妙高の今年の秋は、ここ十数年のうちで、終わりが最も遅いという。
おかげで、立冬を過ぎても森は、秋の恵みを残しておいてくれた。まるで、私達が来るのを待っていてくれたかのように。
キノコ汁はおいしかった。
少し大根が硬めだったりして、火の調節の難しさが感じられたが、野外で季節のものをいただくという口福を味わうことができた。2杯も3杯もお代わりする人がいた。
キノコ汁の中には、私が却下されたのとよく似たものも入っていたので、聞いて確かめたら、食べられるものだという。やっぱり、きのこはよくわからない。どうやら、私は食べる人に専念したほうがよさそうだ。
かくれ家作りの班は、まだ屋根や壁ができていなかったが、この中にシートを敷いて、お昼を食べていた。
柱を組む縄を縛るのが大変らしい。完成が楽しみである。
昼食後、蔓で編んだブランコで遊んだり、しばし、子供達の歓声が森の中に響いていた。
さて、午後からの活動の最初は、「秋の数探し」であった。
1から11までの数に当てはまるものを森の中から探してくる親子対決ゲーム。
1枚の葉、2個くっついているどんぐり、3本組みのきのこなどが見つかった。
落ち葉に、5・7・9裂の葉を持つものが容易に見つけられたが、4・6・8・10・11の数を持つものはなかなか見つからず、葉っぱ4枚だとか、苦し紛れの策も。
子供達が6葉だったか8葉だったかの植物を見つけて、誉められた。
数探しは子供達の勝利だったかな・・・でも親もバンザイしていた。
コーリキー先生が言った。「自然界には奇数のものが多いのです。」落ち葉はカエデ類が多かったが、カエデ属は3・5・7・9・11裂の葉を持つのだという。1枚の葉のものもあるという。
馴染み深いイロハモミジは5・7裂、ヤマモミジは7・9裂、カエルの水かきを広げた手のような葉のイタヤカエデは、3・5・7・9裂、大きなハウチワカエデは、9・11裂の葉であることが、百科事典に記載されていた。どうりで、5・7・9がすぐ見つけられたはずだ。
こんな親しみ方もあるのかと感心した。
続いて、数探しと同時進行で探していた「音の出るもの」を使って、皆で音楽を作る、「森のセッション」を行った。
落ち葉を集めて掻き鳴らす人、木切れをたたき合わせる人、枯葉を振り鳴らす人、草笛を鳴らす人、それぞれ思い思いのやり方と自由なリズムで音を出す。
順番を決め、一人ずつ、音を出しながら、加わってゆく。皆で合奏。その後、コーリキー先生が抜けたのを合図に一人ずつ抜けてゆき、最後は風の音を聞く。
という流れでセッションが始まった。一度練習して、要領をつかんだ後、音の出るものをもう一度探したり、やり方を変えたりして再度挑戦。
静寂を聞くことから始まる。だんだんに音が増え、色々な音とリズムで音楽が奏でられる。
見事な合奏。19名で創る音楽。
体中で楽しんで自分の音でリズムを刻んだ。
のりすぎて、私は、自分の抜けるところなのに気付かず、ずいぶん続けてしまったが、だんだん音が少なく、小さくなっていき、最後の一人が抜けたちょうどその時、風が「ざわざわー」とセッションに参加してきた。森を渡る風の音。
感動的だった。
惜しむらくは、前の人がやめたら、自分もやめなければならないと、子供達が律儀に、すばやく自分の音を止めてしまったこと、もう少しずつ長く続けてフェイドアウトしていったなら、もっともっとすばらしいものになっていたはずだと思う。が、それでも十分に立派なセッションになっていた。
五感を使って森を楽しんだ一日だった。
閉会式の時まで、お天気も持ちこたえた。冷たい雨も遠慮していてくれたのか。
子供達もそれぞれの活動で十分に満足していた様子が窺えた。また、夏に来た時との違いを感じていたようだった。
帰途のバスの中、キノコ汁班のお母さんと話す。
火の熾し方は教えてもらわなければ分からないことが多く、いい経験になった。ただ、煙にいぶされて、洋服に染み付いたにおいは洗濯しても取れなさそう・・・。
確かに燻製のような匂いがたまにする。
そのうち、左側に見えてきた、鬱蒼とした林を見て、「あの森は楽しめる森だったけど、そこの林なんかには入られないよね。」と、一言。
リブランの森は人を受け入れてくれる森だ。
「ねぎぼうず」の方々が、手入れをしているからこそ、人を受け入れてくれる森になった。
人を受け入れ、恵みを与えてくれ、楽しみをくれる森になったのだと思う。
私は今、「冬の楽しみ」もまた期待しているところである。
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