健康

2009年5月 7日 (木)

発熱

38.8℃!

どおりで、体全体がだるく、熱っぽいわけだった。

5月3日、軽井沢から帰る途中、急激に具合が悪くなった。それまでは、前日からくしゃみと鼻水が少々出ていて、当日は少し頭が重いかなという程度だったのだが、車中で状態が悪化した。これはまずいと、遅まきながら、マスクをする。

食欲はあったので、夕飯は食べ、家に帰ってブログをアップしたところで、力尽きた。

発熱の予感あり、氷枕に着替えに、タオル類一式を整えて、枕もとにペットボトルに入れた水も用意して、床に入る。娘と一緒の部屋なので、マスクはつけたまま寝る。

夜中、2度目の着替えをする前に検温したら、前述したように、近来稀な高熱だったのだ。

やばい!…インフルエンザかも。

明けて5月4日。

朝起きられず、夫も娘も各々朝ごはんを食べたらしい。お弁当も作れないので、娘には、お金を渡してお昼をコンビニで買うように頼む。私は軽くヨーグルトとコーヒーを摂る。

しばらく横になってから、休日診療所の午前の受け付けぎりぎりに受診する。

休日診療所の玄関は、足の踏み場もないくらい靴であふれていた。待合室も、開いている椅子がほとんど見つからないくらいだった。

皆ただひたすらに順番を待っている。小さな子が泣いたり、ぐずったりするのも仕方がないことと思える。 小学生以上の子は泣き言も言わず、耐えていた。

私は肩身の狭い思いをしていた。
「このだるさは、インフルエンザ様症状だ。もし、インフルエンザだったら、昨日私は、マスクもせずに人ごみの中を出歩いていたから、知らずに他人に感染させてしまったかもしれない・・・。」「この中でも、具合の悪い人にうつしてしまうかもしれない。」・・・と。

2時間待ってようやく順番がきた。症状を話すと、インフルエンザの検査をしてみましょうということになった。

待っている間、薬剤師の患者への説明が聞こえてくるのだが、「タミフル」「リレンザ」という言葉を何度となく耳にした。看護婦さんも、次に受診する医療機関に見せるようにと、プリントを何人もの人へ渡していた。やっぱり、インフルエンザは、はやっているのだ。

5日間は服薬が必要で、その間は登校(就業)禁止となる。どうしよう、予約。どうしよう、吹部の保護者会総会の挨拶・・・。

「結果が出ました」と呼ばれてはいっていく。と、担当の先生が、簡易キットを見せながら、「結果はマイナスですね。インフルエンザではありませんでした。」と告げた。

ほっとひと安心。思わず、「ありがとうございました。」とお礼を言って出てくる。

これで、人にうつしたのではという罪悪感からは逃れることができたけれど、どうして、こんなに、だるいのか不思議で仕方がなかった。

会計まで1時間、薬をもらうまでさらに1時間を要し、くたくたになる。

こんなに時間がかかるようでは、ただでさえ弱っているのに、インフルエンザの人と同じ待合室にいて、うつってしまうじゃないかと、文句を言いたくなった。ついさっきまでは、加害者になるのではと恐縮していたのに、今度は被害者になるかもしれないとあって、クレームをつけたがった。勝手なものである。

さて、投薬された薬は5種類。

セフゾンカプセル、PL顆粒、ロキソニン錠、アスベリン錠、マーズレンS顆粒。

食後にこれらの薬を飲むと、眠気が襲って来て耐えられず、布団に入る。

食べて、薬を飲んでは、寝て・・の、繰返しをこの2日間していた。ほとんど記憶が残っていない。

昨日、いただいた山菜で炊き込みご飯を作ったり、竹の子汁を作ったり、きんぴらを作ったけれど、あとは、娘がご飯を炊いたり、夫がコンビニで買ってきたりして、何とか食いつないできたようだ。お弁当も義母が作ってくれたし・・・。

どうやら、熱も下がって、ブログを書く気もおきたのだけれど、まだ本調子ではないようだ。あまり夜更かしをしないようにしておこう。

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2007年6月23日 (土)

中国製品不買運動

「中国製歯磨き粉毒性検出」「中国歯磨き また『毒物』」
これらは、ここ数日で何回か見かけた新聞記事である。
東京、新潟、熊本、佐賀の販売会社が、中国から輸入、販売していたした練り歯磨き粉の中に、毒性のある「ジエチレングリコール(DEG)」を検出したため、自主回収を行っていると書かれていた。

冷凍ピーマンや赤ピーマンもあぶない。
農薬のピリメタニルが、基準の2~4倍も高濃度に含まれていたそうだ。

それだけではない。冷凍おろし生姜、しいたけ、きくらげ、アスパラガス、ウーロン茶etcなど、驚くほどの食品が過去に何らか問題になったことがあるという。

日本ではまだ、実際に健康被害の報告がないようであるが、ハイチやパナマでは、中国産の原料から作った薬品で、多数の死者が出ている。

10年前には、ハイチで、毒性の化学物質グリセリン(たぶん、ジエチルグリコール)の含まれた解熱剤を服用した子ども80人以上が、死亡したとのこと。

昨年の9月、パナマで咳止めのシロップを飲んだ子どもが365人、原因不明の中毒死をしたが、アメリカが調査をしたところ、中国製の原料に「TDグリセリン」=偽グリセリン=安価で毒物のジエチレングリコールがはいっていたことがわかった。

そのアメリカでは、中国産小麦グルテン(量増しのために、有機窒素化合物のメラミンが添加されたもの)の入った、ペットフードで犬や猫が中毒死をするという事例も生じている。

日本でもまだあった。

土鍋や、機関車トーマスのおもちゃの塗料から、鉛が検出されたり・・・。

中国政府は、こうしたとんでもない会社・工場をどうして野放しにしておくのか?

このままでは、国家的犯罪と言われても仕方がないのではないか。

「食」だけではなく、モラルが欠落していると思われることが噴出している中国。ディズニーや、日本のアニメの知的所有権を侵害している遊園地や、グッズ。DVDやCDの海賊版の横行などを許している中国政府は、何をやっているのか。

(娘が定期テストで勉強していたが、その昔、大宝律令や平城京で、日本のお手本となっていた中国は、いつから堕落したのだろう。)

各国はもう少し、中国に責任を追及してもいいのではないだろうか。

商社も「安い」から、収益のためだけに取引をするのではなく、いいかげんなことをするところとは取引をしないという毅然とした態度をとることも必要なのではないか。

「中国製」「中国産」「made in china」の品物があふれている現状では、不可能なことかもしれないが、『中国製品不買運動』を提唱したい。

できるところから、少しずつ。

椎茸、にんにく、ブロッコリなど、中国産はボイコットし、倍の値段がついていても、国産の物を買うようにしているこの頃の私である。

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2007年2月27日 (火)

アンチエイジング

いつまでも若々しくありたいというのは、クレオパトラの昔より、女性の願いであったし、不老不死を願うは秦の始皇帝を始めとして男性も同じであった。

今、アンチエイジング(抗加齢)という言葉で広まっている。

遺伝子異変、細胞機能低下、フリーラジカルによる体の酸化、免疫力低下、ホルモンレベル低下などのエイジング(加齢・老化)に対して、これを予防し、アンバランスで、病的なものを治療し、精神的にも肉体的にも元気に長寿を享受しようとするものである。

手っ取り早くは、美容、コスメ。
成果が見てすぐわかるくらいに現れるから、人気なのだと思う。

シワ取りや、たるみ、脂肪吸引などの施術をする美容外科の料金表を見て、目が飛び出そうになる。地道に毎日時間をかけて保険で子どもの歯を治療しているのが馬鹿らしくなるくらいの値段なのだが、需要があるから成り立っているのだろう。

それとは別に、自分の毎日の努力で成果をあげることができる。
お肌を科学的に正しい方法で、毎日きちんとお手入れすれば、効果が現れる。

昨日会った、同い年のFさん。
昨年の教養講座で学んだことを忠実に実行していたら、特に「手」に効果が現れたと言って、見せてくれた。なるほど、白くてすべすべになっている。マニキュアも塗るようになったとのこと。アンチエイジング効果である。

実は、私も同じことをしていて(仕事上、マニキュアは塗れないが・・)密かに、手はすべすべになったかなと思っていたところであった。いつもは、冬になると、かさかさ、しわしわの「婆手」になっていたのに、今年は違う。少し、手が若返った感じ。

アンチエイジングでは、サプリメントも人気がある。

私の場合は、免疫力低下と腰痛を予防するのに、ビタミンBコンプレックスが、効果的だったと思われる。
昨年秋から、毎日飲みつづけていたら、少しくらい無理をしても、風邪はひかない、腰痛も起こらなかった。それでも、ウォーキングを週に3回以上、ストレッチは、朝晩毎日つづけていたからだろうと思っていた。

ところが、うっかりビタミン剤の買い置きを忘れ、何日も飲まなかった日が続いたら、(いろいろ油断やら悪条件も重なったためだとは思うが、)先週風邪でダウン。と、同時に、それまでウォーキングも続け、朝晩、しっかりストレッチもしていたのに、急に腰痛が・・・。ちょっと良くなったかと思うが完治せず、今日まできてしまった。

(エイジングのためか、治癒に時間がかかるようだ。)

日常でアンチエイジングを実践するには、ある程度サプリメントも必要だし、日々努力をし続けなければならないということを実感した。

そういえば、森光子さんは、、毎日、スクワットや関節の運動を欠かさず続けているそうで、とても、御年80+α才とは、思えぬ若さを保っている。
これこそ、アンチエイジングのお手本であろう。

私も、筋トレを一つ、メニューに加えよう。

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2006年6月19日 (月)

復調の兆し

周りの皆さんに大分ご心配をおかけしてしまった。

カイロプラクティックで歪みを治し(今回が一番痛かったので、一回では治しきれず2日連続通院した)、冷湿布で急性の炎症をとり、鎮痛剤を飲み、休日は一日中安静にし(つまり、何もせずグダグダと過ごし)、熱が取れたら、靭帯が硬直しないように温湿布をし、エレキ判で血行循環を良くし、痛くない程度にストレッチを始め、どうやら、まだ体は左にやや傾き気味だが、普通の速さで歩けるようになってきた。

寝返りを打つのもそう苦痛ではなくなってきた。

くしゃみもできる。

1週間以上かかるかと思っていたが、あさっては人形劇の本番だし、その2日後は学年PTAの懇親会があるし、早く治さなければならなかった。(もう既に、今日は、町内の子供会会長などが呼ばれる委員会に出てきたし・・・。)

良くなってきて嬉しい。

そうそう、ここで夜更かしをしては元も子もない。

おやすみなさい。

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2006年6月16日 (金)

悪夢

このところ、調子が良かった。

ウォーキングも続け、朝晩のストレッチも行い、順調だった。

目標の6月まで無事に過ごす事がほとんどクリアできていた。

なのに・・・

寝る直前の出来事だった。

本を探していた。

椅子の上に積み上げた本の下の方を見ようと立ったまま、積んである上の本を持ち上げた。

ぐっと力が入ったその瞬間、「ギクッ」と悪夢のような激痛が走った。

ぎっくり腰のアタック。

油断・・・

力を入れるときの姿勢が大事だと肝に銘じたはずなのに・・・

懲りない自分に腹を立てている。

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2006年6月 4日 (日)

歯の衛生週間

6月4日~10日は、歯の衛生週間です。

という広告が今日の朝刊に載っていました。LIONの提供です。

6月4日の今日は、ムシ歯予防デーということで、全国的にイベントが開催された事でしょう。

私達、図書館ボランティアも6月下旬の校内読書週間で行なう低学年向けの人形劇で、歯の衛生にちなんだ話をすることにしました。

「歯医者さんはこわい?」という題で、春の歯科検診で、治療勧告書を学校からもらった、おおかみのおーくんと、おさるのモンちゃんが、『歯医者に行かなければならないんだけど、周りの友達が歯医者は怖いといっている、どうしよう』、『小さい時に行ったことがあるけど、なにやら機械の音が怖かった』と、元気をなくしていることから始まるお話。

歯肉炎や、ムシ歯の原因となるばい菌のことや予防方法について、立体オブジェを作って人形と絡みながら歯医者の先生に簡単に説明させます。
そして、おおかみのおーくん と おさるのモンちゃんの友達であるこぶたのぶーこちゃん が、実は、たくさんのムシ歯を作ってしまって、治療した経験があるのだけれど、今は定期的に歯医者に検診に行き、家でもケアしているおかげで、ムシ歯ができないので、歯医者がこわくなくなったという設定で話をさせます。

結局、歯医者は、治療に行くのではなく、予防のために行くようにすればこわくないのだということをアピールして終わるお話です。

欧米では歯科医院へチェックアップに行くのは当たり前のことで、授業やクラブ活動の時間中に行く事も周囲の理解を得られるそうです。自分の健康は自分で守るということが徹底されているのでしょうね。(もっとも、アメリカなどは治療費がバカ高いので、予防をせざるを得ないという裏事情もあるようですが・・・。)

日本では、授業はもちろんのこと、塾、部活が最優先ですから、子供達は忙しくて、歯医者なんぞには、行かれないというご家庭が大多数です。

親御さんや、先生の意識改革が必要なんじゃないでしょうかね。

まず、健康である事が第一であるということ。健康を守るために、病気の予防ですが、ムシ歯や、歯肉炎の予防に関しては、EBMがかなり確立されているので、予防のためのチェックアップをしない手はないだろうと・・・。

子供達にばかり、「健康教育」をしても周りの大人の意識が変わってなければ、なんにもならない。子供達を歯医者に行かせたり、連れて行くのは周りの大人だから・・・。

こんな事を思った一日でした。

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2006年1月23日 (月)

自業自得(つづき)

自己管理ができないせいで、痛い思いをしなければならなくなったのは仕方がない事だけれど、やっぱり何とかしたいと思い、今回は、カイロプラクティックの先生に救いを求めることにしました。
カイロプラクティックの先生からは、骨盤の位置も良くなってきたので、あとはメンテナンスに通えばいいと言われていたのでした。それなのに、また、おかしくなったので診て欲しいと行くのは、少し恥ずかしい気がしましたが、背に腹は代えられません。
今の状態が、少しでも改善されることを願って、受診したのでした。
先生は、一瞥すると『右の骨盤が上がっていますね。』と一言。
なんでも、右の骨盤が後上方に回旋していて仙腸関節の動きが悪くなり、ひいては第5腰椎の動きも悪くなっているとのこと。
右が悪いので、痛みは左にくるだろうと言われました。
まさにその通りでした。左足はズボンも靴下も、苦もなく履けるのに、右足は付け根のところから曲げることができません。腰の左側にズキッと痛みがはしり、履くのにどれだけ苦しい思いをしたことか…。

『動けるようにしておきましょう。』と先生。……………いつもは気持ちがいい位の施術だったのに、今回は痛い!思わず『痛・た・た・た・た…!』と口に出てしまうと、先生から笑われてしまいました。

『だんだん動くようになりますよ。』『痛みがなくなったら、くれぐれも運動不足にならないように。腿から足を高く上げる運動をしましょう。』

この、先生の言葉を背に帰宅したのですが、その言葉通り、右足を動かしても、痛みがだんだん減ってきて、とうとう今日は、右足も普通に履けるようになりました。
よかった〜♪

ただ、まだ長く立っていると鈍痛がするし、やかんや鍋を持とうとすると、痛い時があるので、完全ではありません。もう少し、コルセットをして安静が必要でしょうね。

買い物の時は、娘が重いものを持ってくれるので、ずいぶん助かります。

この度は、2ヵ月半しかコンディションを維持できなかったという自分の不甲斐なさを、世界中に公表してしまいました。自身の甘さがよくわかったので、目標は小刻みに、まずは6月まで、無事に過ぎるように努力しようと思います。

また、ご報告いたします。

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2006年1月21日 (土)

自業自得

やってしまいました。
18日の朝、椅子に腰掛けていた時、急に左の足の付け根から腰にかけて何となく違和感を感じたので、『あっ、もしかして…』と嫌な予感がしたところ、みるみるうちにその予感が的中。立って歩くのが辛くなり、ソファに座りたくても腰を下ろせない、よつんばいが一番楽な状態となり、動きが制限されるように。デニムのパンツを履こうにも、右足を曲げて履き口から入れようとするだけで、左腰に激痛が走る!

うわっ、何ということ…これで1週間以上、まともに行動できないじゃない…勉強会も、美容院も、大正琴も、スキーも…予定がガラガラと崩れていく。

何がいけなかったんだろう。朝晩、腰痛体操してたはずなのに。

考えられる原因は?
◇このところ、ウォーキングしてなかった。
◇いつもは免除して貰ってたのに、今年はさすがに、自主的に雪掘りや根雪ならぬ根氷割りをした。

◇前日、主人の従兄弟のHP(空想美術館)を見つけ、夜更かしして見ていた。

体操しようと電気カーペットの上に仰向けになったら、変な態勢のまま、記憶がなくなった。1時間位眠っていたらしい。

遅くなってしまったので、おざなりに体操を済ませ、布団の中に入った。

◇その前はインターネットで調べ物をしてしまったら、遅くなった。早く寝ようと思って、暖房を消していたため、寒くなってしまったが、眠かったのでお風呂に入る気が起きず、はしょって体操を済ませた後、寝た。

…………………………
ここまで書いてきたら、自分自身呆れてしまいました。

運動不足、睡眠不足、同じ姿勢をとり続ける、冷えなど、やってはいけないことのオンパレードではありませんか。
腰痛体操していると言っても、おざなりやはしょってしてたのなら意味がないでしょう。喉元過ぎれば熱さ忘れるというけれど、まさにその通り。自分に甘いこと限りなし。

あれほど「予防を」
と心に誓ったはずだったのに…。

自分で消炎鎮痛の処置をしたものの、歩行時の痛み、寝返りの時の苦しみ、緩慢な動作しかできない苦しみからは逃れようがなく、これも自業自得と、甘んじて罰として受け入れていたのでした。

                                      (つづく)               

   この記事は寝転びながら携帯のロングメールを打って投稿しました。

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2005年11月22日 (火)

ウォーキング始めました

今日で4日目。3日坊主ではなくなりました。

きっかけは、学年の親同士の懇親会(飲み会)の席上でのこと。

学年副委員長のYさん(男性)が、今年の春から調子が悪く、病院に行ったところ糖尿病と診断され、食事と運動療法をしなければならなくなったという話から。

7月頃より、夜のウォーキングをしているといいます。8時半から1時間くらい。

お酒の勢いもあって、ムードメーカーのTさんが「皆で一緒に歩こうよ!」

リーダー格のSさんが、「明日よる8時半に〇〇に集合ね。」

こうして、運動不足を解消したい5名の有志が集い、Yさんと歩くことになったのでした。

初日は冷たい雨が降っていました。まさか雨の日は・・・と思って電話をかけると雨天決行とのこと。「ひぇー。」みんな、やる気満々なのでした。

夜の街はいろいろな発見があります。夜からしか開かないお店。「こんなところにこんなお店が・・・。」「ここの料理、なかなかいけるよ。」新しい情報も得られ・・・。

お堀の淵を歩いた時は夜の吸い込まれそうな闇、何物かが潜んでいそうな闇を感じ、思わず、もっと暗闇だったはずの昔は百鬼夜行が本当にあったかも・・・なんて考えてしまいました。

まあ、男性が約1名いるので、少しは心強いかな。

学校が休みのときは子どもも2~3人いたりして、総勢9名の団体が夜の道をぞろぞろ行く様は、ちょっと変かもしれない。何かの宗教団体のようで・・・。

Fさんを先頭に歩くので、かなりハイペース。以前は早歩きには自信があったのに、どうしたことかすぐ離される。衰えを感じてしまいました。

また、年をとると、筋肉痛はすぐには起きず、日にちが経ってから起きてきます。お風呂に入ってよくマッサージしましょう。

なんだか楽しい仲間とウォーキングを続けるつもりですが、果たしてどのくらい続くかな。

これから雪の季節になりますしね・・・。

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2005年11月 6日 (日)

腰痛顛末記~結び~

 この一連の日記を書いてきて、気付かされたことがある。

それは、明らかに若い頃とは違うと言うことだ。(それもそのはず、人生の折り返し地点をとっくに過ぎていたことに今さらながらに気付く。)

気持は変わらないつもりでいても、体の方の衰えは確実に現れてきている。回復に時間がかかるようになって来ているのだ。

悲しいことだが、年をとったということを自覚して、これからのライフスタイルを考えていかなければならない。

夜更かしなんてもってのほか・・・なのである。

今回治ったばかりの「腰痛症」の原因だが、この体の凝りには心当たりがある。

この『徒然なるままに』のブログ(今年の3月に開設し、6月からまともに記事を書くようになったもの)だが、まず、さくさくと記事が書けない。

何事をするにも、テンポが遅いことが一因(専攻生時代に先輩が私の仕事ぶりをビデオにとってくれたことがあったが、2倍速で再生して何の違和感もなかった・・・。)であることと、一回で満足のできる表現ができないので、読み返しては書き直しているため時間がかかってしまうのだ。

さらに調べ物をして書く時など、興味の赴くままに、果てもなくネットサーフィンをしてしまうことも、時間を費やすもととなった。

とにかく記事を書くのに、かなり長時間パソコンの前に座っていた。

また、他の人達の書いたブログを読むのが楽しく、新着情報や、コメント、トラックバックなどをどんどん辿って行ったりして、つい夜更かしをしてしまい、同じ姿勢でパソコンの前に張り付いていたこともしばしばあった。

下手をすれば明け方まで起きていたこともあり、さすがに眠くて、それまでは寝る前にしていた腰痛体操もするのが億劫になって、そのまま寝てしまったりもしていた。

そんな不摂生をしたものだから、体が悲鳴をあげたのだ。

若い頃なら無理がきいたことも、だんだん無理ができなくなっていることがよくわかった。

月並みだが、やはり「睡眠」「栄養」「運動」の三原則は大事で、今までの経験から、どれか一つでもなおざりにすると、腰の痛みが生じてくることもわかった。

私は、ご多分にもれず、喉元を過ぎると熱さを忘れる、健康な時はそのありがたみを忘れているタイプの人間のようなので、(睡眠が大事と言っているそばから、この日記は夜中になって書いている・・・。)肝に命じておこうと思う。

腰痛は起きる前に予防しよう。

「ストレスをためない」「血行を良くする(冷やさない)」「ストレッチする」ことも加えて腰痛予防をしていきたいと願う。

これらのことは、ひいては、色々な疾病予防にもつながることであり、こうして健康を維持することがQOLを高めるもとになるのだということで、この顛末記の結びとしたい。

   

    追記

  話をしてみると、私の周りには腰に持病のある方が何人もいらっしゃるようだ。

お若くして、ヘルニアの手術をされた方や、ご主人が、何度も手術を繰り返し、転職も余儀なくされた方、やっぱり何回もぎっくり腰になる友達、自分なりの腰痛症の予防法をされている、私より少し年上の方・・・。

腰痛談義には花が咲く。

肝心だから大切にしたいものだ。

皆さん、一緒に気をつけていきましょう。

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2005年11月 4日 (金)

腰痛顛末記~転帰その3~

 9月の終わりから、断続的にほぼ一ヶ月余り、悩まされ続けた今回の腰痛は、カイロプラクティックをしてもよくならないものだった。

骨盤の歪みはほぼ改善されているからなのだ、と思う。

それではなぜこんなに痛むのか?

一年前、ショックを受けたレントゲン像が忘れられない私は、第四と第五腰椎の間の椎間板軟骨が磨り減ったためだと思い込んでいた。

やはり、正確な自分の病態を知るべきだと思って、再び整形外科を受診した。

主人の実家から目と鼻の先にある、内科、外科、産婦人科などが併設されている比較的大きな病院の整形外科。以前は、外科の先生が掛け持ちで、整形外科も診ていたのだが、その先生が開業のため退職されてからは、外科、整形外科それぞれの先生が着任することとなった。

そんな事情と、とにかく近いので仕事の合間にも受診できることが魅力で通院することにしたのだった。

既往歴をいろいろ書いたら、正面と側面だけでなく、背中をそらせたり、丸めたりするようなポーズのレントゲン写真も撮らされた。

診察の時に見せられたレントゲン写真・・・驚きの結果だった。

それは、20年前にみたものとさほど変わっていないものだったからだ。

「このくらいなら、すごくひどい痛みではないでしょう。」

『えっ、ちょっと待ってください。歩行や生活に支障をきたすような痛みがひどい痛みではないのでしょうか。』『実際に私よりもっと重症な方から、あなたの痛みはまだましなほうですよ、と言われるのであれば納得できるんですが、そんな経験のない先生からは言われたくないです。』と心の中で反論した。それに、「痛み」をどう感じるかは個人差があるのではないでしょうか・・・

と、同時に10年以上前のことだが、春先の、コンディションの悪い雪に突っかかって前のめりに転び、鞭打ち症状態になってしまい、県立の総合病院の整形外科を受診した時のことを思い出していた。その時の若い女の先生は、問診も触診もせず、ただ、首のレントゲン写真を見ただけで、「たいしたことありませんね、もっとひどい人に比べたら。」と、のたまうたのだった。『はい?!』そんなことを言ってもらっても、何の解決にもならないんです。私は仕事柄、いつも首を下に向けたり、ひねったりしなけらばならないので、二、三日我慢したけれど、仕事を続けるのに苦痛で仕方がないから、何とか症状を和らげてもらいたいと思って来たんです。

患者の痛みを知ろうとしないお医者さん。私はこのときから少しばかり、医者に対して不信感を持っていたのだった・・・。

まあ、それはともかく、今度の、私より少し年上の男の先生は、私の話を聞いた後、蝕診して、鎮痛剤と筋弛緩薬を処方してくれた。そして、リハビリ科への通院を勧めてくれた。

リハビリ科では、低周波の電流をかけたあと、ホットパックをしてマッサージというコースだった。(途中から低周波は省略されたが。)

ホットパックが気持良かった。温めて、血行を良くしたところでマッサ-ジ。

私の担当の理学療法士さんは30代になったかならないかという若い女性だったが、患者である私の気持をほぐそうと、色々話し掛けてくれながら、マッサージをしてくれた。

「左右差がありますね。右にゴリゴリと、血行の悪いところがあります。」「かなり、凝ってますね。」

筋肉の凝りは、バイオフィルムのように固く張り付いて、それが腰から背中、肩へと何層にも固着していたようだ。

毎日リハビリ科に通った。

リハビリ科では通院の患者さんや入院患者さん、いろいろな症状の患者さんが来ていた。

理学療法士さん達は、患者さんたちに世間話をしたり、軽口をたたいたりして、体だけではなく心もほぐそうとつとめているようだった。

通院の患者さん達は、受け答えをして、笑いもこぼれていたが、入院患者さん達は余りのってこない。歴然たる差があった。(それでも理学療法士さん達は、気持ちを引き立てようと、声掛けを続けていたが・・・。)

入院患者さんの中では、術後のリハビリで歩行訓練をしている人は別で、退院に向け、意欲的に取り組んでいたようだった。

私の張り付いていた痛みは薄皮を剥ぐように少しずつ和らいでいった。

整形外科での次の診察日、私は今回の痛みの原因は、腰椎そのものにはなく、筋肉の凝りだったのかと、先生に聞いてみた。また、風邪をひいたり、インフルエンザで腰だけが狙い撃ちされて悪化したのは、細菌やウィルスの影響があるのかとも聞いてみた。

さらに、去年あれだけ狭く写っていた椎間板が、今年のレントゲンのようにほぼ、20年前の状態に戻っているのはどうしてなのか、カイロプラクティックや、サプリメントの効果のことなどを聞いてみた。

先生は、カイロプラクテックやサプリメントは「医学的ではない」と一蹴された。レントゲンによる椎間板の間隔の変化については、回復することは余りないことと、撮り方が違うのではと言葉を濁される。(去年のレントゲンを見ずに先生がコメントできないのは当然であるが・・・。)
しかし、先生はカイロプラクティックは医学的ではないと言われるが、去年の腰痛は明らかに歪みを治してもらったら、改善したのだった。

細菌やウィルスが原因となるものはまた違う病気であることと、筋肉の凝り、緊張が痛みを誘発することをおっしゃた。

「ストレスでも痛みは出ますからね。それが腰痛症というものですよ。」

そうだったのか。目からうろこの思いだった。

顎関節症と同じなんだ・・・。顎関節症は、顎関節に直接的な障害がなくても、関連する筋肉がトリガーとなって、顎関節に痛みが生じる事が多い。ストレス、姿勢も影響を及ぼす。

椎間板に異常があると思い込んでいたため、考えが及ばなかったのだ。

原因がわかって、リハビリ科での治療にも熱が入った。痛みが薄らいできてからは、ストレッチに筋トレもメニューに加わった。

家でも朝晩欠かさずに、メニュ-をこなすと言う前提で、私はめでたく、リハビリ科卒業ということになった。

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2005年10月31日 (月)

腰痛顛末記~転帰その2~

 調子が良いと、人は油断をするものらしい。(私だけかもしれないが・・・。)

 カイロプラクティックと水中ウォーキングをしていることで、変に安心してしまい、予防しようとする心構えに欠けていた。

海で泳いだ後、ぬれたまま、冷房の効いたた室内に入って腰を冷やした。

 覿面に、腰の奥から鈍い痛みに攻撃され、神経が声にならない悲鳴をあげた。「あっ、まずい!」と、あわてて温かいジャグジーに入って、冷やした腰を温めようとしたが、あとの祭り。実家から帰るときだったので、脆い腰で何時間も乗り物に乗り続けなければならず、きっちり一週間以上、腰痛に苛まれることとなった。

体を冷やす作用のある食べ物を続けて食べた。

 カイロプラクティックの先生から 、体を冷やす食べ物を偏って食べないほうが良いと言われていたのだが、贈られてきた牡蠣を、毎食色々な調理法で、牡蠣尽くしにして食べていたら、腰の様子がおかしくなった。牡蠣は体を冷やす食べ物らしいのだ。 食べ物のバランスが大事だった。

免疫の低下する期間に風邪をひいたり、インフルエンザに罹る。

 基礎体温を測っているのだが、低温期になると感染に弱くなるようなので、それをうまく予測として使えればよいのに、つい怠る。また、歳のせいか、きっちり高温期と低温期の二相に分かれない時もあり、予測に使えない。結局ずるずると風邪にやられてしまう。

今年の春に罹ったインフルエンザ(B型)はその風邪で弱っていたところを狙われた。

節々が痛むという特徴があるが、私は腰の痛み!特に寝返りを打とうものなら、その痛みの余り、毎回目覚めてしまうほど・・・。

何日も夜更かしして、睡眠不足になる。

毎日の運動を怠る。(運動不足)

ずっと同じ姿勢をとったままでいる

  わかっているけれど、ついしてしまい起きてくる、生活習慣病のようなもの。

気をつけなくちゃと思った時には既に遅し。忍び寄ってきた腰痛に捕まっている。

と、まあこのような遍歴を繰り返していたのだが、三種の神器のほかに、ビタミンB製剤、グルコサミン、コンドロイチン硫酸、コラーゲンなどのサプリメントを飲んで、症状を和らげていた。

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2005年10月30日 (日)

腰痛顛末記~転帰~

 ぎっくり腰を起こさなくとも、腰痛に見舞われるようになったのは、私の場合、出産してからだった。

仕事に復帰してから、朝、娘を主人の実家に預けるために、おんぶや抱っこで急ぐ。ふにゃふにゃだった赤ちゃんがしっかりしてくると、横抱き用のウエストポーチの座らせ、足早に歩く。これが、かなり腰に負担だったようだ。

時期的に、路面に雪が残っていて、ベビーカーが使えなかったり、その時はまだペーパードライバーだったため、赤ん坊を連れて自分の足で歩くしかなかったことによる。

慢性的に腰が重い感じだった。

この後、何らかのきっかけ(疲労、睡眠不足、風邪、生理、etc)によって、痛みも生じるようになってしまったのだ。

ぎっくり腰とは少し異なり、徐々に痛みが増していき、同じように日常生活に支障をきたすようになる。

対症法は消炎、安静、血行改善。これで、病院に行かなくとも、ほぼ一週間で、痛みは消退していた。

今思うと、必ず治っていたので、辛い一時期を我慢しさえすればいいなどと、高をくくっていいた感がある。

ところが、去年の春から事情は一変した。

何をしても一向に良くならないのだ。むしろ、悪化して行き、まっすぐに立ったつもりでも、鏡を見ると右と左で腰の位置が明らかに違う。背骨が曲がっていて気持ちが悪い。不安でいっぱいになる。

これは病院で診てもらわなければと、口コミで評判の整形外科に行ってみた。

個人病院だが、MRIもある、大きな病院。とても混んでいる。初診で、予約もないため、最初にレントゲン写真をとってからは、だいぶ待たなければならなかった。

痛みのある時に、レントゲン撮影をすることは苦痛を伴うが、初めての時に比べて、体位変換のコツをつかんでいるため、それほど問題ではなかった。

いよいよ診察。私と同年輩か、もう少し若い男の先生。とても気さくで、ていねいである。

「何か心当たりはありますか?」と聞かれたので、「福岡に行った帰り、重い荷物を片手に持って、空港をうろうろとお土産探しをしていたことがいけなかったのではないでしょうか?また、乗り物にずっと同じ姿勢で乗りっぱなしだったことも・・・。」「それで、帰宅後、すでに腰が痛かったのに、その翌日、子どもの運動会で、観戦しなければいけなかったのが悪化した原因かもしれません。」

「レントゲンを見てください。ここの隙間、椎間板がだいぶ狭くなってますね。」

見ると、件の第四と第五腰椎の間が今にもくっつきそうな按配である。「えっ?」私は目を疑った。20代の頃のレントゲン写真の像とは余りにも違っていたので。

ショックだった。

「先生、よくなるでしょうか?」

「少し磨り減ってきましたので、元通りになることはないと思います。でも、これ以上悪化させないように、痛みが退いたら、運動をしましょう。水泳などいいですよ。」

それと、家事のときの足の位置や、立ち居振舞いで気をつけること、腰痛体操などを教えてくれた。

最新のコルセットを即座にしてもらい、大量のシップ薬(貼り薬と塗り薬)と、鎮痛剤に、筋弛緩剤が処方された。

まじめにコルセットを締め、シップ薬を貼り、薬を飲んだ。

一週間経った。しかし相変わらず痛みは退かない。

私の頭の中は、第四腰椎と第五腰椎のことでいっぱいだった。

痛みが退かなければ、運動もできない。また、再診しようかと思ったが、車で行かなければならないところだし、大変混んでもいるところである。それに、また整形外科に行ってもダメなのではないかという思いがよぎる。どうせ、同じ対症療法なのではないか・・・。

その時ふと、私達夫婦の先輩で、ひどく腰を悪くした人がいたのだが、ある整体医院に行ったら、すっかり良くなり、ゴルフもできるようになったという話をしていたことを思い出し、わらをもすがる思いで、その医院を紹介してもらって行ってみた。

正確には、整体というか、カイロプラクティックをしているところだった。

オステオパシーという、骨を動かす技を持っている先生らしい。

『骨盤が歪んで、右足のほうが短くなっている。骨の動きもずいぶん硬くなっている。』というのが、私に下された診断である。

骨盤の歪みをとることと骨の動きを良くする施術が行われた。あと、炎症を取るための生薬のシップ薬を貼ってもらった。

一回では効果が現れないとのことで二~三回通った。。「ボキボキボキ」とすごい音がしたが、不思議に痛みはなかった。予約制、30分余りの施術なので、通いやすい。場所も近い。通うたびに楽になってゆく。

生活に支障がなくなった。

明るい気持ちが戻ってきた。

普通は、良くなるともう来なくなる人が大半なのだが、その先輩は、メンテナンスのため、二週間に一度は必ず来院しているという。

私も仕事柄、椅子に座りっぱなしの事が多いため、先輩を見習って、同じように通うことにした。骨盤の歪みはとれたが、背骨の動きや首の動きは、まだだいぶ硬いままのようなので。

その先生からも水泳を勧められた。あと、歩くことも。

そこで、早速水中ウォーキングを始めることにした。

カイロプラクティックと水中ウォーキング。これらをすることで、しばらくは、とても調子の良い日が続いたのであった。

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2005年10月25日 (火)

腰痛顛末記~経過~

最初にぎっくり腰を起こしてからは、たびたび起こすようになってしまった。

たとえば、何かを動かそうという時、そんなに力んだつもりはなくとも、「ギク」。「やっちゃった・・・」

片足立ちで、靴下を履こうとして、「ズキッ」。「何で?・・・」

掃除機で掃除をしている時、ホースを持つ手をちょっと伸ばしたところで腰に「ビリッ」。「えっ、どうして?」

歩いていて、振り向いた瞬間「ウッ」。「やばっ」   ・・・etc.

いずれも、そのままの姿勢で何分間かじっと我慢の子。

シップ薬とコルセットは常備してある。

娘が手助けのできる年齢になり、運良く近くにいれば、持ってこさせるが、そうでない時は、四つん這いになって這って取りに行かなければならない。

シップ薬を貼り、コルセットで固定して、つかまり立ちをしてみる、
OK。

ようやく二足歩行が可能になる。

鎮痛剤を飲んで、準備万端。姿勢を良くして、お仕事しよう。

背骨をピンと伸ばしていればいいのだが、かがんだり、捻ったりすると激痛。
椅子から立つ時、布団から起き上がる時、痛みに襲われる。

洗顔、トイレ、ズボンや靴下をはく、足の爪を切る、そんな日常生活に支障をきたす。

なるべく痛くない仕方を、試行錯誤で見つけながら、
痛みをかばって変な歩き方をしたせいで凝った背中や、肩にピップエレキ判を貼り、
1週間余り腰痛と付き合ったのち、ようやく開放される。

そんな日々を一年に何度か繰り返していたのだった。

(風邪も治り、ようやく、復帰。腰もリハビリ科での理学療法で生活に支障がないほどに回復し、ほっとしている現在。)

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2005年10月18日 (火)

腰痛顛末記~発症~

付き合いの始まりは20代後半だった。

きっかけは確かではない(多分、何か急に重い物を持ち上げようとしたんだと思う)が、「ギックリ腰」を起こしてからである。
その名の通り「ギクッ」と腰に電撃的疼痛が走ると、痛みの余り、そのままの格好で動けなくなってしまう。

『あぁ、どうしよう!』というパニック状態の自分と『これが「ギックリ腰」というものか〜』と変に醒めた自分が交錯しながら、呪縛が解かれ、そろそろと身動きがとれるようになるまで固まっていた記憶がある。

動けるようになったといっても、普通の歩き方ができるわけではない。頭を前傾し、お尻を少し突き出しヨチヨチと、所謂「アヒル歩き」しかできない。腰痛持ちの典型的な歩き方だ。

まだ恥じらい(?)の残る20代で、こんな歩き方を余儀なくされ、病院の整形外科に行った。
腰のレントゲン写真を撮ってくるよう指示されて、レントゲン室に行ったが、台の上に乗って、仰向けになるのがまず一苦労。横向の写真を撮る為に体位を変えるのに四苦八苦。撮り終えて起き上がるのも大変。(今ならコツがわかるが…)検査をするだけで、こんなに難行苦行を強いられるとは思ってもみなかった。

「特に大きな異常はないようですが、第四腰椎と第五腰椎の間の椎間板が少し狭いですね。」
との診断で、鎮痛剤と湿布、コルセットの三種の神器を処方された。
急性炎症をとり、安静にして、アヒル歩きを一週間、ようやく普通の生活に復帰できた。

こののち、「えっ、何でこんなことで〜!」というような理由で襲ってくるギックリ腰に、何度も見舞われることとなり、また、ギックリ腰によらない腰痛発症の素地を作ってしまうこととなった。

(数日前より風邪をひいてしまったら、そろそろ治ってもよい頃の腰痛が悪化している。咳やくしゃみの時の痛みは悪夢のようだ。インフルエンザに罹った時もそうだったが、まるで、細菌やウィルスに腰を狙い打ちされているよう…。何日もPCの前に座れずにいる。)

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2005年10月13日 (木)

腰痛顛末記

ここ2週間余り腰痛に悩まされている。

4〜5日でいったん良くなったのもつかの間、油断して悪化してしまったのだ。

長く腰掛けていると痛み、立ち上がる時にまた痛み、歩くのもたいそう。
くしゃみなどしようものなら、電撃的な疼痛が腰を襲う。
何かしようという気力も奪われ、横になっていたい。
ところが最悪の時には、横になってはいても、寝返りが打てないのだ。激痛に見舞われるため、寝返りがこわい。

それでも、3〜4日前より好転の兆しがあり、気力も回復してきたので、予定通り学会出席のため、10日に東京へ出かけた。

早朝6時の快速列車。ボックスシートに腰を下ろした瞬間、『ウッ、やばいかも…』
椅子の角度、クッションの状態がまったく合わないのだった。
どんな腰掛け方でも5分たりとも座っていられない。他の人がいないのをいいことに、足を伸ばしたり、膝を立てたり、横になってみたり、あらゆる態勢を試してみたが効果なし。まるで「椅子がこわい」の夏樹静子さん状態だった。

おかげで、いつもなら乗り継ぎの駅までうとうとと睡眠の時間だったのに、一睡もできなかったのである。

長年腰痛と付き合っているが、こんなに座れなかったのは初めての事だった。
新幹線に乗ってからは、さすがに出掛けに飲んできた鎮痛剤が効きだして、まともに座っていられたが…。
まあやっぱり少し苦痛の一日であったことは確かである。
良くなるとすぐに無理するのが私の悪い癖だ。

夏樹静子さんは結局、心因性疼痛障害の腰痛であって、凄まじい闘病の結果、完治されたが、私のは器質的な変形があるらしいので、完治はしないと言われている。
腰痛と付き合っていくしかないようなので、次回また、それについて書いてみようと思っている。

(このところ、PCの前に座らず、寝転びながら携帯から投稿している。ちょっとお利口とは言えない携帯なので、変換に手間取り疲れた〜!)

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