謙信公祭の人出
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上越市の「第83回謙信公祭」に、今年もGackt謙信が登場した。
*去年の記事(写真入り)はこちら
本当に有言実行の人だなぁ。
謙信の「義の心」を体現しようとしている。
昨日から県外の方たちが大勢訪れている模様。(上越市の財政にとって、ありがたいことです。)
私は昨年と同じく仕事で、見に行けないので、JCVで華麗な勇姿を観ました。
やっぱりカリスマ性があってかっこいいと思います。
昨夜のウォーキングの時のことだが、Gacktが去年宿泊したといわれているホテルの前には、出待ち(入り待ち?)のグループが並んでいて、普段とは違う光景だった。
実は少し前に、『去年Gacktが泊まったとき、フロア中にお香みたいなものを焚き染めちゃっって、なかなか匂いがとれなかったから、今年は泊まるの断ったみたいよ』などという流言があった。『えっ、じゃあ今度はどこに泊まるの?』などと思ってしまったが、やはり、それくらいでは、お断りするなんてもったいないではないか。
そう思っていたので、ウォーキング途中に、たまたま、某ホテルの近くに住んでいる知人と会ったので、その話をしたら、『今年も同じところだよ。旦那が、去年と同じ、Gacktの車があるのを見たって。』と言っていた。
彼女は去年、その車のある場所で出待ちをしていたという。
1時間くらい待ったら、Gacktが出てきたのだけれど、3人の黒人のボディーガードと市役所の係りの人達に囲まれていたそうだ。
それで、市役所の人が『写メはご遠慮下さい』と呼びかけていたけれど、注意されるまでもなく、『大男のボディーガードが怖くて、とても近づけなかったよ。』とのこと。
ボディーガードといえば、私もこんな経験がある。
東京駅で、上越新幹線 Maxとき を待っていた時のこと。隣で屈強な大男3人に囲まれた、何やらオーラを放つ男の人がいた。よく見たら、矢沢永吉だった。
当時、小学校のPTA会長が、永ちゃんに心酔していたので、サインでももらえたらと思ったけれど、やはりでかいボディーガードが怖くて、ただ、横目で見るだけで終わってしまった。
・・・話はそれてしまったが、今年はどのくらいの人出があったのだろうか。
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今日は、長崎原爆の日。
だが、メディアは、オリンピック一色の感がある。
6日の広島原爆忌では、この一年で新たに5302名の被爆者の方が亡くなり、これで、258310名の死没者が記録されたとの報道を目にしたり、耳にしたが、長崎ではどうだったのだろうか。
何日か前のTVで、長崎の爆心地に近い2つの小学校で、それぞれ1500人ほどの児童のうち1400人近くの無辜な命が、一瞬の閃光で奪われたと聞いた。
忘れてはなるまい。
伝えていかなければならない。
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一昔前に比べて、一人当たりのむし歯の数は減っているけれど、むし歯を持っている子は、相変わらず一人で何本も持っている。個人差が著しい。ここにも格差社会が、あるよう・・・。
資料(スライド)を整理していて、暗澹たる気持ちになった。
1歳代で、母乳や、ミルク、スポーツ飲料の夜間摂取が原因で、広範囲にひどいむし歯になってしまった子達が、治療後、定期健診をすすめても来院していない場合が多いことに気付いたのだった。
どうしているだろうか。特に子どもの場合、一度治療しても、環境が変わらなければ、またむし歯ができることは必発なのに。
反対に、家庭でも気をつけた上で、歯科医院で定期健診を続け、サポートしていけば,むし歯は予防できるのだ。小さなむし歯なら進行を抑えることもできる。
今は、時間的にたっぷり余裕があるので、時間をかけて説明できるのだが、当時は少し時間が足りなかったかもしれない、むし歯を作ってしまった母親の気持ちに寄り添ってなかったかもしれない。…と、反省。
まあ、けっこう遠方から来ている子もいたので、近くの歯医者さんで診てもらっているかもしれないし。
そう、そう、重症のむし歯の子のスライドは撮るのに、定期健診にまじめに来ていて、むし歯が進まない子達のはなかった。定期健診の大切さをアピールするために記録しておこうかなと思う。
むし歯の治療から、矯正治療に移行した子たちは、資料が残っている。
毎月来院するので、矯正治療プラスむし歯予防の介入ができる。
一人、学校でフッ素洗口をしているからと安心していたら、装置を外した時に見事にむし歯ができてしまった子がいた。聞いてみたら毎日必ず夜にお菓子を食べていたとのこと!
それ以来、だ液の検査をしてリスクを調べ、飲食回数は必ずチェックし、フッ素洗口している子でも、フッ素塗布もして、フッ素入りの歯磨剤を必ず使うようにしてもらっている。おかげで、カリエスフリーの永久歯列になる子も増えてきた。
これからは、むし歯の治療で歯医者に行くのではなく、むし歯にならないように行くことが当たり前になることを願っている。
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20世紀枠で出場した千葉県の安房高が、今日2回戦でサヨナラ負けをしてしまった。
途中まで3点差で勝っていたのでこのまま2回戦突破か、と思っていた。
創部100余年を誇りながら一度も甲子園の土を踏んでいなかった同校野球部が、初出場で1回戦を勝ち進み、2回戦も勝利という快挙をなしとげるかと期待していたのだが。
実は、私に朝寝坊の癖さえなければ進学していたかもしれない高校で、一番下の弟と、甥っ子の母校である。つい、親身に応援してしまう。
そうそう、X-JAPANのYOSHIKIの母校でもあり、彼は甲子園球場にヘリで駆けつけて1回戦を応援したかったらしいが、大騒ぎになるとの理由で、高野連から自粛を要請されたとの報道があった。
それならと、大勢の生徒が応援に来れるように母校にポンと1000万円寄付をしたとも聞いた。
YOSHIKIは、弟の1つ下の学年で、学生時代から目立っていたらしい。
有名になっても「愛高心」は忘れないんだね。
選抜野球と関係ないけれど、有名人と高校つながりで思い出したこと。
謙信公祭で、上杉謙信を演じてくれたGacktが、上越を第2のふるさとのように思っていて、また絶対に来ると言っていたことを高校の卒業式で実行したのだ。
自ら市役所に電話を掛け、謙信の「第一義」を校是とする高田高校を選び、卒業式にサプライズで登場、卒業生にエールを送った。
律儀な人だなぁ。
ちなみに高田高校は夫の母校である。
両校の生徒達には、一生忘れられない思い出ができたことだろう。
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今日は、新潟市に行っていた。少し風は冷たかったが、よい天気であった。
上越にもどってくると、夕方というのにまだ気温も高く、「春」を感じた。
夜のウォーキングから帰ってきたら、目がかゆくてたまらない。
スギ花粉か。
花粉症は、20余年前、東京に住んでいた時に発症した。
何かの用で、木々の多い目白の道を歩いた後で、原因不明の目の充血とかゆみ、涙目、くしゃみ、鼻水が生じた。
それは、ひどいものだった。
目も鼻もぐじゃぐじゃになって、苦しかった。
これが、スギ花粉症であるということを少しあとになって知った。
私の場合、8月頃のブタクサの季節にも、症状が出た。
元国立小児病院に勤務するようになって、上司の先生から、アレルギー科外来があるから受診してみたらと勧められた。
アレルギー科では、パッチテスト・血液検査で、アレルゲンの特定をしてもらった。
スギ、イネ科、ブタクサ、ハウスダストなどに特に反応した。
点眼、点鼻薬の対症療法や抗アレルギー剤の服用のほかに、減感作療法をしてみないかといわれた。
スギとハウスダストの抗原液を、ごく微量の濃度から、週1回の割で皮下注射して、だんだんに濃度を上げていき「減感作」するというもので、これとアゼプチンや、肝臓の機能を強化する薬などを毎日服用して、体質改善するというものだった。
診療の合間に、アレルギー科に行って注射を打ってもらっていた。
週一回2年間続けた。根気のいる治療である。
症状は、だんだん改善していったが、もう少し維持療法が必要という時に、上越に越すこととなった。それからは、東京に行くたびに、抗原液をもらい、自分で打っていた。
1年くらいそれを続けただろうか。
もう、スギの季節になってもこわくはなかった。ほとんど症状は出なくなっていた。
ただ、少し経つと、ブタクサや、5~6月のイネ科植物の開花期には、くしゃみと鼻水が出ることはあった。
あと、ハウスダスト。いつもまめにお掃除をしていなければならないのに、ちょっと埃がたまってから掃除をしたりすると覿面に鼻水が・・・。掃除にはマスクが必需品だ。
でも、スギには大丈夫だったのに。
減感作の持続にも期限があるのだろうか。
年のせいなのだろうか。
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自宅マンションから、診療所へ通う毎日。
同じ敷地内で診療所の隣が夫の実家。義父母、義妹が住んでいる。
そのおかげで、娘をあずけながらずっと仕事が続けてこれた。
今、娘は中学生になって、部活で帰りが遅くなり、義父母宅に寄らないことが普通になってしまった。
それまでは、私の仕事が終わるのを義父母宅で待っている娘を迎えに行って、一緒に帰っていたのだが、娘がいないとなると、私も事務や技工の仕事で遅くなったときなど、そのまま、外で「おやすみなさい。」と声掛けしただけで帰ってしまうことが多くなっていた。
自分では、それで良いと思っていたつい先日。
ちょっと用があって、診療室に残っていた時、日頃はめったに来ない義父が、手にアルミホイルの包みを持って、あがってきた。
その翌日が娘のお弁当の日だった。義母が揚げ物をしたので娘の弁当のおかずにと、おすそわけしてくれたものなのだが、「いつ帰っちゃうかわからないから」と義母に言われて、義父が届けにきたのだった。
これには、参った。
やっぱり、外から「おやすみなさい」といっても、耳の遠くなった人達では、聞こえないことも多かったのだろう。
不精はいけないと反省。
それからは、また娘がいた時と同じように、帰りに寄って、しっかり言葉を交わしあってから帰宅することにした。
心なしか、義母の機嫌がいいようで・・・。
何かがあると持たせてくれる。
昨日は、佐渡の一夜干しするめ。
大変おいしくいただいた♪。
ちょっとしたことだが、挨拶・コミュニケーションは大事な潤滑油であることに気付かされた出来事。
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娘を寝かしつけ、自分も寝る支度をしようと部屋を出る。
と、なぜか、鴨川の実家にいる。
いつの間にか、お勝手口に行くと、街灯が煌々と点いていることに気づく。
あら、お母さん消し忘れたのかしらと、スイッチを消す。
ふと、お勝手口のドアを見ると見慣れないドアだ。
戸じまりはしてあるよね。でもどこでカギをかけてあるのかわからない。
まさか、閉め忘れってないよね。
何となく不安がよぎったその時!
そろりそろり、ドアが開いてきた。
えっ!・・・
押し戻そうにも、金縛りにあったようにまったく体が動かない。
ますます開くドアに、頑張って近づいたその刹那、
覗き込んだ男と目が合った。
外人のようだった。
うわっ!
ドアを押してみるが、びくともしない。
逃げる。
パニックになりながらも、頭の中では、娘が寝ている部屋からは遠ざけよう、両親の寝ている二階にはいかないようにしよう、私が囮になれば・・・という思いがあった。
玄関まで逃げたが追いつかれた。
男は刃物を持った日本人に変わっていた。
私が大声を出すことで、二階の父か母が気付いて騒ぐことなく、うまく110番通報してくれたら・・・と思うのだが、全く声が出ない。
私は無力だ。こんな状態で、いったい私に何ができるというのだろう?
『お金をあげるから、助けて』という言葉が浮かんだ。
一生懸命、「お金を・・」と声に出そうとするのだが、全然だめだ。
全身を振り絞るようにして、漸く「お金をあげるから!」「助けて!」と発音できた時、
そして男が、「早くしな!」と言った時、
耳元でざわっと音が聞こえ始め、私は、いつもの部屋で布団に横たわっていた。
非常に疲れた。心臓がばくばくしていた。
実は数年前、実家では、両親の留守中に強盗に入られたことがある。
勝手口のドアノブを壊して侵入され、金庫を破壊して、中に入っていた現金数百万円(集金してこれから納金予定だったもの)が盗まれ、その他、金目の時計やらバッグがやられたそうだ。破壊された金庫の周りには、台所から持ってきたと思われる包丁が2~3本並べてあったという。盗みの最中に出くわしたら、命も危なかったかもしれない。
警察では、荒っぽい手口から、2~3人の外人グループではないかと言っていたらしい。
実家では、セコムに入り、厳重警備をすることとなった。
犯人が捕まらないでしばらくした時、お勝手口のドア横に傷があることを母が見つけた。犯人が再犯に戻ってきたが、警備体制にあきらめ、くやしまぎれにつけていった傷であると思われた。
いまだ、犯人逮捕の報告はない。
何で今頃、このような怖い夢をみたのかわからないが、実際、こうした状況になったときどうすればいいのだろうかと、考えてしまった。
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ここ数日、断続的に雪が降っている。
でも、細かい粉雪で、あまり嵩がいかないのと、時々日が差すおかげで溶けたりして、大雪というほどではない。
夜10時をまわってから、夕方の買い物で買い忘れたものがあることに気づいた。
アルコールが入っているし、歩くしかないが、運良く雪がやんでいる。
今だとばかりに家を出る。
一人で夜道を歩くのは少々怖い気もしたが、外は意外に明るい。
普段は暗い街灯だと思っていたところも、一面が雪だと案外明るいものだ。
朝の準備か、車が出やすいように雪かきをして平らにならしている人がいる。
まだ起きている家庭が多く、窓から明かりがもれ、雪に反映して薄明るい。
500m先のスーパーマーケットまで、ちょっとしたウォーキング。
川沿いの桜並木は、雪明りの道。
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本日は「スキーの日」。
明治44年1月12日に、オーストリアの軍人レルヒ少佐が、高田の金谷山において、日本で初めてスキー術を指導したことを記念して、平成14年に制定されたという。
今日は、金谷山スキー場のレルヒ像の前で記念イベントが開かれた。
世界7大陸の最高峰スキー滑降を成功したプロスキーヤーの三浦雄一郎さんや冬季五輪金メダリストで、参議院議員の荻原健司さんらが参加し、あいさつや献花をおこなったとのこと。(1月13日付けの地方紙に掲載された写真)
レルヒ像への献花は一輪花を持っていけば誰でも参加できたので、できれば行きたかったのだが、仕事のため断念。
ちょうど記念イベントは、昼休みの時間帯に行われていたので、行こうと思えば行けたのだが、交通量・駐車スペースにゆとりがあるかが分からない中、折から雪混じりの氷雨が降っていて、傾斜のきつい山道を限りある時間内で行って帰って来なければならないこと、焦った場合、などを考えると、私の運転技術では無謀であろうと判断し、泣く泣くあきらめたのであった。
晴れていたら、行っていたのに・・・。
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