今日は、「七草粥」を食べる日でした。
1月7日に七草粥を食べる習慣は中国から伝わり、日本では、平安時代中期に宮中では1月15日に7種類の穀物: 米・あわ・きび・ひえ・みの・ごま・あずき を七種粥として食べたそうです。
庶民が、せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ の春の七草を1月7日に食べるようになったのは、鎌倉時代からとのこと。早春の若草から生命力をもらうためだとか。 (参照;『子どもたちへ 冠婚葬祭ってな~に?』)
私も、七草粥作ったことあります。・・・不評でした。(あんまり美味しいものではありませんでした。)
夫の実家では、正月3が日の朝と、7日はお雑煮を食べる習慣があります。
夫の家のお雑煮は、いりこだし(本当は焼きいわしが良いそう)の醤油仕立てで、具は、大根、ぜんまい、焼き豆腐、こんにゃく、油揚げ、鶏肉。板つけ(きくらげ入りのカマボコ)もはいったりします。最後にせりと焼き海苔を揉んで散らします。餅は、角餅で、焼いてからお湯で煮たものです。
おいしいです。味付けの基本的なところが、私の実家と似ているところがあるので(だしは違うのですが)、口に合うのです。
1日から3日の朝は、家族で夫の実家で過ごし、私は食べる人に徹しています。(大体つくり方は聞いてはあるのですが・・・)
今日は、私が、自分の実家のお雑煮を作ってみました。
かつおだしの醤油仕立て。具は、大根、里芋、椎茸、鶏肉。最後に三つ葉と、ゆずを散らします。餅の焼き方などは、共通。あと、おせち料理があるときは、かまぼことか、いくらなどを上にのせて食べたりもしていました。
それぞれの家庭で、「我が家のお雑煮」があるのでしょうね。
夕飯の買い物に行ったら、ぶりこをいっぱい抱えた、型のいいはたはた(鰰)が並んでいました。久しぶりに一緒に売り場を歩いた夫が、「これがいい」というので、3尾買いました。
去年の11月ごろから、秋田産で、立派なはたはたが近年になく店頭を賑わしていましたが、今日のは、「地物」でした。秋田からのおこぼれでしょうか。
はたはたは、その漁獲量が、昭和50年代から激減し、平成3年には最盛期の300分の1(70トン)にまで落ち込み、一時期、幻の魚と言われていました。
店頭でも、生のはたはたにお目にかかることは少なく、一夜干し状態のものが多かったですし、たまに生があっても、オスだけのことが多かったのです。
秋田では、平成4年9月から7年9月までの3年間、はたはたを禁漁にし、産卵場造成や、種苗生産と放流などを行いました。そして禁漁があけた後は、許容漁獲量制度を実行し、資源量の5割を上限として「獲りながら増やす」ことに努めてきたそうです。そのかいあって、漁獲量は確実に増加、平成15年には、2969トンで対前年比40.6%増となって、生産額全国1に返り咲いたとのこと。
着実に回復してきたため、ぶりこを持つメスも市場に出回るようになってきたのでしょう。
はたはた好きの夫も、「こんなにいいぶりこのはたはたは食べたことがない。」と、うれしそうでした。味噌煮にしたぶりこは、納豆のように糸を引き、ぷつぷつという食感が独特です。
いろいろ食べ方はあるようですが、私は実家では、はたはたなど食べたことがなかったので、夫の母がしているように味噌煮にして食べます。(ずいぶん前に一度、新潟市の親戚の家で、焼いたものに田楽味噌をつけて食べたことがあるのですが、その時のぶりこの味が、私の中ではいちばんです。身は、味噌煮のほうが美味しいかな。)
さて、味噌煮は最初のころはうまく作れませんでしたが、夫の母から、秘密を伝授されてからは、「なかなかいいよ。お袋の味みたいだ。」と言われるようになり、「ほ~ほ・ほ」と、思っています。
娘も、はたはたが好きなようで、どうやら同じDNAを持っているようです。
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