私が小学校1年のとき、「小さいのになまいき」との理由でいじめられた。
「なまいき」と言われた時、はじめ何でそんなことを言われるのか良くわからず、反論もできないままだった。黙ってにらんでいると、「チ~ビ!チ~ビ!」とこづいてきた。
何回かそんなことが繰り返されたが、だんだん、私が体が小さくてスポーツは苦手だったけれど、勉強の方は多分その子よりもできたので、妬みで「なまいき」と思われているらしいことがわかって、その理不尽さに思わず腹が立って、「あんたなんか、キリンじゃない。キリン!」と、一回り背が高かったその女の子につかみかかっていった。
「チビ!」とこづかれながらも、「キリン!」とやり返していたら、次第にその回数が減っていって、いつの間にかやんだようだった。(2年生ではそんな記憶がないので)
3年生になったら、体が大きくスポーツが得意で、勉強もそこそこでき、男子の中ではリーダー格の目立つ存在だった男の子(ちょっと乱暴で、典型的ないじめっ子タイプ)から、やはり「なまいき」という理由で標的にされた。
言葉の暴力、スカートめくり、タッチ、etc。
その頃、下校前に帰りの会(・・学級会だったか)があって、その日の反省や出来事を先生立会いのもと皆で話し合っていたので、「〇〇君はこんなことをしました。反省してください。」と議題として提出したのだが、まったく反省の色がない。ほかの人も彼から被害を受けている人が何人かいるはずなのに、だまったまま。先生も、たいしたことはないと思ったのか、それとも生徒が主体の会だったので、口出ししなかったのかはわからないが、特にコメントはなかったように思う。
学級会で名指しで糾弾されたので腹が立ったのか、その後、彼の行動はエスカレートし、ますます暴力的になり、とうとう、振り上げて私の頭に打ち下ろした雑巾のそのちぎれた一部が、鞭のようにしなって私の顔にあたり、みみず腫れができるほどの事態を引き起こした。
さすがに、顔にみみず腫れができていれば、親も気付く。
「どうしたの!?」
ということで、洗いざらい親に話すことになった。
親は、「女の子の顔に傷をつけて!」と怒って学校に電話したようだ。
翌日、私は親が先生に言ってくれたので、先生が何とか対処してくれるだろうと、実は期待して登校したのだった。
ところが、朝、廊下の先から教室のほうへ歩いてくる担任の先生は、2~3人の同僚の先生達に向かって、「・・・怒って電話して・・・」と冷笑して話しながら来るではないか。
どきどきした。「もしかして私のこと?」「親があまりにヒステリック(?)に電話をしたから笑われた?」
帰りの会まで、先生からは何も言われなかった・・・と思う。(みみず腫れの事を聞かれたかもしれないが・・・。)
学級会でも推して知るべし。私は誤ってもらった覚えがない。先生が暴力はいけないと彼に諭した覚えもない。
この先生には失望した。こんな先生に頼っちゃだめだと思った。中年の女の先生。生徒の指導より、お化粧や帰宅時間を気にしていた先生。今でもフルネームで覚えている。
ある日、そのいじめっ子の手下のように動いていた男の子が私にちょっかいを出してきた。家が焼肉屋で、いつもそんな匂いのする子だった。あまり勉強もできる方ではなかったので、皆から少し軽く扱われている子だった。私は思わずかっと来て、その子を追い掛け回した。
追いかけて行って、手に持っていた下敷きで彼の頭をはたこうとした。彼は、手で払いのけながらまた逃げたので、私は執拗に追いかけた。
追いつめたとき、彼は小動物のようにおどおどとした、卑屈な目をして私を見た。この目を見た瞬間、私の中で何かがはじけて、サディスティックな感情に支配された。片隅に追いやられた良心が「それはいけない」とシグナルを出していたが、効き目はなかった。下敷きを90度持ち替えて、つまり広い面ではなくて「刃」のように当たるようにして、振り下ろしたのだった。鈍い音がして、彼の頭に命中し、彼は痛さのあまりうずくまった。
私は我にかえった。こわくなってその場から立ち去った。
あの目がいけない。あの目が私に下敷きを凶器として使わせた。
私は悪くない。そう言い訳しても、後味の悪い出来事だった。
何よりも、自分にこんな面があったなんて信じられなかった。
彼はこの件について黙っていた。私はもとより誰にも話していない。
さて、4年生になり、休み時間にバドミントンをしたり、キャッチボールをしたりする子が増えてきた。私は親から、弟よりも運動神経が良くないと言われていたし、自分でも運動音痴だと自認していたから、自分から進んではしなかったが、誘われれば下手なりに一緒に遊んだ。でも上手な子のことをいつも横目で見ていた。
そんな上手な子の中に、私をいじめた男の子もいた。
思わず「うまいね。」というと、彼は私に教えてくれると言う。今までのいきさつがあったから、私は始め躊躇したが、彼は別人のようだった。
私は彼に教えてもらって、ある程度うまくできるようになった。やっぱりスポーツはできるようになると楽しい。今私が、そこそこスポーツができるのも(とは言っても短距離走はいつまでも苦手だが)、この時期に自分で自分を閉じ込めていた「運動音痴」という殻を破れたからかもしれないと、彼には感謝している。
乱暴だった彼は、いじめをしなくなった。
6年生の時には、「トッポジ-ジョ」というあだ名をつけられた。
ある男の子が、私が体も顔も小さいので「ねずみ」のようだからというので、当時TVで放送していたねずみのトッポジ-ジョにちなんでつけたらしい。
私は嫌だった。ねずみ=溝鼠を連想したからである。
どこがねずみに似てるんだ?と思って抵抗したが、その「ねずみ」というのは周りに浸透していて、消すことはできなかった。
中学になっても「ねずみ」というイメージはつきまとっていて、苗字の一部とねずみの鳴き声の「チュ-」を合体させて、「○○チュ-」と命名された。
これは女の子たちにも受けて、以後、この呼び名は定着してしまった。(高校までも!)
あとは、あまり群れて行動できない私は、皆から「誘われない」ことも多々あり、自分のまいた種とはいえ、寂しい思いをしたこともある。皆が故意に一人に声をかけない、誘わなかったならば、これも一種のいじめになるかもしれない。
以上、私が今までに受けた「いじめ」らしきものを記憶の糸をたどって書いてみた。
そして自分の体験から、「いじめ」へ、どう対処したらよいか考えたので、次の記事にそれを書いてみたい。
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