの娘はおいて、夫婦2人で上高地へ。

マイカー規制があるので、車で行けるのは沢渡まで。後はバスかタクシーに乗って上高地まで行くことになるのだが、満車の駐車場も少し待っていたら入れたし、そこでタイミング良く上高地から帰りの客を乗せたタクシーをつかまえることができて、効率よく行くことができた。この時期、バスを待っていたら2時間くらいは覚悟と駐車場のおじさんに言われたので、ラッキー(*^^)v

タクシーで大正池まで行って、そこから歩く。(タクシー料金は、行き先によってどの会社も一律の料金であった。)

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標高1500mの地は下界と違って涼しく、空気が違った。

大正池から田代橋、穂高橋を渡って、ウエストン碑を見て、梓川右岸(山から見て)を歩いた。木々の中の遊歩道なので、日差しはあまり強くなく良かった。

クマ出没注意の立て札があった。私はリュックに鈴をつけていたが、すれ違う人も鈴をつけている人が多かった。それにしても、ハイシーズンの混雑。歩く人が大勢隊列をなしているので、クマも出てこれないのではないか。

涼しいといっても、河童橋を右に見ながら小休止した頃には、かなり汗をかいてしまった。

雪渓の残る穂高連峰が目の前に迫ってくる。
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そこからさらに、アップダウンのある林の中の道を明神池まで歩く。私たちはトレッキング用の靴を履いていたが、スカートにヒールのある靴を履いて歩いている若い女の子もいてびっくりした。

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拝観料を払って明神池を見る。透明度が高く、水面は鏡のようだった。

お昼もすぎたところで、北アルプスの総鎮守である穂高神社にお参りしてから、嘉門次小屋で、岩魚の塩焼きと山菜そばを食べた。小ぶりの岩魚だったが、なかなか美味しかった。

帰りは、明神橋を渡って梓川左岸を上高地ビジターセンターまで休まず歩く。Dsc00530

ビジターセンターでは、今の河童橋が、5~6代目であることを知った。

Ca3k0878 河原で遊ぶ人・子供たちが楽しそうだった。
やはり、ここで宿泊しなければね。私たちみたいに強行軍だと、「避暑」ではなくなるもの。

さて、歩きの締めは、上高地帝国ホテルで。

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Ca3k0880 ケーキセットを食べて疲れを癒したのだった。

バスで帰る気はもとよりなくて、タクシーを呼んでもらおうかと思っていたところ、ちょうどお客さんを乗せたタクシーが到着。タクシーはフル稼働しているらしく、この後行くところがあったのかもしれないが、沢渡の駐車場まで行って欲しいのだけれどというと、他のタクシーを呼んでいなければとオーケーしてもらえた。

時間を無駄にすることなくスムーズに事が運び、本当についている日だった

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2013年9月 1日 (日)

備忘録(8月・前半)

あれよあれよという間に9月に突入・・・。

私たちの時代は、一律に、9月の初めから学校(小・中・高)の2学期が始まるのが普通だったが、今では、各学校区で独自に決められるようになったそうで、先月の28日・29日からすでに2学期が始まったところもある。
夏休みの宿題、最後の追い込みの日が短くなってかわいそう(^_^;)。

さて、8月の出来事。

8月1日(木)
13:00~17:00 日本歯科大学新潟校の障害者歯科センターで歯科治療を見学。この日は全員定期検診2~3か月に一度の検診を受けている人達なので、皆慣れたもの。むし歯の進行もほとんどないが、成人になると歯周病の問題が生じてくるとのこと。私も実際に治療していてそう思う。頭が痛い問題。

8月8日(木)
長岡で、矯正専門医の先生の下、有志で症例検討研究会。相談できる先生がいらっしゃるのは心強い。

8月11日(日)
5日まで前期試験で、その後レポート提出やバイトなどでお盆は帰れないと言っていた娘が、1泊だけ帰って来た。松本は乾燥していて喉が痛いと言っていたが、風邪を引いているのでは?

8月12日(月)
バイトに遊びに体力を使い疲れているせいか、寿司屋に連れて行っても、娘は大好きなお司の食べっぷりが悪く、ちょっと心配。それでも、夕方からバイトをいれてしまったそうなので、長野駅まで車で送って行く。

8月13日(火)
夫は、中学校時代の友人と会食。
私は、星のふるさと館で行われた、「30m望遠鏡TMTで見る宇宙」という国立天文台の青木和光先生の講演を聴きに行った。
TMTは、すばる望遠鏡のある、ハワイ島マウナケア山に2020年代の完成を目指し5カ国(日・米・加・中・印)の協力の下に建設が計画されている超大型望遠鏡。すばるの主鏡が、口径8mの巨大な一枚の鏡であるのに対し、TMTの口径30mの主鏡は、六角形状の鏡492枚を合わせて形作られるとのこと。完成したら見に行ってみたいものだ。

ちなみに、TMTとは、Thirty Meter Telescope の略で、何だ、そのままかという命名。5カ国共同のプロジェクトだから、どの国でもわかるような名前にしたのだろうか・・・。

続いて観望会に参加。折しも、ペルセウス座流星群が見える時期。屋上に敷かれたござに寝ころび、流れ星ウォッチング。極大期は過ぎていたし、やや薄曇りだったが、大きなもの3つと小さなもの2つを見ることができて大満足♪夏の大三角や、天の川もしっかり見えた。山の上なので夜風が涼しく、寒いくらいだったが、昼間暖められたござの上に寝ているので、ちょうどいい感じ。気持ち良かった。

また、65cm反射望遠鏡のあるドームでは、月・土星。ヘルクレス座のM13球状星団や、こと座のM57惑星状星団(青いリングのよう)、はくちょう座のアルビレオなどを見せてもらった。

新潟アルビレックスの名前の由来は、アルビレオからきているとのことだが、アルビレオは、アルビレックスのチームカラーであるオレンジとブルーの美しい二重星だった

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2013年8月31日 (土)

備忘録(7月)

あっという間に8月も終わり。備忘録のつもりのブログが、まったく機能していない。

仕方ないから、わかる範囲で列挙してみよう。

7月6日(土)
14:00~17:00 新潟市・新潟県歯科医師会館へ。障害者診療医養成事業の講義に出席

18:00~ 東急インへ。ちょうど、新潟県在住の東京医科歯科大学を卒業した先生か医局に在局したことのある先生方の集まりに誘われていたため、遅れて出席。鶴見大学検索歯学講座の野村義明先生から、プロバイオティクスによる齲蝕予防を中心とした口腔感染予防についての講演を聞いた後、宴会。
講師の先生の接待に4次会まで付き合う。ショットバーで飲んだ「ニコラシカ」というカクテルが、超美味だった♪

7月7日(日)
9:00~17:30 障害者診療医養成事業の講義2日目 さすがに前日4次会まで行ったことを後悔。少し二日酔気味で気分が・・・。

7月17日(水)
8:30~15:00 日本歯科大学新潟病院へ。障害者診療医養成事業の実習。障碍児の全身麻酔による歯科治療を見学。私はいつも経鼻挿管での治療をしているが、ここでは、経口のため、片側終わるたび、麻酔医がチューブの位置を換える。人員が豊富なため診療医もタッチ交代。うらやましい。午後からCPRの講義と静脈確保の実習。ただ、一度できただけでは、今度1人でできるかは不安。

7月18日(木)
眼科へ定期検診。昨年の人間ドックで「網膜前膜」の疑いがあるとのことで前回精査したところ、やや、網膜裂孔の落ち込みが平坦になってきているかと言われたが、今回はあまり異常は認められないとのことで、安心。杞菊地黄丸を飲んでいたからか?(今、飲まなくなってしまったが)

7月25日(木)
14:00~16:30 上越歯科医師会館で郡市学会 歯周病予防の話だったが、期待していたお話はさっと通り過ぎてしまい、少し残念だった。

19:00~ 夫は役員で学会後の懇親会に出席。
私は一人で暇だったので、映画館に行き「風立ちぬ」を観てきた。
個々の場面では、いろいろな感想があるが、ヴァレリーの訳詞「風立ちぬ、いざ生きめやも」、宣伝コピーの「生きねば」という思いが、一貫して作品に表わされていると感じ、私はさわやかな感動を覚えた。
ただ残念ながら涙するには至らなかった。歴史・時代背景や、人物背景なども良く頭に入れた上で想像力を働かせるともっと深く楽しめるのではないかと思った。

7月26日(金
友達と、直江津の花火を見に、ヨーカドーの屋上へ。ここなら、仕事が終わってからでも来れて便利。いつの間にか、前にはなかった、かき氷屋や、軽食を売るブースができていて、商魂を感じた。

7月27日(土)
仕事が終わってから、終電で鴨川へ。翌日鴨川で開かれる、「はやぶさ2」の講演会を聴きにいくのと、微力ながら「鴨川市に天文台をつくろう会」のメンバーとしてお手伝いをしに。
母が、駅にタクシーを予約しておいてくれたので、電車を降りてすぐに家に帰れた。
土曜日、仕事を休まなくても、こうして帰れば、土日に鴨川行って来れる♪

7月28日(日)
城西国際大学太海キャンパス曽呂ホールで、JAXAの吉川真先生の講演「はやぶさ2と太陽系天体」とパネルディスカション、お楽しみイベントがあり、老若男女ほぼホール満員の盛況ぶり。宇宙に興味のある小中学生の質問はなかなか専門的で驚いた。
私は隕石の重さ当てコーナーの担当。つくろう会で預かり、天文台がつくられた折には寄贈されるという隕石は、星のふるさと館にある、櫛池の隕石の重さの2.5倍はある、立派なものだった。これが、地球に落ちてくる前の宇宙を飛んでいたもと元の重さを当てるクイズなのだが、子どもたち4人がピタリ賞だった! 計算すると大体3300倍くらいか。

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2013年1月12日 (土)

今日はスキー記念日

102年前の1月12日、オーストリア軍人で日本陸軍の研究のために来日していたレルヒ少佐が、新潟県高田の陸軍歩兵連隊(13師団)で初めてスキーの指導をしたことにより、1月12日はスキー記念日とされています。

当時は、一本杖を使って滑るスキー技術だったそうで、今でも高田ではこれを伝承している会があります。

高田の金谷山スキー場はちょうど今日からオープン。「スキーの日」なので、リフト無料とのこと。

レルヒ少佐にちなんで、ゆるキャラ、きもカワの「レルヒさん」が、何年前かに登場しましたが、思ったより人気のようです。「レルヒカレー」というのもあります。

昨日、1月11日は、鏡開きでした。
歳神様にお供えしていた鏡餅を下げてきて、無病息災と延命を願い、お汁粉やお雑煮にしてにしていただく日です。

残念ながら、我が家ではまだいただいておりません。また、」この鏡餅自体も、昔とはちがってきています。
本当なら、丸いお鏡餅を半紙とゆずりはの上に乗せてお供えするところ、最近では、スーパーでプラスチック成型で中に数個の角餅が入っているものを買ってお供えしてしまいます(~_~;)。三方まで組み立ててあってなんと楽なことか。

形だけ、伝統行事をなぞらえているなぁと思わずにはいられません。

一昨日、1月10日は、講書始の儀がありました。これは、皇居において,天皇陛下が皇后陛下とご一緒に,人文科学・社会科学・自然科学の分野における学問の権威者から、ご進講を受ける(説明をお聴きになる)儀式だそうです。明治天皇の時から、始まったようです。

これは、今年初めて知ったことで、私も真似してお勉強をと思いましたが、かなわぬことでした^_^;。

この日はほぼ一日中雪で、大変でした。

1月9日は、今年2回目のR病院で全身麻酔下における歯科治療の日でした。いつもより早く終わって、あとは、下顎の第二大臼歯と埋伏智歯の抜歯ということになり、口腔外科の先生にバトンタッチ。楽々見学して来ました。直のピンセットで抜歯してしまうのには驚きました。

1月8日は、正月事納めの日。松の内が終わって、お正月の各種行事やお飾りを終える日。朝、玄関のお正月飾りを外そうとして、スタッフと、いつはずすのかという話になったけれど、若い人は、今飾らない人が多いらしい。家族持ちの彼女も、実家はともかく、自分の家には飾らないとのこと。

へぇ~、そうなんだ。私など、飾る日も、29日は縁起が悪いだとか31日は一夜飾りだからだめだとかということを聞いて、必ず12月30日に飾るようにしているのに・・・。

1月7日人日の節句(七草の節句)。七草粥を食べる日として江戸時代に定着したもよう。
24年前のこの日、昭和が終わりました。

1月6日出初め式。いつもは消防団のお兄さんから、寄付をお願いされるのだけれど、今年は、日曜日で休診日だったからあきらめたかな。

また、この日はキリスト教では顕現日という祝日で、キリストが神の子として誕生したことを東方の三人の博士が来訪して公に現した日です。

教会のビッククリスマスツリーは、アドベントが始まってから、この顕現日まで点灯されるのが恒例。(今年は、期間延長したのか、この2~3日後も点灯していた・・・なぜ?)

この日、私は風邪がよくならず一日中ダウンしてました(>_<)。

1月5日はうちの歯科医院の仕事始め。毎年、仕事始めは、他の方達より一日遅いのです。
咳の発作がまだ苦しくて、疲れました。

1月4日は、仕事始め
私もR病院で、全身麻酔下の歯科治療をして来ました。歯髄処置が2本と他にもカリエス多数で、3時間くらいかかってしまった・・・。(途中咳の発作で中断あり。)終わったら疲労困憊でした。

1月3日は、三が日最後の日
前日から引き続き箱根駅伝を見ました。箱根駅伝にはドラマがあります。今年は5区を走った「山の星」3年生キャプテンの服部翔太君率いる日体大かな。

早稲田と帝京大の最後のデッドヒートも手に汗を握りました。(甥の所属する早稲田ラグビー部が大学選手権の準決勝で帝京大に逆転負けしてしまったので、駅伝は勝って欲しかったのですが、これも逆転負けしてしまいました・・・残念!)

今年は、元日、2日と続けてブログをアップできたので、よ~し、毎日・・・と思っていたところ、全くダメで、あっという間に、怒涛のごとく、12日まで来てしまいました。

それでは・・と記憶をたどって逆に書いてみた次第です。

「今年の目標」も前途多難ですし、なかなか思い通りにはいきませんね

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