教育

2009年3月 2日 (月)

involvement Forum 2009

昨日、上越教育大学で、メインテーマが、 「~発達障害者支援の今後~ ライフステージ支援の在り方を探る」と題したNPO法人りとるらいふ主催のフォーラムが開かれた。

私は、新潟県はまぐみ小児療育センターの東條恵先生の基調講演が聴きたいので出かけて行った。

ずいぶん前に、新潟大学小児歯科より紹介された患者さんが来院したとき、はまぐみに通院しているとのことだったので、東條先生にお問い合わせをしたことがあり、今回、直に先生の講演を聴けるということで楽しみにしていたのだ。

「発達障害に必要な理解と支援と環境と」と題して行われた講演は、発達障害の中の自閉症スペクトラムのうち、特に知的障害のない、高機能広範性発達障害(アスペルガー症候群)を中心にしたものだったが、むずかしいところもわかりやすく、飄々と、時折ユーモアを交えながらお話された。

彼らは、情報処理(入力・分析・出力)に不具合がある。特に「心の理論(人の心を読む、共感する、他者の目を持つ)」ということが不調なため、自らの感覚・感情・論理に従うしかなく、自己中心的な思考と行動をすることになる。

入力では、フィルタの不調で、情報過多となりパニックを起こす。サバイバルのために、シャットダウンをする。日本語があたかも外国語のように聞こえる。写真的記憶は得意だが、人の表情が読めない。味覚、皮膚感覚、嗅覚に好き嫌いがはっきりしている。

分析はall or nothing。好きか嫌いか。

出力は、分かっている範囲で律義に。語学力、会話力に問題があるため、戸惑い不安の強い外国人的立場に立たされているかのようである。

社会適応のためには、

異文化交流としてとらえるとよい。
互いに認識し合うこと。
本人に不足している語学、行動様式、規則、文化を学習させる。

本人と、社会・世間を双方向に結ぶコンタクトパーソンが重要で、コンタクトパーソン的支援は、ライフステージを通じて断絶することなく受けられることが必要。

環境調整により、安定化をはかる。
不安解消グッズサバイバルキットやグッズ(お守りなど)を身につけ、不安解消スペース(サバイバルスペース、グッズ )を確保。

批判・叱責の対象ではなく、不安や戸惑いの強い立場に立たされているから、支援・援助対象であるという視点の切り替えが必要。

などが、かいつまんでいうとあげられる。

なるほどと思うことも多く、有意義な講演だった。

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2007年6月15日 (金)

ブカツとジュク

中学生は忙しい

朝早くから、夕方遅くまで

朝練習に放課後練習

部活、部活

日曜日も

ヘルメットを被り、

それぞれのスクールカラーのジャ-ジを着て

自転車乗って、急いでる。

中学生は忙しい

夜は塾か習い事

シャッター下りたアーケード街

時間になると、ジャ-ジ姿の中学生であふれてる。

駐車禁止の車道にも、

お迎えの車の行列、行列

中学生は忙しい

いつからこんなに忙しくなったのか?

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2007年5月 8日 (火)

漢字力

朝刊一面の記事に、「小学生の苦手な漢字」という見出しがあった。

2004年4~5月、全国の小学2年~中学1年の計3万7835人を対象に、実施した調査で、各学年に対して、前年に習った漢字についての試験を行った結果が、苦手ランキングとして公表されたものである。

「読み」では、一年生で『八つ』を『はちつ』と読む誤答例が、示されていたが、本当?と思わず首を傾げてしまった。「書き」では、『ひとつ』を『人つ』とかくのだという。う~ん・・・。

ためしに、中1の我が家の娘にやらせてみたら、「読み」は、ほぼOK。
ほぼ、というのは、『存亡』を『ぞんぼう』と読みそうになって、「えっ、『そんぼう』だった。」と言い直したため。(「そんぼう」が正しいのだが、私のこのPCは「ぞんぼう」を変換しても「存亡」になる。どうなってるの? )

「書き」では、
『支持』と書くべきところ『志持』、
『付近』を『布近』とか『府近』とか、
『物資』を『物貿』などと・・・。

人のことを笑っていられなくなった・・・。

小学校では、毎年、毎学期、漢字力テストなんていうものをしていたはずなのに、あまり身についてないというか、その場限り覚えて、忘れたとか・・・。

「ゆとりの教育」なんて、訳のわからないことを言っているから基礎学力が低下するのだ。(最近では、見直す風潮のようだが。

やはり、「鉄は熱いうちに打て!」である。

脳細胞が元気なうちに、徹底的に鍛えるべきであろう。
(と、この頃、新しいことがなかなか覚えられなくなってきたおばさんが、羨望の意を込めて思う次第。)

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2007年4月11日 (水)

中学校生活

今日は、市内の多数の中学校で、NRTがあった。

小学校の基礎学力がついているかを見る実力テスト。「入学したらすぐテストがあるよ」と聞いていたので、娘には、小学校の復習をするように、問題をそれとなくおいたりしていたが、全然見向きもしなかった。

「塾に行っている子は、春休みも講習があって勉強してるんだよ」と言ってもどこ吹く風。それどころか、「お母さんは、すぐ人と比較する。人は人。」と反論される始末。

夫に言っても「今の実力を見るテストなんだから、特に勉強する必要ない。」とにべもない。
「はい?」
夫とは、どうも娘の勉強に対しては意見が合わない。
春休み中、小学校の時の友達と遊び歩いていたので、もう6年生で習ったことなど記憶からなくなっているんじゃないかと、それでも少し勉強すれば思い出して、定着してくれるのではないかと思ってのことだったのだが・・・。

案の定、今日帰ってきてから、テストのことを聞いてみたら、数学(算数)は時間が足りなくて2~3問できなかっただの、他の教科では時間は余ったが、見直してもわからない問題があっただのとか惨たんたるものだったようだ。

先が思いやられる。

ということで、思い出したのが、4日にあったガイダンスのこと。
中学生活のプレスタートといえるもの。
5・6年生の時は皆勤だった娘なのに、あろうことか、3日の夜から喉の痛みを訴え、4日の朝はとうとう発熱して、ガイダンスを欠席した。

幸先の悪いスタートだなと思っていた。

仲の良かった小学校の仲間たちがばらばらになるのに、最後まで抵抗していて、私が「小学校の時の友達は友達で、中学校では、また、新しい友達もできるよ」といくら言っても耳を貸そうとしなかった。
そして「卒業はやだ、入学もやだ」などと言っていたので、大事な時に急に熱が出るなんて、天罰かもしれないなどと思ってしまった。
(私の言うことを聞かないこと、我を押し通すところは誰かにそっくり!困り者だ。)

ガイダンスでは、体育館で教材を購入することになっていた。
中学校に欠席の旨電話すると、折り返し、担任になる先生から電話がかかってきた。保護者が、お金とひきかえに教材を取りに来るようにとのことだった。

「ご用意してお待ちしております。」と確か先生は言ったはずだった。

昼休みに取りに行くと大きな紙袋を2つ渡された。
家に帰ってから、どんな教材なのか出してみた。リストがはいっていた。
先生が「用意して」と言ってたから、もう確認するまでも無く、しっかりそろえられているだろうと思っていた。
でも念のため、どれがどの教材になるのか、一つ一つチェックしてみた。

「あれ?」
何回確かめても、6冊・個足りない。
「ちょっとちょっと、先生!」と思いながら、丸刈りのきびっとした、30代であろう男性教師の顔を思い浮かべた。感じの良い先生だったのだけれど・・・。

再び電話をすると、始めは信じられないといった風だったが、私が、リストの何番と何番が足りないとまくしたてると、すっかり恐縮したように謝って、「入学式までに、業者にいってまちがいなく、そろえておきます。」

先生が悪いのか業者が悪いのか、はっきりわからないが、とにかく早々にトラブルが生じたことは間違いない。

そんなこんなで、6日の入学式。
娘の熱も下がって、母と娘、胸に不信・不満を抱きつつも、無事に式はすませたのだった。

入学式とPTA入会式が終わってから、保護者が自分の子どものクラスに行って、学級活動を参観する、という日程があった。

ここで、私の不信感は徐々に消えていくことになる。

丸刈りのM先生は、実に生徒の気持ちをつかんで話を進める。きびきびしていてわかりやすい話をする。

決定的だったのは、皆にこんなクラスを望んでいると先生が語った時

「このクラスにはいろいろな人がいます。背が高い人、低い人。足が速い人、遅い人、負けず嫌いの人、のんびりした人。等々、等々。・・・、・・・。」「みんな誰もがそれぞれの個性を認め合える、そしてお互いに気遣いのできる、そんなクラスになって欲しい。」「もし、少し違うからといって、からかったり、馬鹿にしたりすることがあったら、私は絶対に許しません。」

いじめは許さないと、先生は断言したのだ。

この所信表明演説に、私は少なからず感動を覚えた。

「こんなしっかりしたポリシーを持った先生なら、教材の数を多少間違えたとしても、些細なことじゃないか、今度はちゃんとにもらったし。」ということで、M先生に対する評価はがらっと変わってしまった。

良い担任に恵まれて、娘も中学生活を楽しめるのではないかな、と思った次第である。

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2006年11月30日 (木)

「いじめ」への提言

私の拙い体験から一番に思うことは、『人は誰でも「いじめ」の加害者になり得る』ということである。

小学校3年生のときの私がそうだった。自分が受けた暴力を自分より弱い者に向けた。

思わず湧き上がった、サディスティックな感情をコントロールできず、暴力をエスカレートさせてしまった。

親も先生も、この点をしっかり認識することが必要だと思う。
まちがっても自分の子はいじめをするわけはないとか、いじめをする生徒はいないとか思わないことだ。

まず、いじめの加害者にならないようにすることを教えよう。
「人の痛みがわかる」想像力・感性を養い、自分の感情を律する強い心を育てていこう。

私の小学校の時の体験は、ほんの些細な「いじめの芽」にすぎなかったかもしれない。だが、これが始まりなのだと思う。1対多数の卑怯ないじめに移行する前、まだいじめが根付かず、「芽」のうちなら、摘み取れるはずだ。

逃げないこと。声をあげること。あきらめないこと。
これで、1年生のときは乗り切った。何も言わず、黙っていると相手はつけあがってくる。執拗に繰り返してきたら、何度でも迎撃しよう。

相手と対等だと思うこと。卑屈にならないこと。相手を認めること。
3年生のときのいじめっ子は、自分のことを私が認めたので、満足していじめをやめたように思う。いじめる側は何かしら欲求不満を抱えているものだと思う。
私が、たった一度いじめる側になり、それを増長させたのは、相手の卑屈なまなざしが原因だった。決して、自分を卑下することなかれ。

嫌なことははっきりと「やめてほしい」とアピールすること。
6年生のときのあだ名は、私がもう少し強く嫌だと言っていたらどうだっただろうか。少なくても中学まで続くようなことはなかったのではないか。

娘が、学校で自分の嫌なあだ名で呼ばれることがあったらしいが、その時にちょうど、先生が皆に「何か、嫌なことを言われるとかということはありませんか?」と聞いてくれたのだそうだ。娘は勇気を出して、「○○ちゃんが、私のことを私の嫌なあだ名で呼ぶので、私はやめて欲しいです。」とはっきり主張したところ、やめてくれたというエピソードを最近話してくれた。

もし、それでも、そのあだ名が続く場合、
発想の転換をする。
私の場合だったら、「世界的に有名なミッキーマウスだってねずみなんだから、ねずみだって悪くない。」というふうに思う。プラス思考をする。
こだわらない。気にしないことにする。
高校になって仲良くなった違う中学出身の女の子まで、「○○チュ-」と呼ぶようになったので、なんでそんな呼び方をするのか聞いたところ、「かわいいじゃん」との答え。こだわっているのがバカらしくなって、気にしないことにしたのだった。

悪気のない仲間外れの場合、
相手の誘いを待っているのではなく、自分から行動を起こす。
迎合するわけではないが、たまに共通の話題をもつように努め、わいわいやるのも楽しいので、そうしたかったら、ちょっと努力することも必要。

以上は、私の体験を元にした、「いじめ」のほんの初期の段階における対処の仕方である。

このようにして、自力でいじめの芽が摘み取れればよいが、そうもいかず、根付いてしまったり、深刻になってしまった場合には、まったく違う方策をとる必要がある。

相談する。
一人で抱え込まないこと。誰かに話すことで少し楽になるはず。親も子供からの相談を待っている。何も言ってくれないことの方が心配なのだ。

学校では担任一人だけで対処しない。
相談を受けたものは学校と連携、学校は事実を確認する。加害者側の親にも事実の徹底調査をしていることを連絡する。このときに担任一人ではなかなか把握できないと思うので、何人かの先生方がチームを組んで行動できるといい。
いじめ問題の専門家のような人の協力を要請できれば、なお良い。

クラス全体での話し合い。
いじめの事実、経緯等を明らかにし、いじめ加害者に謝罪させる。と、同時に、見てみぬふりをしたり、周りではやし立てたりしていたものも同罪であることに気付かせる。卑怯ないじめは断固として許さないという毅然とした態度を先生方はとること。

ここまでしても、なおいじめが残るような時、
また、いじめが陰湿すぎたり、相談もなかなかできないような場合、
そして死んでしまいたくなったような時、
逃げよう。
生きていく世界は何もここだけじゃない。
飛び上がって周りを見回してみよう。
もっと、広い世界があることに気付くだろう。

「死」はすべてを解決するものではない。死んだら楽になるという保証は何もないじゃないか。この世に念を残して死んだ場合、成仏できないと聞いたことがある。あの世とこの世との狭間で、未来永劫に霊魂がさまよっていなければならないとしたら・・・。それでも死を選ぶだろうか。

新しい自分に生まれ変わって、新しい環境で頑張ること、だ。

そこまで人を追い込むようないじめをする加害者は、残ったものに対しても再犯を繰り返すだろうから、
クラスの中からいじめ加害者を引き離すこと。
この子達にも、ストレスなど何か抱えるものもあるだろうと思われる。親ともども
専門の施設でカウンセリングを受けるといい。
もし行っていたいじめが犯罪に近いものだったら、処罰も視野に入れておくことだ。

歯科の場合でも、お手入れが悪くて、細菌が歯の表面に強固なバイオフィルムを作ってしまうと、手用の歯ブラシではなかなか破壊することができないし、普通の薬剤も中には浸透できない。それと同じで、いじめも陰湿にしみついてしまうと、容易には撲滅できなくなる。

日ごろのお手入れが大事である。いじめも芽のうちに摘んでおくことだ。

だが、場所によっては歯磨きが困難なところもあり、PMTCと呼ばれるプロフェッショナルなクリーニングが定期的に必要となる。
いじめについても、定期的にプロの目で見回って、プロの手を介入する必要があるのではないだろうか。




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2006年11月28日 (火)

私の「いじめ」体験から

私が小学校1年のとき、「小さいのになまいき」との理由でいじめられた。

「なまいき」と言われた時、はじめ何でそんなことを言われるのか良くわからず、反論もできないままだった。黙ってにらんでいると、「チ~ビ!チ~ビ!」とこづいてきた。

何回かそんなことが繰り返されたが、だんだん、私が体が小さくてスポーツは苦手だったけれど、勉強の方は多分その子よりもできたので、妬みで「なまいき」と思われているらしいことがわかって、その理不尽さに思わず腹が立って、「あんたなんか、キリンじゃない。キリン!」と、一回り背が高かったその女の子につかみかかっていった。

「チビ!」とこづかれながらも、「キリン!」とやり返していたら、次第にその回数が減っていって、いつの間にかやんだようだった。(2年生ではそんな記憶がないので)

3年生になったら、体が大きくスポーツが得意で、勉強もそこそこでき、男子の中ではリーダー格の目立つ存在だった男の子(ちょっと乱暴で、典型的ないじめっ子タイプ)から、やはり「なまいき」という理由で標的にされた。

言葉の暴力、スカートめくり、タッチ、etc。

その頃、下校前に帰りの会(・・学級会だったか)があって、その日の反省や出来事を先生立会いのもと皆で話し合っていたので、「〇〇君はこんなことをしました。反省してください。」と議題として提出したのだが、まったく反省の色がない。ほかの人も彼から被害を受けている人が何人かいるはずなのに、だまったまま。先生も、たいしたことはないと思ったのか、それとも生徒が主体の会だったので、口出ししなかったのかはわからないが、特にコメントはなかったように思う。

学級会で名指しで糾弾されたので腹が立ったのか、その後、彼の行動はエスカレートし、ますます暴力的になり、とうとう、振り上げて私の頭に打ち下ろした雑巾のそのちぎれた一部が、鞭のようにしなって私の顔にあたり、みみず腫れができるほどの事態を引き起こした。

さすがに、顔にみみず腫れができていれば、親も気付く。

「どうしたの!?」

ということで、洗いざらい親に話すことになった。

親は、「女の子の顔に傷をつけて!」と怒って学校に電話したようだ。

翌日、私は親が先生に言ってくれたので、先生が何とか対処してくれるだろうと、実は期待して登校したのだった。

ところが、朝、廊下の先から教室のほうへ歩いてくる担任の先生は、2~3人の同僚の先生達に向かって、「・・・怒って電話して・・・」と冷笑して話しながら来るではないか。

どきどきした。「もしかして私のこと?」「親があまりにヒステリック(?)に電話をしたから笑われた?」

帰りの会まで、先生からは何も言われなかった・・・と思う。(みみず腫れの事を聞かれたかもしれないが・・・。)

学級会でも推して知るべし。私は誤ってもらった覚えがない。先生が暴力はいけないと彼に諭した覚えもない。

この先生には失望した。こんな先生に頼っちゃだめだと思った。中年の女の先生。生徒の指導より、お化粧や帰宅時間を気にしていた先生。今でもフルネームで覚えている。

ある日、そのいじめっ子の手下のように動いていた男の子が私にちょっかいを出してきた。家が焼肉屋で、いつもそんな匂いのする子だった。あまり勉強もできる方ではなかったので、皆から少し軽く扱われている子だった。私は思わずかっと来て、その子を追い掛け回した。

追いかけて行って、手に持っていた下敷きで彼の頭をはたこうとした。彼は、手で払いのけながらまた逃げたので、私は執拗に追いかけた。

追いつめたとき、彼は小動物のようにおどおどとした、卑屈な目をして私を見た。この目を見た瞬間、私の中で何かがはじけて、サディスティックな感情に支配された。片隅に追いやられた良心が「それはいけない」とシグナルを出していたが、効き目はなかった。下敷きを90度持ち替えて、つまり広い面ではなくて「刃」のように当たるようにして、振り下ろしたのだった。鈍い音がして、彼の頭に命中し、彼は痛さのあまりうずくまった。

私は我にかえった。こわくなってその場から立ち去った。

あの目がいけない。あの目が私に下敷きを凶器として使わせた。
私は悪くない。そう言い訳しても、後味の悪い出来事だった。
何よりも、自分にこんな面があったなんて信じられなかった。

彼はこの件について黙っていた。私はもとより誰にも話していない。

さて、4年生になり、休み時間にバドミントンをしたり、キャッチボールをしたりする子が増えてきた。私は親から、弟よりも運動神経が良くないと言われていたし、自分でも運動音痴だと自認していたから、自分から進んではしなかったが、誘われれば下手なりに一緒に遊んだ。でも上手な子のことをいつも横目で見ていた。

そんな上手な子の中に、私をいじめた男の子もいた。

思わず「うまいね。」というと、彼は私に教えてくれると言う。今までのいきさつがあったから、私は始め躊躇したが、彼は別人のようだった。

私は彼に教えてもらって、ある程度うまくできるようになった。やっぱりスポーツはできるようになると楽しい。今私が、そこそこスポーツができるのも(とは言っても短距離走はいつまでも苦手だが)、この時期に自分で自分を閉じ込めていた「運動音痴」という殻を破れたからかもしれないと、彼には感謝している。

乱暴だった彼は、いじめをしなくなった。

6年生の時には、「トッポジ-ジョ」というあだ名をつけられた。

ある男の子が、私が体も顔も小さいので「ねずみ」のようだからというので、当時TVで放送していたねずみのトッポジ-ジョにちなんでつけたらしい。

私は嫌だった。ねずみ=溝鼠を連想したからである。

どこがねずみに似てるんだ?と思って抵抗したが、その「ねずみ」というのは周りに浸透していて、消すことはできなかった。

中学になっても「ねずみ」というイメージはつきまとっていて、苗字の一部とねずみの鳴き声の「チュ-」を合体させて、「○○チュ-」と命名された。

これは女の子たちにも受けて、以後、この呼び名は定着してしまった。(高校までも!)

あとは、あまり群れて行動できない私は、皆から「誘われない」ことも多々あり、自分のまいた種とはいえ、寂しい思いをしたこともある。皆が故意に一人に声をかけない、誘わなかったならば、これも一種のいじめになるかもしれない。

以上、私が今までに受けた「いじめ」らしきものを記憶の糸をたどって書いてみた。

そして自分の体験から、「いじめ」へ、どう対処したらよいか考えたので、次の記事にそれを書いてみたい。

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2006年11月24日 (金)

「いじめ自殺」をなくすには

「”いじめをなくそう”というスローガンを禁止する」というマニフェストが賛成多数で可決された。

日本テレビ系の番組『太田総理・・秘書田中』での擬似国会討論における採決の結果だ。

この番組は、本音で熱く討論しあうので、本物の国会中継より面白い。

はじめ、反対意見として、いじめをなくそうということを禁止したら、いじめを容認することになるのではないかという意見が多数を占めたが、そうではない。「スローガン」を禁止しようというのだ。
太田光の「いじめは人間の性として存在するものであり、完全になくすことはできないものという認識にたって、現場を見つめていかなければならない。ただスローガンだけ、いじめをなくそうとすると、学校はいじめはなかったことにするし、文科省もいじめ自殺ゼロ”という報告をする。それでは、命を救えない。」という意見(要約)には私も以前よりそう思っていたので、もとより賛成である。

若者の命を守るためには、生きていたらいいことがあると希望の持てる世の中にすること。また、自己嫌悪して自分なんか死んだほうがましと思う瞬間もあるかもしれないが、「自分を愛すること」ができていると、いや、ちょっと待てと方向転換ができる。

そのような趣旨の意見も出された。同感である。

周りの大人がしっかりしなくてはならないし、子供達には、セルフエスティメイトを高めるような教育が必要だと思う。

2週間~10日前の読売新聞に、『なくせいじめ自殺 私のメッセージ』と題した取材記事が5回にわたって連載された。いじめ問題にかかわったり、自殺を考えたりしたことのある5人が意見を寄せていた。

まず第1回は、『バッテリー』を書いた作家あさのあつこ氏。
 「周囲を見渡してごらん」  話を聞いてくれる人を見つけよう。

中学時代勉強もスポーツもパッとしなくて劣等感の塊だった。あることをみんなの前でからかわれ、恥ずかしくて死にたくなったという。周囲から認められなくて、生きていくのがしんどいと思っていたそうだ。それが、高校1年のときに夏休みの宿題として提出した小説が先生から誉められて、目の前の壁がパッと開け放たれたという。

相談できる人が見つからなくてもちょっと待って。高1のときに経験したようなすてきな瞬間が必ず訪れるはず。死んでしまったらそんな経験もできない。

第2回は仏教美術学園前園長の花輪次郎
 「君もいつか光り輝くことができる」 原石のまま死んじゃいけない。

非行少年の更正やいじめられっ子の受け入れに携わってきた。
学校、社会、人生も思い通りにはならないもの。時に厳しく大人が子供と正面から向き合うことが必要。そして子供の心が折れそうな時に暖かく包み込んであげる、その繰り返しが教育だという信念で、学園に来た子供達に接している。いじめられっ子で、厳格な両親には相談できず孤独のまま、学園にきた当初自殺未遂をはかった10代の子も立ち直り、今では医者になって非行少年の相談にも応じているとのこと。

第3回は俳優の河相我聞氏。
 「つらい経験が必ずいつか自分を救ってくれる」 だから死なんて考えないで。

内向的で、体も小さく運動も勉強も不得意な小学生時代はいじめれっ子だった。
母親に学校に行きたくないと相談すると、行かなくてもいいけど働きなさいとのことで、10歳から劇団に入る。ここで、こつこつと積み重ねていったら、今では幸せといえる生活を手に入れることができた。いじめを受けた人の心の痛みがわかることは、今の仕事にもプラスになっている。息子もいじめを受けて、相談してきたとき、救ってあげられた。

第4回は、『僕らの7日間戦争』を書いた作家宗田理
 「学校は身を守る知恵教えて」 

戦時中の疎開先で仲間外れにされ、殴られたいじめの経験をもつが、当時の子供達は、そろそろ仲間にいれてやろうという社会性があった。今は陰湿ないじめが続いている。
学校では今、いじめをなくせと言っているが、学校はどうやって生きるかを教えるところでもある。いじめをなくせないなら、いじめから身を守り、いじめっ子の中で生きる知恵を教えてやったほうがいい。
いじめられている子供達よ、人生には嫌なことはたくさんあるが、楽しいこともあり、いじめられたからといって自殺は考えてはいけない。

第5回は久高島留学センター代表の坂本清治氏。
 「希望奪う社会、大人に責任」 相次ぐいじめ自殺は、希望をもてない社会を作った大人へ突きつけられた子供からのメッセージ。

沖縄本島の南東の島で、いじめを受けたり不登校になったりした小中学生を受け入れている。“地域の教育力”が残る島で過ごすことで、いじめで傷ついた心が癒されていく。
「自分は周囲に大切にされている」と実感し、「だったら少し頑張ってみようか」という環境が子供には必要。いじめを克服したその先に、行きつづける意欲の持てる社会を、大人と子供とで作っていこう。

メッセージが届くと良いのだが・・・。

 

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2006年11月18日 (土)

いじめ自殺

小・中学校で、いじめによる自殺が後を絶たない。

最近の例をあげてみると、(全部は把握しきれていないが)

昨年  9月 9日  北海道滝川市  小6女児
今年  8月17日  愛媛県今治市   中1男子
    10月11日  福岡県筑前市   中2男子
    10月23日  岐阜県瑞浪市   中2女子
    11月12日  埼玉県本庄市   中3男子
    11月12日  大阪府富田林市  中1女子
    11月14日  新潟県神林村   中2女子
    11月17日  福岡県桂川町   中2男子

いったい今の学校はどうなっているだろうか?

文科省の制定した「いじめの定義」を解釈することだけで、実態を把握していない。
真摯に生徒に向き合っていない。
認識が甘く、いじめを放置していたことに対して、自分たちの落ち度になるため、いじめを認めたがらない。

記者会見で二転三転する校長の言葉には、怒りを通り越して、あきれてしまう。

「犯人探しはしないで対処」「いじめをなくそうと指導」「生徒にアンケート調査」

こんなことだけで、本当にいいと思っているのだろうか?

まず、「いじめは卑怯なことであり、絶対に許さない」という強い意志をすべての先生が持って、言葉に、行動に表す必要があるのではないか。生徒に毅然とした態度を見せなければならない。

そして迅速にしっかりと、事実を調べ上げる。

その上で、いじめをした張本人(達)には、しっかり自分がした事をわからせなければならない。自分(達)で言ったこと、したことがどれだけ相手を苦しめ、傷つけるか、知らしめなければならない。事例によっては犯罪であると認識させ、謝罪させなければならない。

周りで囃したてたり、見て見ぬふりをする、いわゆる傍観者もいじめに加担している卑怯者であることを気付かせなければならない。

「いじめをなくそう」「いじめゼロ」のスローガンだけでは、いじめはなくならないだろう。それどころか、「いじめをないものに」し、「ゼロ」ということだけが目標のようになってしまう恐れがあると思う。

「いじめ」は、今も昔も存在する。「いじめはある」ものとして、対処していくべきだろうと思う。

先生が一人で孤軍奮闘しても解決は難しい。何人かで連携して目を光らせてはどうか。

また、生徒の中で、いじめる側を諌め、いじめられる側に救いをもたらすような、仲裁者を多く育てられれば、追い詰められて死を選ぶような子もいなくなるのではないか。
いじめは、世界共通の問題で、イギリス、オランダなどのヨーロッパ諸国でも、いじめの発生率は日本より多かったそうだが、これらの国では、中学生になると、仲裁者層が増え、傍観者層が減るので、深刻な事態に陥る前に、いじめの進行をくい止められるのだそうだ。(まあ、これは日本の場合、自分さえ良ければという社会全体の風潮もあり、学校だけに押し付けられる問題ではないが・・・。)

先生の資質も問題だ。

自らの言動で、いじめの構造を造ってしまうような輩は、言語道断であるが、偏差値だけで選ぶのではなく、生徒と「一緒に生きよう、一緒に戦おう」とする人材が欲しい。

「アンケート」を記名式で行った学校があるが、いったい何のためのアンケートか。それでなくとも、言いたくない、隠したい年代の彼らに、誰が言ったのかわかるようなやり方では本当のことが聞き出せないのではないか。

いずれにしても、1980年代にいじめ問題がクローズアップされ、中野区の中2男子が「葬式ごっこ」のいじめを苦に自殺してから、20年余り。ほとんど学校、教育委員会の意識が変わっていないように思う。

学校は教育するところだ。教育を受けるところだ。いじめられたり、死にに行くところではない。いじめる側、傍観する側への指導はもちろんであるが、いじめられた場合、どうしたら追いつめられずにすむか、知恵を授ける場でもあって欲しい。

さて、11月になって、「現状が変わらなければ自殺する」という自殺予告文が、文科省に送られた事が明らかにされた。17日までに、文科省に送りつけられた自殺予告の手紙は27通にのぼるという。
その他、各地で3通の予告文が見つかっているらしい。

ここで、文頭に羅列した、いじめが原因で自殺したと思われる例を見てみると、11月12日以降にすでに4件も報告されている。最初にメディアに登場した自殺予告文で実行日とした「11月11日」を過ぎてから急増しているのだ。

これは何を意味するのだろう。

過剰にメディアに「いじめ」「自殺」と報道されることにより、いじめ=自殺と短絡的に結び付け、連鎖反応が起きているのではないか。

報道の仕方にも問題があるのではないか。

これ以上尊い命が絶たれないように、私達大人が皆、至急対策を考え、実行していかなければならないと思う。

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