人生

2005年12月11日 (日)

夢をもち続けている人

インターネットで人名を検索すると、いろいろな情報を知る事ができるのに味をしめて、高校の時、同じクラスだった人を検索してみました。

何年か前に配布された高校の同窓会名簿には、職業や住所の更新がされてなくて、どうしたのかなと思っていたのです。

検索の結果、

アマチュア天文家として、小惑星を発見、惑星に自分の姓を名付けていました。
(これは、このブログを読んでくれたご本人から訂正がありました。発見者は自分の名前を付けられないのだそうです。発見者と同定者が知り合いだったため、彼の名前を命名してくれたのだそうです。12/18記)

仲間と、手作りの天体観測所を作ったり、公開天文台を作る運動をしていました。
高校の時、自分で観測、撮影した、星の写真(馬頭星雲や、プレアデス星団などなど)を見せてもらったことがあって、感動した事を思い出しました。

会社の研究発表のサイトから所属する会社名がわかったので、その会社のホームページを訪れると、エンジニアとして、開発プロジェクトのチームリーダーである旨、顔写真入りで紹介されていました。(年月は風貌を変えますが、面影は残っていました。28~9年ぶりでしたが、目元、口元に見覚えが・・。)

「世界のトップを目指す」という信念の元に、スタッフをまとめ、一丸となって頑張っているらしいのです。

天文学者になるという夢はかないませんでしたが、技術研究者として活躍していました。

夢はかなわなかったけれど、星とのかかわりはずっと続けていて、今は、故郷に公開天文台を建設して、ふるさとの美しい星を、地元だけでなく、県内、全国、世界から訪れる人たちに堪能してもらおうという夢を持っているようです。

そして、自分が中学の時に書店で見た一枚の星野写真が星へのはじまりだったように、本物の星を見せてあげる事で、子供達に自然のいろいろなものに興味を持ってもらいたい、そのきっかけの手伝いをしたいと考えているようです。

仕事だけでなく、もち続けている夢が達成できるように、頑張って活動していました。

次に検索したのは、大学の教養部の時、世話好きの大家さんの間借り人の一人であった友人。大家さんの部屋に集まって、一年間でしたが、皆で家族のような楽しい生活をしたことがあったのを覚えています。

検索の結果、

大学の助教授になっていました。
学生や院生の指導に熱心な教官のようです。

南極地域観測隊員(夏隊)として調査に参加していました。「しらせ」の船上生活の写真に写っている姿は、20年以上経ってもほとんど変わっていませんでした。

中越地震の調査メンバ-の一人でもありました。

科学者なのです。

小さい頃の夢は、科学の力で人の役に立つ、正義の味方のような人だったというので、「科学者」という夢は、ほぼ叶ったといえるようですが、まだ正義の味方になれていないのだそうです。

地震予知の兆候をつかみたいということや、学生・院生と共に成長し続けたいということが、現在の夢(目標?)だといいます。

「人の役に立つ」という夢をもち続けているのですね。

二人の今の夢がかなうようにエールを送ると共に、自分のためだけではなく、人のために何かしたいと思っている事に、心を打たれ、私も今一度、「夢=目標」について考えてみたいと思ったのでした。

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2005年12月10日 (土)

夢をかなえた人

図書館で本を探しているときでした。 05-11-21_18-17

「椰子・椰子」 川上弘美  絵 山口マオ

という名前が目に飛び込んできました 。

「山口マオ」   マオ猫の作者です。

クラスは一回も一緒にならなかったので、話はしたことがないけれど、高校では同学年でした。

2~3年前に里帰りした時に、家族でドライブに行って、偶然立ち寄ったお店が彼のオリジナル・ショップ&ギャラリーである「海猫堂」。ここで、「マオ猫」を描いていたのが「山口マオ」、あの山口真生君だったということに初めて気付いたのでした。

イラストレ-ターになったんだと思っていましたが、今回、図書館で検索してみると、絵本も作っていたり、幅広く活躍しています。

インターネットでも調べてみました。

いろいろな賞もとっていて、もう立派な「画伯」なんですね。川上弘美さんも彼の絵の大ファンで、彼女に請われて共作が実現したらしいのです。

いろいろなサイトの中で、「P-Well通信」という情報サイトの『動物をめぐる人々』という記事に写真が載っていました。

そうそう、この顔だった。少し横幅がでたみたいだけれど、変わってないなと思いました。その記事の中の彼の言葉を引用してみます。

   『絵は三、四歳ぐらいからずっと描いてました。東京にいた母方のおばあちゃんが来ると、必ず目の前に座らせて肖像画を描くのが年中行事。あとは鉄腕アトムやペンギンの絵、時計屋さんに行った時の絵などが残っていて、なかなかいいですよ。確かに僕は絵がすごく好きでしたが、自分よりうまい子は、周りにもいました。でも、そういう子は勉強も運動も得意だったりして、絵を描き続けられなかった。結局、好きなことを“続ける”才能があるかないか、が一番大事なことじゃないかな。僕は高校で美術部に入り、東京の美術系大学を受験して失敗。予備校に通ったけど、最高に幸せでしたね。英語や数学や世界史などの授業がなくて、午前も午後も全部絵を描いていられるのが。基本的には、卓球の「愛ちゃん」じゃないけど、“好き”な子じゃないと続かない。それに、好きなことをマゾヒスティックに突きつめる人じゃないと、大成しないかもしれませんね。 

小さい時から好きだった事を一筋に続けていって、夢をかなえた人なんですね。『続ける才能』ということに頷いてしまいました。

夢をかなえるには、夢=目標として、それに向かって努力する場合もあります。

私の研修生時代の一年先輩は、歯医者の3代目。親孝行な後継ぎなので、必然的に進む道は決まっていました。

そこで、目標として、難関な大学を志望。

『小学校の修学旅行で、後楽園遊園地に向かうバスが医科歯科大の脇を走り、友だちが「〇〇くんは大きくなったらここにくるんだね」と言ったのを覚えていますから、結構公言していたのでしょう。』

小学生の頃から、もう目標を決めていたんですね。

お父上の果たせなかった夢でもあるらしいのですが、見事に現役で合格。

やっぱり、「わき目も振らず」というのが、夢をかなえるためには必要なようです。

今は「noblesse obiige」を実践すべく、日々研鑚を積んでいるのを聞いて、私も触発されているところです。

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